53.九仭の功を―――
バチン!!
刀が折れない。刀を折る気で拳を放ったというのに、先程までと同じ結果。
この拳でも駄目なのか。
その時、ヲレスタは気付いた。
あれ? 俺の拳、魔力が通ってない?
ヲレスタは思わず自身の左拳を見た。
魔力が通っていないということは、魔術が使えないということだ。ヲレスタの使う、武器を破壊する技は魔術の一つである。そのため、刀が折れない。
そのことに意識が持っていかれていたため、コストイラの動きを見ていなかった。
ヲレスタが目の前を見ると、そこにコストイラはいなかった。
「なっ!?」
「フッ!」
ヲレスタがコストイラを見つけられない間に、侍は屈んだ状態で刀を振り上げた。
真っ直ぐ上に向いた斬撃はヲレスタの顔面の右側を通った。顔面とはいえ、拳闘士であるヲレスタの底は十分に硬い。
しかし、それでも柔らかい場所がある。目玉だ。
ザクッと目が真っ二つ。右側の視界が消える。
それでもヲレスタは止まらない。
ヲレスタは速射砲のように右の拳を放った。拳は刀を殴り、コストイラの体を起こさせる。そこに、利き腕の左腕を放った。
左拳が、コストイラの左肩を抉る。拳闘士の拳はいわば必殺技。無防備に食らえばタダでは済まない。
骨が砕けた。それどころか肉がぐちゃぐちゃになってしまい、皮を突き破っている。
左腕が完全に破壊されたか?
ポラリスが掌を向けた。何かしらの魔術の準備か。
サーシャはその種族上、魔術に詳しくない。しかし、レイヴェニアのおかげで、常人以上に詳しくなっている。
そのおかげか、真っ先に異変に気付いた。
ポラリスが魔術を放てない?
サーシャが気付かれないように魔力を練る。しかし、体内に魔力が作られる特有の感覚がない。どうしてだ?
「成る程」
サーシャの鋭い感覚がアレンの言葉を拾った。
「何? その成る程って。何に対してですか?」
「え!? あ、いや、僕は別に何も?」
『何じゃ、アレン。お主何か知っておるのか』
二人に詰め寄られ、アレンはとある一点に視線を向けた。
「やっぱり」
「何だ」
『何じゃ?』
いつの間にか二人はかなり近いところまで来ていた。ポラリスに至っては、アレンの体に触れている。止めてくれ、その柔らかいものに慣れていないんだ。
「あれ、なくなったからの、異界からの移動手段」
「あ、レイヴェニア」
サーシャが振り返ると、そこにはレイヴェニアがいた。
ガストロが目を丸くする。
自分の両足に雷を溜めたはずだった。それが発揮されれば、それこそ本物の雷のように移動で来たはずだ。
はず、はずと二回重ねる仮定の結果はどうだ? 何も発動していない。ただのエルフの脚力による疾駆だ。
アシドも目を丸くしている。明らかにパワーダウンしている。
異常な速度を人工的に作り出すものだと思っていた。しかし、結果はこれだ。
遅い。先程までの戦いの速さがなくなった。
アシドが脚に力を込め、一気に距離を消す。そして、前に進みながら一本足を軸に回転した。
槍撃に対して、斧を楯のようにして防ぐ。
アシドの攻撃によって、ガストロの体が後ろに下がる。合成体が蒸気の中に消える。
ん? 蒸気?
どこから現れたのか分からない蒸気に戸惑ってしまう。本当にアシドの足が止まる。速度が0になってしまった。もしここからまた走り出すのだとしたら、0.5~1秒はかかってしまうだろう。
そんな状態の時に、蒸気から斧が飛び出して来た。
躱せ!
その脳からの指令が急速にやってくる。アシドの脚の筋肉に力が入る。
この場に血が舞った。
「アタっ!」
肩に痛みを残しながら、キスレが不信そうな声を出した。
目の前にいる傷だらけの男のことでも、不壊の楯のことでもない。
自分の体を巡る魔力が消えたことについて、だ。
自身の体内を駆け巡っていた、燃え盛る魔力がなくなった。「旭日昇天」も「赤手空拳」も「ロイヤルフレア」も「奮励努力」も「和療瘡癖」も使えない。
すべてごっそりと抜け落ちてしまったようだ。
キスレはチラリと社を見た。先程も見た社の姿と何ら変わりない。しかし、明らかに違う点がある。
渦がないのだ。
あの禍々しい雰囲気を放っていた大きな渦巻きがなくなっている。
アレが何だったのか、一切分からん。しかし、アレが力の源であったことは分かる。
まさか、あれが魔力というものなのだろうか。
だとするのなら、なぜ消えた。
そういえば、あの女はどこに行った?
どうして消えた?
キスレは馬鹿だ。しかし、阿呆ではない。
頭の中にあった疑問の答えは回り道をしながらでも辿り着いた。
あの女こそが魔素を齎した存在であり、魔術の原点であったのだ。おそらくガラエム教の崇めている永遠の巫女とかいうのは、彼女のことなのだろう。
「マジかぁ!」
キスレは叫んだ。真実に自ら辿り着き、発狂しそうになった。
そこを隙と見たレイドがキスレに対して楯タックルを繰り出した。
キスレは弾かれるように刀を振る。
刀と楯がぶつかり合う。
キスレのパワーとレイドのパワーに挟まれ、レイドの楯が壊れた。
砕けた楯の一部を見て、キスレの口角が上がった。
ガパリと口が開く。
エンドローゼが警戒する。何が来る?
しかし、何もやってこない。
エンドローゼは足を伸ばすように立ち上がり、ネレイトスライの顎を打ち抜いた。エンドローゼの拳は小さい。とはいえ、その威力は無視することができない。
ネレイトスライの顎の一部が砕けた。
それもそうなのだが、今、口から何も出てこなかった。
ネレイトスライは口から毒を吐こうとしたはずだ。だというのに、何も出なかった。
なぜだ? なぜ魔術が使えない。
いや、それよりも体が不調だ。少しずつ、少しずつだが、動かなくなってきている。
じっと掌を見る。痙攣している。細い骨の指が細かく震えている。
「え? えっと、あ、あ、あの?」
何かしらの異変を感じ取ったエンドローゼがネレイトスライに近づこうとする。
しかし、ネレイトスライは力を振り絞り、戦闘態勢を取った。
『回復術士よ。最期に本気を見せてはくれないか?』
エンドローゼはすべてを察し、涙を呑んだ。同時に覚悟を決める。
彼は死ぬ気だ。いや、もう死ぬ。確定事項だ。
ならば手向けを。そして餞をしなければ。
ネレイトスライの願いを叶えるため、エンドローゼは慣れない格闘技の構えを取った。
ショカンは目を丸くした。
回復できない。それどころか主たる能力である身体能力向上さえもできていない。
『そう言う事か!』
「えぇ、魔力が帰ったようですね」
『慌てないのかい?』
「えぇ、そんなものに頼る肉体はしておりません故」
流石だと感心しつつ、らしいとも思った。
僕の知るコウガイは他者を頼らず、信じることをせず、戦いに身を投じる孤高の漢。
「懐かしいですね。過去にしていた修行を思い出します」
『凄い厳しすぎて即解雇された、あれね。今もずっとちらついているよ。コウガイ、君強すぎ。まだ、全然届きそうにない』
「いえいえ、もう手は届いていますよ」
ショカンの手がコウガイの腕を掴んだ。コウガイは腕を引くが、ショカンの手は離れない。
「ですが、まだ直情径行の性格だ」
コウガイはショカンの腕を引きながら身を屈め、大男の懐へ入る。伸ばされたショカンの腕を使って体を回し、地面に投げる。
変則的な一本背負いを喰らった。ショカンは大きく息をする。
『手を届かせてもらった』
「それも駆け引きですよ」
両手の痛みを感じながら、ショカンはブレイクダンスのような動きで立ち上がった。
ショカンが目を見開く。
目の前にいたのはコウガイではなく、シキだった。




