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【完結済み】メグルユメ  作者: sugar
33.魔大陸
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22.竜吟虎嘯

 会話はなかった。


 元々多くの会話をする方ではなかったが、今日はいつにも増して静かだ。無表情の中にある感情が、無心になっている。

 そんな重すぎるリーダーの雰囲気を感じ取るコストイラ達も、不用意に声を出せない。シンと静まり返った部屋の第一声はかなりの勇気が必要となる。


 勇気を司る勇者の代行者であるコストイラ達にはできない。


 コストイラが何かに気付いたように顔を上げた。それを追うようにアストロやアシドも視線を向けた。

 シキは当然のようにナイフに手を掛けており、コストイラは刀の柄に触れた。

 アレンさえ空気を読んで口を開かない。


『何じゃ、若造共よ』


 そこにいたのは上半身を曝け出した。白髪の老人だった。顔や体のところどころに竜の鱗が生えている。エンドローゼを買ったゴール家の長子、ジルにも似たような見た目をしているが、この老人の方が威圧感が強い。竜の力を使いこなしているのかもしれない。

 老人は白く綺麗に整えられた髭を撫でながら、瞳を縦に細くしていった。


 一歩歩くごとに重圧が出てくる。

 やはり竜だ。


『フム。話さんか』


 老人は水を操り、その水を槌のような形に変えて握った。完全にこちらを殺す気だ。


 こちらが話に応じなかったことが問題なのだが、それがあったとしても短気だ。


『竜とは強さである。鬼も強さの象徴として扱われるが、それは筋力での話にすぎん。我等竜は総合的な強さがある。筋力、耐久、速度、魔力、そのすべてが高水準なのだ』


 老人は自身の身長と同じくらいの直径がある槌を軽々と振るう。

 コストイラは風に髪を遊ばれながら、槌の範囲外に逃げる。先程のストームドラゴンよりも風が弱いため、耐えることができた。


『むっ!?』


 水で作られた槌の上にシキが乗っている。右眼は老人を見つめ、左眼はコストイラ達にコンタクトを送った。

 コストイラやアストロがアイコンタクトを返す。

 それを受け取ったシキがナイフを振るった。


『グッ!?』


 老人が顔を遠ざける。フォンやグレイソレアならば、反応できなかったであろう斬撃に、咄嗟とはいえ反応できたのは流石と言わざるを得ないだろう。

 しかし、刃は届いた。直撃した頬はその竜の鱗ごと切り裂き、その中にしまわれていた歯の表面も削られた。

 剥き出しとなった歯の内部、その神経に唾液がかかり、激痛に変わる。


『ガァあ!!』


 老人は目を白黒とさせている。


 激痛に耐えたい、という意識はある。しかし、耐えるために歯を食い縛ることができない。痛みを誤魔化すように叫びをあげる。口が開きっぱなしになってしまう。口が乾いてしまうため、唾液が多めに分泌される。それが神経に触れ、さらに激痛が走る。


 悶える老人を余所に、シキは水の槌を蹴り、早々に離脱する。


 ボタボタと多量の涎を落としながら、痛みを忘れようと、水の槌をブンブン振り回す。

 中に入るタイミングを見ながら、コストイラとシキが突入する。


 シキは丁寧に水の槌の下にナイフを添え、完璧なタイミングで往なしてみせる。跳ね上げたことでできた空間にコストイラが体を捻じ込んだ。そして、袈裟掛けに振り上げる。

 普通であれば一撃で終わる。そんなタイプの攻撃だった。しかし、老人は一撃で終わらなかった。


『ゴォア!?』


 老人が一つ鳴くと、老人を中心として水蒸気が発生した。

 コストイラが仰天しながら後ろに跳んだ。


 巨大な水蒸気の塊から、巨大な龍が出現した。





 儂が生まれた時、周りは笑っていた。儂が生まれたことを喜んでいたのだ。


 しかし、儂は自分が産まれた時のことを覚えていない。儂は生まれた時にすでに完成されていた。


 老齢であることを示す真っ白な髪。強大な力を持つことを表す枝分かれの激しい長大な二本の角。儂自身が生まれた湖とよく似た透き通るような青い鱗。高尚であることを証明するような五本の爪。望まれて生まれたことを裏付けするような人々の歓声。


 そのすべてに対して、なぜかという疑問が浮かんでしまう。全て自分のものであり、自分に向けられたものだ。だというのに、それに自信が持てない。本当に自分へと向かっているのか、これが本当に自分の体なのかに自信が持てない。


 頭の中に浮かぶ疑問には、すぐに答えが出てくるような、疑似的な全知全能が備わっている儂でも答えが出なかった。


 ある日、姿を変えて村へと歩いてみようと考えた。それで気付かなければ、皆は儂の姿を見ていることになる。気付かれればオーラや神力を見ていることになる。


 神に祈りを捧げる民であれば、神力で気付くべきだ。


 人の姿をした儂は、身長2m30㎝の白髪の老人(イケオジ)となっていた。


 全知全能な龍神たる儂でも見通せないものがある。それが人だ。人の気持ち、人の心、人の能力、人の関心。そのすべてが読めず分からなかった。

 もしかしたら、村に着いた時、正体が即刻バレてキャーキャー言われるのを期待しているのかもしれない。


 さて、現実はどうなったか。


 シーン……、である。


 誰も気付かない。


 誰もこちらを視ていない。


 時折、格好いい老人(イケオジ)を理由に二度見したり、チラチラ見ている奴がいる。しかし、異常に発達した聴力で会話を盗み聞きしてみると、神であることには気付いていないようだ。嬉しいような悲しいような。


 そうか、姿、外見しか見ていないのか。


 老齢の若い神は失望した。


 誰も儂を見ていない。儂の皮、その神としての称号しか見ていない。


 龍神は道の真ん中で首を折って項垂れた。そして、その場が水蒸気に包まれる。


「うわっ!? 何だ!?」

「どうした!?」

「爆発か!?」


 村民達は驚愕しながら、水蒸気の塊から逃げるように離れていった。その水蒸気の中から巨大な龍が飛び出してきた。


「うわ!?」

「龍だ!!」

「青い鱗!?」

「龍神様だ!?」


 一度離れたはずの村人達が、救いを求めるように手を伸ばしてきた。


 先程まで気付いていなかったにもかかわらず、こんな態度が変わるなんて。神を崇拝する民は、何て薄情な連中なんだ。


 やはり、失望した。


 龍神は、一人の者を救うことなく飛び去ってしまった。その後、神を失った妖怪の山には、約150年に渡って雨が降り続けたという。

 トレイニー帝国歴が適応されるよりも前の出来事である。





 青の鱗を日に反射させながら天を翔ける龍の、左頬と胸の部分が裂けている。シキとコストイラの両名によってつけられた傷が、龍の姿となっても目立っている。


 龍の腹に大きく描かれた斜めの傷よりも、頬の傷の方がひどく見える。中の歯が横から見えるからだろう。


 アストロが隻腕に自身の魔力を練っていく。これを龍神に放ったところで、鱗に当たって霧散することだろう。そして、空にいるため魔法が放てない。いや、放てはするのだが、動きが鈍いため、簡単に避けられてしまう。

 アレンが両手を二度開閉させる。左手は貫かれた白い痕があり、開閉がぎこちなくなるほど痺れている。右手はコストイラの火で焼かれた火傷痕が突っ張るせいでうまく開閉できない。頑張れば弓を引けるが、狙えるかは別だ。


 その二人を見ていたシキが、立ったまま石を拾った。


 龍神が口内に魔力を貯めていく。圧倒的な上空からブレスを落とそうとする。


 マズイ。


 コストイラは思った。今からではもう完全に抑え込むのは無理だ、シキがいなければ。


 シキが石を投げる。石が早すぎて徐々に削れていく。

 その超高速で飛来してくる石に目を丸くし、急いで躱した。しかし、龍神の躱した先には、さらに石があった。


『嘘じゃろ!?』


 龍神はさらに首を曲げて避ける。首元のいくらかの肉と、枝分かれした先端部分の角が抉れ、掠められた。痛みはある。だが、躱した。

 口内にある魔力を気遣いながら口角を上げた。


 しかし、避けた先には三個目が。


『な』


 流石にそれ以上避けるのは、タイミングを考えると無理だ。


 龍神の口内に石が入る。奔流していた魔力が石のせいでかき乱される。


 結果、大爆発。


 裂けていた頬から爆風が抜け出してくる。だが、瞬間的に生み出された爆発的な衝撃は、その隙間から逃げる分では足りなかった。対処しきれなかった分の威力は、龍神の右の頬を消し飛ばした。

 龍神の口内はもうズタボロだ。肉はズタズタに引き裂かれ、歯はグラグラであったり、抜けていたりする。


 シキがアレンに向けて親指を立てた。

 アレンは感謝の念を込めて礼をする。


『く、そ、が』


 口内の血や傷が邪魔でうまく話すことができない。その怒りを体に込めて、突進しようとする。


 しかし、一部残っていた理性によって思いとどまる。空とは絶対的な優位に立てる場所である。今、わざわざその優位を捨てる意味があるのか? 


 答は否である。


 龍神は再び口内に魔力を溜めようと、魔素を取り込んでいく。


『ム?』


 口内に渦巻く魔力が口外へと逃げていく。

 まさか頬が裂けてしまっているからか?


 ブレスを放とうと魔力を纏めたとしても、砲になってしまう。それほどまでに漏れている。


 いや、構うものか。


 龍神は砲を放った。


 レイドは砲の明かりに照らされながら、走り出した。レイドは大きく楯を振って殴り、砲を弾いた。レイドの腕も砲に弾かれ、腕が千切れそうだ。

 龍神は物量で押し切ろうと、次弾の装填に移る。

 

 その時、尾に痛みが走った。思わず後ろを振り返る。

 50mを超える長躯の先、尾の先端部に食らいつく影があった。


『何だ、あれは』


 異形のオーラ。混在種(キメラ)の魔力。不自然な塊。


 そこで神は己を呪った。


 なぜ目を離してしまったのか。


 超速で近づく何かを感じ、そちらに顔を向けると、そこには白銀の悪魔。

 どうやって飛んできた。アストロが撃った魔力に乗ってきた。

 どうしてここに来た。確実に儂のことを斬るためだ。


 儂はここからどうすればいい。今更無理。


 嗚呼、こんな時にも脳裏に答えが出てくるのか。


 生気に満ち溢れる無機質な目がこちらを射抜いてくる。まるで興味のない得物を目にする狩人の眼だ。

 龍神が何かをする前に、白銀の悪魔はナイフを振るった。

 龍神の視界が暗くなる。確実に目を斬られたようだ。


 しかし、それだけでは嘆かない。龍神には魔力探知がある。


 ボゥと朧気に世界が見えてくる。


 白銀の悪魔は龍神の鱗の一つに掴まった。


『グォ!?』


 鱗に指が埋まっていく。鱗が砕け、その下に隠された肉まで掴まれた。


 尾の肉は噛み千切られ、顎の肉は握り千切られる。

 白銀の悪魔は顎下の鱗のない部分にナイフを刺した。龍神は巨体故に肉厚。だというのに、シキは傷口に腕ごと侵入させていった。


『何、を!?』


 シキは腕を曲げて落ちないようにすると、もう片方の腕も傷口に捻じ込んだ。シキは当たり前のように顎の中へと入っていった。


『何だと? 儂の中に入っていったというのか?』


 何のために? と頭の中に疑問を浮かべた。その答えはすぐに返ってきた。は? 儂の脳が喰いたいだと? マジで言っているのか、この勇者。


 それに気付いた瞬間、龍神が焦り出した。早く追い出さないと儂は食われて死ぬ!?


 龍神は龍の姿から人の姿へと変化した。人の姿なら大丈夫だと思ったのだろう。

 空中で龍から人に変わったことで、顎の中にいた勇者と、尾に噛みついていた奇人が空中に追い出される。


『ムム』


 奇人は翼をはためかせ、空中に留まった。


 人の姿となった龍神は、重力に従って落ちていく。


『ム?』


 シュルルと右腕に糸が絡んだ。龍神が怪訝な顔になる。

 次の瞬間、ぐんと糸が張り、引っ張られた。向こうも近づいてくる。


 龍神と勇者の距離がなくなる。


『くそ! 何だ! 何なんだ!』


 龍神が神智を超える未知の存在に恐怖している。

 生気満ち溢れる無機質な眼でこちらを射抜きながら、超速でナイフを振ってくる。

 龍神は水を巧みに操り楯を出すが、容易く切られてしまう。そこで、わざと糸が巻きついている右腕を斬らせた。


『グ、ゴ、ラァアアアアアアッッ!?』


 痛みに叫びながら、シキの脇腹を蹴飛ばした。


 シキは地面をバウンドしながら糸を吐き、龍神の右腕を後方へと飛ばした。同時に走り出す。

 龍神が両足で大胆に着地する。途端襲ってくるアシドの槍を弾き、勇者を睨む。


 白い花弁を撒きながら迫る勇者に、恐怖が押し寄せ、顔が引き攣る。


『グ、オォオオオオ!!』


 自らを奮い立たせるように雄叫びを上げ、勇者に向かっていった。勇者はナイフを強く握り、龍神を睨み返す。龍神が左腕に水の槌を握り、振りかぶる。勇者がナイフを溜める。龍神が水の槌を大きく振るう。勇者が身を低くし、水の槌を躱す。龍神が死を意識するが、その勇者の後ろに、赤い侍が走ってきているのが見えた。龍神の思考に空白が生じた。疑問すら浮かばない。白銀の悪魔が龍神の脚を斬った。逃げないようにするための行動だ。そんなこと分かってしまう。それすらも分かってしまうのだ。


 嗚呼、終わる。


 赤い侍が刀を振るう。龍神の胸にクロス状の傷ができる。


『愚図共が』


 龍神は恨めしそうにコストイラを睨みながら、斃れていった。

ごめん。また、不定期になる。文字数長くなりすぎて、書くの時間かかる。ごめん。ごめん。ごめん……。

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