14.昏く、暗く、闇く
アシドに当たる直前、神速の一閃が、豪快な一閃が、洗練された一閃がそれを妨げた。
『何をしているの?』
『この程度でやられてんじゃねぇぞ』
『そのような者達も守り抜くのが我々だ』
そこに現れたのは、これまで戦ってきた天之五閃だった。
『私達はコストイラに手を貸さないわ』
『あれをどうにかできんのは』
『コストイラしかいない。強さ的な意味でも、精神的な意味でもな』
天之五閃の三人は剣を収め、静観の意を示した。
影が、闇が、力が暴れ出した。コストイラの立っていたところも含めて、地面がほじくり返され、空中に足場ができた。
コストイラはその足場の一つに足を着け、迫る影の一つ一つを撃ち落とした。
しかし、コストイラの表情に余裕らしきものはない。アイケルスの力が強すぎる。
『あぁ、やっぱり口だけなのね。まるで殺す気がないわ』
私はある、とでも言いたげな程に、闇の密度が増した。もう刀一本では防ぎきれない。
すごい勢いでコストイラが墜落する。
『ほら、早くしないと、世界が滅んじゃう』
「ぐッ!? どうしてこんなこと!?」
闇の手がコストイラを掴み、岩に叩きつけた。
『どうして、ですって? 貴方も見えるでしょう? その闇から溢れ出している怒り、憎しみ、悲しみ、その他の激情が、ほら!』
「何言って!?」
その時コストイラの脳裏にカーミラの悲しそうな顔が浮かんだ。何だ、今のは?
コストイラの体に闇がかかっていく。
押し潰さんばかりのごめんなさいが、コストイラを覆っていく。
「くっそ!? 知るか!?」
コストイラが怒りに顔を歪ませる。
「テメェ、まさか」
『えぇ、そうよ。これはただの腹いせ。私は彼女を取り込んだおかげで、彼女の全てを見ることができたわ。彼女は退治屋として、人も魔族も精霊も、全てを救っていた。誰よりも優しい人だった。だけど、世界は残酷だった。誰よりも愛されず、嫌われて』
コストイラが目を伏せる。
『そんなのって、あんまりじゃない!!』
アイケルスがコストイラを睨む。いや、彼女が睨んだのは、彼ではなく、その先にある世界だ。
『私は彼女が最後まで、誰にも打ち明けずに抑えていた、この怒り、憎しみ、悲しみを晴らす。この矛先の向かう先は、世界に決まっている!』
大地が、否、世界が悲鳴を上げた。
現在のアイケルスは闇を纏っている。激情をすべて武具に変えている。
『本気で』
世界が軋んでいる。
『本気で止めたいなら』
世界が救援を求めている。
『この私を』
勇者が、魔王が、神が、そして、コストイラがアイケルスを恐怖し、見つめる。
『殺しなさい!』
それは世界への宣告だ。
何本もの闇の糸が束となり、尾となって振るわれる。その威力は凄まじく、凹凸が削り取られ、更地となってしまった。
『フゥー』
ボボボと目尻や口端から炎のように、闇の残滓が出ている。
その視線の先、瓦礫に埋まったコストイラは考える。
何やってんだ、オレ。アイケルスを救う、アイケルスを護る、と息巻いたのに、この有様かよ。
オレは一体何がしたいんだ。
何を目指していたんだ。
何が、何を、何で、どうして。
……。
あぁ、でもやっぱり。
オレの願いは。
もう失いたくない。
失いたくないんだ!
ドゴンと瓦礫が吹き飛んだ。
「あー、考えるのが馬鹿馬鹿しい。結局、オレはこれしか出来ねぇんだ」
コストイラが炎を纏う。
「やってやんよ。ここからが本当の戦いだ!!」
感情を燃やし、感情を纏い、己のエゴを押し付ける戦いが始まった。
コストイラが刀を振るう。
『どんな攻撃かと思えば、がっかりね!』
炎と闇の武器がぶつかり合う。炎が大きく広がり、覆い尽くそうとする。
『こんなの、私には効かない!』
限界以上に口を開き、闇を溢れさせる。
闇を纏うロングソードの威力は破格。コストイラを軽々と飛ばした。
「クソッ! 倒されようとしやがって!」
アイケルスは世界を滅ぼそうとしている。世界の均衡を崩し、世界を作り直そうとしている。
「オレが母さんの後を追おうとしているとでも思ったのか!?」
『意図しなくても、そうなる! 強大な力は排斥の対象になる!』
「だからこその仲間だろうが!」
叫びは届かない。
『コストイラ。私達はどこまで行っても平行線よ。だから』
アイケルスが闇を集め、武器に纏わせる。
『互いの一撃、それで決着としましょうか』
「大した自信だな」
アイケルスは笑みで返した。
『これが私の全力、受けて見なさい!』
闇が弾幕となって襲い掛かってくる。
「コストイラ!?」
「ク!?」
コストイラが走る。時に跳び、時に外へ、時に内へ進路を変えながら弾を避け、アイケルスに近づこうとする。
コストイラは炎を弾として飛ばす。アイケルスの闇に当たり相殺される。その煙を利用して、一気に距離を縮める。しかし。
『私の勝ち』
「なっ!?」
闇がコストイラの体の周りを渦巻き、球状になっていく。
『捕まえた。きっと、ヲルクィトゥが間に合ったら、私の負け。そこまでに私は世界を滅ぼす』
アイケルスがアストロ達の方を向いた。アストロ達が目を見開く。この精霊と、私達は戦えるのか? エレスト達はどこまで力を貸してくれるのだ?
「オレ、ようやく分かったんだ」
『ッ!?』
「アイケルスと戦って、自分自身と向き合って、自分に継承されたこの技はどんなものなのかって!」
『ク!?』
球状の拘束を斬り破って、コストイラがアイケルスに向かう。
アイケルスが闇の力で拘束しようとする。そこで、異変に気付いた。コストイラが纏っているのは、蒼い炎だった。
蒼い炎は球状にコストイラを包み、闇を焼き切っている。
『な!?』
闇の拘束を振り払い、コストイラは遂に、アイケルスの元に辿り着いた。
衝突。
煙が徐々に晴れていく。
アストロ達の目に映ったのは、二人が抱き合っている場面だった。
『あーあ。どうやら、私の負けみたいね。でも、安心したわ』
「んだよ、お前、何でそんな余裕でいられるんだよ」
アストロは柔和な笑みを浮かべている。
「お前……」
『これで、いいのよ』
アイケルスの体は半分以上が消失していた。
『これで、全て使い切ったわ』
「んだよ、それも狙いかよ」
『えぇ、私がフラメテを殺してしまった。もっと幸せになってほしかった。だけど、私が奪ってしまった。あの時、全部なくなっちゃった。私にはもう、生きる資格も、理由もない』
コストイラは静かにアイケルスの背に腕を回し、抱きしめた。
『本当に大馬鹿ね』
アイケルスは目を瞑る。
「んだよ。自分だけ勝手に満足しやがって、ふざけんなよ! 本当に、ふざけんなよ……」
アイケルスは満足そうに涙を流し、コストイラは後悔しながら涙を流す。
そして、遂に過去の思い出を振り返りながら、完全に消滅した。
この日、とても大切な精霊を失った。
ひらひらと緑の蝶が舞ってきて、鼻に止まった。
『ヘクチッ!』
くしゃみをしたアイケルスが上半身を起こす。
ぼーっとしたまま辺りを見る。
花畑。
あぁ、私は死んだのだ。
「確かに死んだのは事実だけど、ここはまだ死後の世界じゃないわよ」
ガサ、と花畑の中に人がいた。
アイケルスはその姿を目撃し、目を丸くした。
「まったく、全部ここから見ていたわ」
女は腰に手を当て、溜息を吐いた。
「生かしたっていうのに、結局こうなるのね」
女はシュバッと手を上げた。
「久し振りね、アイケルスっ!?」
女が言葉を言い終わる前にアイケルスは膝蹴りで、ひょっとこの仮面を割った。
『感動の再開で、ボケをかましてんじゃないわよ!』
「アハハッ! 相変わらずのツッコミね!」
そこで笑いを止めた。目の前のアイケルスが泣いているのだ。
女はアイケルスを胸に抱き、泣き止むのを待った。
『私が死んで死後の世界じゃなくてここに流れ着いたのは、何となく理解したけどさ、じゃあ、ここはどこなのさ』
「ここは生と死の狭間」
フラメテはチラリと花畑を見た。
「私達が死んでも冥界に流れ着かないのは、ここに張られている特別な結界のおかげ。でも、その結界ももう限界。私達もここまでのようね」
『……私達はどうなっちゃうの?』
「さぁね。このまま自然に冥界に行くか、ここで消滅してしまうかもね」
平然と話すフラメテの横顔を、不安そうな顔で見る。
「あら? 怖いの?」
フラメテが悪戯そうな笑みを浮かべ、それを片手で隠している。
アイケルスは口角を上げた。
『怖くないわよ。だって、今は貴方がいるもの。私はそれで十分。今度は、行くときはどこまでも一緒』
「しょうがない奴」
アイケルスの言葉に、鼻息を漏らした。
「私と来てくれるのは構わないけど、その子は連れて行けないわよ」
『え?』
アイケルスの袖を引っ張る影があった。
蒼炎そのものとなっているコストイラが、子供の姿をしてそこにいた。
『え……』
「どうやら、その子の斬開者はまだ終わっていなかったようね」
コストイラが涙を流す。
「もう、ひとりはたくさんだよ。もう勝手にいなくなるなんて、許さねぇよ。もう」
泣きじゃくるコストイラに、アイケルスは目を丸くし、絶句している。
フラメテはアイケルスの背中を押して、コストイラに押し付けた。
『え?』
アイケルスの顔が驚愕に染まっている。
「いいのよ。貴女にはその子を置いていけないでしょ? 肉体を失った人間の私には無理だけど、闇の化身である貴女だから、帰ることができる。そういうわけで、ここでお別れよ」
満足気に話すフラメテに、アイケルスが唇を噛む。
『そんなの、卑怯じゃない……』
でも、アイケルスは涙を溜めながらに、言葉に続けた。
『ありがとう!!』
「貴方達もね!」
フラメテは親指を立て、見送った。
その二人が消えた後、二人の女が目の前に現れた。
カーミラとシュルメである。
「ごめんなさいね、もう」
「いや、いいよ、カーミラ。もう限界なんでしょ?」
『それじゃ、フラメテ』
「えぇ」
『冥界へ行きましょうか』
「アイケルス」
コストイラはぽつりと呟いた。
アイケルスはゴロリと寝返りを打ち、コストイラの顔を見た。
『コストイラ。私』
「もう、いなくなるなよ」
『えぇ』
『とはいえ、アイケルスはとても消耗している。私がここに残ろう』
『フン! 私だって残ってやるわ。アイケルスと話したいこともあるしね』
アスタットとエレストがアイケルスの肩に手を置き、コストイラから引き離した。




