31.エンドローゼの死闘
かか様の眼は義眼だ。
エンドローゼがそれを知ったのは、孤児院を脱出する1年前だった。エンドローゼが回復魔法を覚えたての頃に、かか様の左眼から生気を感じなかった。そして、寝る時に左眼から目玉を外していた。
エンドローゼは今着けた義眼も知っている。あれは熱を探知しているものだ。黄色の瞳で熱を感知し、青色の瞳で実際の景色を見ている。
エンドローゼは「ご、ご、ごめんなさい!」と言いながら、家の扉を蹴り壊した。彼女は木の破片を一つ手に取ると、別の木片と合わせてこすり続ける。常人では目に見えない速度でこすることで、木片から火を出した。
「足りない」
エンドローゼは顎にまで伝った汗を左手の甲で拭い取る。少女は止まることなく走り、隣の家の扉も壊し、火を点ける。
「おん? 急に熱が……。エンドローゼめ、火を点けたね。この義眼のこと覚えていたのかい」
スモアは義眼に手を添えながら、エンドローゼを探す。駄目だ。やはり分からない。
スモアは燃えている家屋を破壊し、火事の上に降り注がせた。空気の供給が止まり、火が消えた。隣の家にも同じことをする。他にも家が燃えているが、エンドローゼが動いているのを目撃できた。
「見えた」
スモアは脚を引き摺りながら、駆け出す。曲がり角を見た途端、指で石畳を掻き、軸にしながら円を描くように曲がる。
追い着いた。エンドローゼは石畳の上で、木片に火を点けていた。もう目視できる位置にいるため、熱に意味はない。
気付いたエンドローゼが膝を立てていた状態から走り始める。とはいえ、巨人族の歩幅は大きい。あっという間に距離が失われた。
いくら逃げ足の速いエンドローゼといえど、まだ走り出していないため、距離がどんどん縮まっていく。そこで走り出し始めるが、もう遅い。
シスタースモアがエンドローゼに追いつく。
怪老が右腕を引く。現役を退いているとはいえ、巨人族の本気の拳だ。高レベルのエンドローゼとはいえ、ひとたまりもない。
怪老の拳が大気を壊していく。このままいけばエンドローゼの頭も壊れてしまうだろう。
そこで、エンドローゼが躓いた。石畳が浮いていたようだ。
超加速する思考、超低速となる視界、瞬足で脳裏を訪ねてくる記憶。あ、ここ、来るとき通った道だ。
ギュオンッ! と頭上が焼かれた。躓いたおかげで回避することができた。
エンドローゼの頭の中で、カチッと何かのスイッチが切り替わった。
駄目だ。これ以上かか様の更生の案が思い浮かばない。すでに30以上のアプローチを7年前から行っていたが、かか様は変わらなかった。
何も変わらない。もうこれ以上何をすれば変わってくれるのか分からない。
嗚呼、ごめんなさい。
エンドローゼは心の中で謝罪をし、空中で体勢を変えた。回転したエンドローゼは痛そうに尻餅をつくが、一切顔色を変えずに右腕を伸ばす。
左手を右の肘に添える。そして右手はスモアの胸に添えた。
「ごめんなさい」
エンドローゼが呟き、右手から魔力が放出された。




