36.境界の怪物
コストイラの歴史は3つに分けられる。
フラメテとアイケルスに育てられた齢一桁の幼少期時代。
アシドやアストロと出会って遊び始めた成人までの少年期時代。
シキやアレン達と出会い、冒険を始めた勇者としての青年期時代。
幼少期時代の過去のほとんどを清算していることができた。
青年期時代は生きている今だ。清算すべき過去というものはない。
少年期時代には一個だけ清算すべき過去がある。
当時母親役をしてくれていたカーミラだ。10日に一回や一月に一回くらいのペースで母親をしに来てくれた。
まぁ、10日も日持ちするようなものを作ることはできないため、一月の大半を草食って過ごしていた。
カーミラは目の前の岩に座っていた。右手には水の入った容器を持っている。左手を岩に着き、上を向くと、水を飲んだ。
「待っていたよ、コストイラ」
「もう大丈夫なのか、母さん」
「えぇ、大丈夫よ。アイケルスは救われたもの」
カーミラは嬉しそうに天を見ている。
「ここから先はかなりキツイよ?」
「つまり?」
「行くの?」
カーミラが超大真面目にコストイラを見つめている。コストイラはアイケルスの直前でも似たようなことをやったな、と思いつつ、カーミラの言葉を持つ。
「この先は魔素が世界に充満する前から存在している真正の怪物や、魔力を誰よりも扱える魔女なんかがいるわ」
「それなら余計さ」
カーミラの発言に、コストイラが刀に手を置きながら答えた。
「……そうね、そうよね」
何かを言おうとして手をワタワタとさせたかと思うと、一気に力を抜いた。カーミラはコストイラの性格を知っている。少年期時代だけでなく、幼少期時代も一緒にいたのだ。十三年も一緒にいるのだ、分かってしまう。
「なら、私もやらなきゃいけないことがあるわ」
「……働きすぎで倒れるなよ」
「ヤバい。義息の優しさに涙が溢れてきそう」
カーミラは目尻を押さえて天を向いた。
「ごめんね、コストイラ」
「あん?」
突然謝罪してきたカーミラに、コストイラは眉を顰めた。何に対しての謝罪だ?
次の瞬間、カーミラの脇から巨大な丸太が飛び出してきた。
「何!?」
コストイラは咄嗟に刀を振るった。極太の丸太が砕け散る。そのそばから、次の丸太が飛んできた。
「ぐッ!?」
後から追ってきた丸太に顔面を撃ち抜かれた。
カーミラの背後に100本以上の丸太が出現する。
「ごめんね、コストイラ。でも、これは個人の問題じゃなくて、皆の問題なのよ」
「シキ、寸止め」
「承知」
100本以上の丸太群を前に、レイドが楯を構えた。その後ろにアストロ達後衛が隠れる。
アシドが楯から飛び出し、一気に最高速になる。回転するように躱し、カーミラに近づいていく。
地面からヴォンという音が聞こえた。後二歩も走れば穴に足を取られてしまうだろう。ここからの回避は足を捻ってしまう可能性が高い。
最初にして最後の一歩で跳躍を試みる。最高速であるため、雑な踏み込みでも世界記録だ。
目の前から高速で丸太が飛んでくる。
「くっ!?」
アシドが槍を振るい、丸太を壊す。木端微塵となった木片を全身に浴びる中、さらに丸太がやってくる。それはさっき見た。と、言わんばかりに槍を振るった。
2,3本の丸太を破壊した後、次に飛来してきたのは石柱だった。
それまでの数本の飛来群によって、速度が殺され、跳躍の飛距離が短くなった。そこに留めの石柱がやってきたのだ。
アシドが槍で石柱の破壊を試みるが、成功しなかった。三分の一ほど破壊された石柱がアシドの顎に当たり、顔が跳ね上がり、進行が止まる。
一回転したアシドは派手に地面を滑る。そこに丸太やら石柱やらが集中した。
アストロが助けるように魔術を放ち、アシドに向かう飛来群を少しでも減らそうとする。
シキはアシド以上にギリギリで躱す。むしろ掠っているように見える。
シキを狙う丸太や石柱が互にぶつかり合い、壊れてしまう。
「あの子、肝座りすぎでしょ」
800年ほどの人生の中でも、上位級に位置する異常な精神性を目の当たりにしてカーミラが冷や汗を流す。
前後左右上下に至るまで、縦横無尽、自由自在に駆け回る。足が何本も増えたみたいな速さでカーミラに迫っていった。




