29.執着の巨人
「ぐ」
ガシャガシャと机の上に置いてあった容器がエンドローゼの頭の上に落ちた。
ツンと鼻に来る臭いを発するエンドローゼの頭を、怪老が大きな手で掴み持ち上げる。かか様はそのまま机に叩きつけた。下にある机が1秒経たずして破壊される。そのまま床に叩きつけられた。
エンドローゼの頭の半分が床に埋まっている。エンドローゼは肘と膝で挟むようにしてかか様の手首を打った。
「ぐぬぅあ!?」
かか様の左手首に罅が入り、手が開く。
エンドローゼはかか様の手を蹴り上げ、脱出すると、すぐさま立ち上がった。
かか様が腕を振るうと、たまたまエンドローゼに当たり、吹き飛ばした。
エンドローゼは体が浮き、後ろにあった棚に背を強かにぶつけた。
「かはっ」
エンドローゼの肺から強制的に空気が吐き出させられた。棚がくの字に曲がる。上から容器がガシャガシャと落ちてきて、エンドローゼの頭に当たって割れた。
コロコロと目玉が転がっている。
「アバルヒム、パトラッシュ、チューンブライド」
かか様が人の名を呟く。エンドローゼには分かる。この目玉の持ち主の名前だ。
「エンドローゼ。貴女が弁償してくれる?」
マズイ。
エンドローゼがそう思った瞬間、右腕が振られた。腕を十字にしてガードしたが、軽すぎるエンドローゼは簡単に飛ばされてしまう。
エンドローゼがまだ空中にいる段階で、かか様は罅の入っている左腕と壁と挟まれる。
壁は動かない。しかし、左腕は押し潰すように動き続けている。
そして、エンドローゼは壁を突き破り、施設の外へと押し出された。
マクマーティンのプレスクール。俗称”スタディハウス”。
その昔、ロランド・ゴールの三代前の領主、バイジョデンドロ・ゴールが、お偉いさんのマクマーティンが構想していたものを基にして建てた施設だ。
親や身寄りのない孤児を受け入れるだけではなく、引き取り先で暴力的支配や育児放棄、子への性的暴行などが危惧される子なども受け入れる保護施設の一面を持つ。それに加え、親に何らかの問題がない子も含めた、多くの子供に対し、簡単な読み書きを教える、簡易的な学舎としての一面も持っていた。
その施設の責任者として任命されたのは、シスタースモア。2m超えの巨躯を誇る巨人族の聖職者だ。
スモアの身長は、子供達自身の身長のプラス100㎝から2倍ある。そこから発せられる威圧を吹き飛ばす程の優しそうな笑みと包容力があった。
それと、信頼の篤さ。その二つが選ばれた理由だ。
就任後に発揮された手腕は目を張るものがあった。
成人した後に入院してくる孤児は半年以内には退院した。成人直前の13,4歳の孤児も、十か月以内には、裕福な家庭に買われていった。
簡易的学舎の方の生徒も結果を出した。一年経たずして、簡易な読み書きをほとんどの生徒が修得したのだ。計算が得意になった子は大規模な商家に買われ、書きが得意な子は男爵や子爵に買われた。
凄く、結果を出した。
領主はひどく感謝し、町民は感動した。
そんな中、スタディハウス一の天才にして秀才、エンドローゼは気付いてしまった。この施設には裏がある。建物の外観と内観の大きさが合わないし、入院数と在院数と退院数が合わないのだ。在院数45人の施設に6人が入院しました。その後、3人が退院しました。現在の在院数は何人ですか? という文章問題が出されたとする。普通に考えたなら、答えは48人だ。しかし、現実の人数は45人。3人足りないのだ。
アルバヒム、パトラッシュ、チューンブライドの3人が見当たらない。
簡易的な学舎の方もおかしかった。
シスタースモアはいわゆるテストというものを導入していた。計算のテストや書き取りのテスト、あとは音読のテストが主なものだ。
三番目に挙げた音読のテストは、一人ずつ別室に呼び、一対一で行った。テスト中にシスタースモアは言葉が跳ねたり、伸びたりすると、吃音であることを指摘した。執拗に疑惑の判定もアウトにして扱った。時には嘘の指摘もした。
五か月もすると、エンドローゼは影響を受け始めた。話す前に大きく息を吸って、呼吸を整えて、心の準備をするようになった。下を歯の裏にくっつけたり、次の言葉を無音で吟味するようになったりすることもあった。言葉の始めが跳ねるようになったり、伸びたり、何度も繰り返したりするようになった。
エンドローゼは、自分は吃音になったのではないか、と考えた。そして、これは何かの実験をしているのではないか、と思い至った。
それが疑念や不信感へと繋がった。そして、エンドローゼとスモアの戦闘は激化していった。




