35.やはり一番強いのは……
レイドの拳がメキメキと鳴っている。強すぎる握りによって、自身の拳が悲鳴を上げているのだ。
ホウギの顔面がパチパツと鳴っている。圧せられる顔の筋肉が膨らみ、爆ぜているのだ。
レイドの拳が振り切られる。
瞬きする瞬間もなく、ホウギは地面にぶつかった。威力が地面に伝わり、地面が砕けて陥没した。
それでもエネルギーの放出はしきれず、ホウギは地面をバウンドする。
まったく呼吸ができない。それでもホウギは動いた。右手で丸太のようなレイド足を掴み、そこを軸にして回転し、左拳をぶつける。
再び160㎏を超える巨体が宙を舞う。反動で鬼は地面を転がった。地面に落ち、右腕を挟むようにしてしまったため、罅が完全に入り、割れてしまった。
ホウギが空気を求めるように口を開ける。鼻は完全に塞がっている。呼吸できない。
ただ口を開けただけで、血が垂れ流された。少し力を込めると、鼻からも血が出てきた。
レイドは当たり前のように立ち上がった。力が入ってくれないのか、膝が落ちそうになっている。
相手の恐怖を煽るような赤い両目、血煙のように吐かれる呼気。もう悪魔のようにしか見えない。
「おぉあ!?」
やはりそうか。そうだったのか。はっきりした。オレは心が弱い。ジョコンドに勝てなかったのは、オレの心が弱かったからなのか。
ホウギは叫ぶことで気合を入れ、立ち向かう。
レイドの拳をホウギは上体を逸らして躱す。そして、下から鬼の全力の拳が打ち上げられる。
レイドの顔面に拳が吸い込まれる。
レイドは顔を右に倒した。レイドの左側を拳が通過する。左頬が確実に巻き込まれ、左頬が千切れ飛んだ。
左の横顔から、食い縛る歯が見えてしまう。
レイドが腕を戻しながら肘を曲げる。肘がホウギの胸板に直撃した。
地面に仰向けとなるホウギに、上に乗り拳固める体勢を取る。
「鬼の膂力を舐めるわけにはいかない」
もう止まることなく、レイドは拳を落としていく。一撃一撃が殺人級。それでも鬼は死なない。
しかし、とてもお優しいレイドは手を止めた。
「もうこれ以上は壊せない」
「嗚呼、お優しいこって」
ホウギは敗北を心から認めた。
「……………………………………」
レイドは顔を真っ青にしている。
ホウギもレイドと同等かそれ以上に顔を真っ青にしている。
沈黙、そして恐怖。
両者は正座させられており、大量の汗を流している。
コストイラやアストロもその沈黙に耐えかねているが、口を開くことができない。
この沈黙を生み出しているのは、エンドローゼ。勇者一行の中でも最も怒らせてはならない存在だ。
レイドは何度怒らせれば気が済むのだろうか。
鬼も鬼でエンドローゼを怒らせてしまった。レイベルスは怒らせた上で泣かせてしまったが、ホウギは違う。大激怒である。
ただ何も言わず、そこに仁王立ち。それだけで、どんな強敵にも立ち向かう胆力を美徳とされている種族が震え上がっている。
そう、ただ何も言わずにそこにいるだけ。言葉も魔力も一切使っていない。
レイドは全力で土下座した。
「本当に申し訳ない」
「え、え、え」
そこまでされると、優しさに極振りしているエンドローゼは弱くなってしまう。
手をワタワタしながらエンドローゼは許してしまいそうになる。
しかし、フォンがエンドローゼの肩を叩いた。
――駄目だ! ここで許すとズルズルといってしまう! それはレイドのためにならないぞ!
「な、成る程」
エンドローゼはフォンの言う事に納得した。とはいえ、どうすればいいのだろうか。
――いいか。ここは威厳を示しつつ、許す。かつ釘を刺しておく。
「でーも、どー、ど、どうすれば」
――まずは腕を組んで胸を張る。ドスの利いた声で”許すか”って言って、その頭を踏みつけてやるんだ!
「な、なんで?」
フォンの行動は、エンドローゼには理解できなかった。
しかし、エンドローゼはフォンの行ったことを一部だけ実行した。
「つ、つ、次はないですよ? れ、れ、レイドさん」
「は、はい」
もうレイドの顔面がはっきりと見えないくらいに汗を掻いている。ちょっと同情したくなってしまった。
しかし、ここでエンドローゼの怒りに巻き込まれたくないため、前に出たくなかった。
レイド、済まない。
レイド、耐えろよ。
レイド、強く生きろよ。




