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【完結済み】メグルユメ  作者: sugar
33.魔大陸
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14.昏く、暗く、闇く

 アシドに当たる直前、神速の一閃が、豪快な一閃が、洗練された一閃がそれを妨げた。


『何をしているの?』

『この程度でやられてんじゃねぇぞ』

『そのような者達も守り抜くのが我々だ』


 そこに現れたのは、これまで戦ってきた天之五閃だった。


『私達はコストイラに手を貸さないわ』


『あれをどうにかできんのは』


『コストイラしかいない。強さ的な意味でも、精神的な意味でもな』


 天之五閃の三人は剣を収め、静観の意を示した。





 影が、闇が、力が暴れ出した。コストイラの立っていたところも含めて、地面がほじくり返され、空中に足場ができた。

 コストイラはその足場の一つに足を着け、迫る影の一つ一つを撃ち落とした。

 しかし、コストイラの表情に余裕らしきものはない。アイケルスの力が強すぎる。


『あぁ、やっぱり口だけなのね。まるで殺す気がないわ』


 私はある、とでも言いたげな程に、闇の密度が増した。もう刀一本では防ぎきれない。

 すごい勢いでコストイラが墜落する。


『ほら、早くしないと、世界が滅んじゃう』


「ぐッ!? どうしてこんなこと!?」


 闇の手がコストイラを掴み、岩に叩きつけた。


『どうして、ですって? 貴方も見えるでしょう? その闇から溢れ出している怒り、憎しみ、悲しみ、その他の激情が、ほら!』


「何言って!?」


 その時コストイラの脳裏にカーミラの悲しそうな顔が浮かんだ。何だ、今のは?

 コストイラの体に闇がかかっていく。

 押し潰さんばかりのごめんなさいが、コストイラを覆っていく。


「くっそ!? 知るか!?」


 コストイラが怒りに顔を歪ませる。


「テメェ、まさか」


『えぇ、そうよ。これはただの腹いせ。私は彼女を取り込んだおかげで、彼女の全てを見ることができたわ。彼女は退治屋として、人も魔族も精霊も、全てを救っていた。誰よりも優しい人だった。だけど、世界は残酷だった。誰よりも愛されず、嫌われて』


 コストイラが目を伏せる。


『そんなのって、あんまりじゃない!!』


 アイケルスがコストイラを睨む。いや、彼女が睨んだのは、彼ではなく、その先にある世界だ。


『私は彼女が最後まで、誰にも打ち明けずに抑えていた、この怒り、憎しみ、悲しみを晴らす。この矛先の向かう先は、世界に決まっている!』


 大地が、否、世界が悲鳴を上げた。


 現在のアイケルスは闇を纏っている。激情をすべて武具に変えている。


『本気で』


 世界が軋んでいる。


『本気で止めたいなら』


 世界が救援を求めている。


『この私を』


 勇者が、魔王が、神が、そして、コストイラがアイケルスを恐怖し、見つめる。


『殺しなさい!』


 それは世界への宣告だ。


 何本もの闇の糸が束となり、尾となって振るわれる。その威力は凄まじく、凹凸が削り取られ、更地となってしまった。


『フゥー』


 ボボボと目尻や口端から炎のように、闇の残滓が出ている。

 その視線の先、瓦礫に埋まったコストイラは考える。


 何やってんだ、オレ。アイケルスを救う、アイケルスを護る、と息巻いたのに、この有様かよ。


 オレは一体何がしたいんだ。


 何を目指していたんだ。


 何が、何を、何で、どうして。


 ……。


 あぁ、でもやっぱり。


 オレの願いは。


 もう失いたくない。


 失いたくないんだ!


 ドゴンと瓦礫が吹き飛んだ。


「あー、考えるのが馬鹿馬鹿しい。結局、オレはこれしか出来ねぇんだ」


 コストイラが炎を纏う。


「やってやんよ。ここからが本当の戦いだ!!」


 感情を燃やし、感情を纏い、己のエゴを押し付ける戦いが始まった。





 コストイラが刀を振るう。


『どんな攻撃かと思えば、がっかりね!』


 炎と闇の武器がぶつかり合う。炎が大きく広がり、覆い尽くそうとする。


『こんなの、私には効かない!』


 限界以上に口を開き、闇を溢れさせる。

 闇を纏うロングソードの威力は破格。コストイラを軽々と飛ばした。


「クソッ! 倒されようとしやがって!」


 アイケルスは世界を滅ぼそうとしている。世界の均衡を崩し、世界を作り直そうとしている。


「オレが母さんの後を追おうとしているとでも思ったのか!?」


『意図しなくても、そうなる! 強大な力は排斥の対象になる!』


「だからこその仲間だろうが!」


 叫びは届かない。


『コストイラ。私達はどこまで行っても平行線よ。だから』


 アイケルスが闇を集め、武器に纏わせる。


『互いの一撃、それで決着としましょうか』


「大した自信だな」


 アイケルスは笑みで返した。


『これが私の全力、受けて見なさい!』


 闇が弾幕となって襲い掛かってくる。


「コストイラ!?」


「ク!?」


 コストイラが走る。時に跳び、時に外へ、時に内へ進路を変えながら弾を避け、アイケルスに近づこうとする。

 コストイラは炎を弾として飛ばす。アイケルスの闇に当たり相殺される。その煙を利用して、一気に距離を縮める。しかし。


『私の勝ち』


「なっ!?」


 闇がコストイラの体の周りを渦巻き、球状になっていく。


『捕まえた。きっと、ヲルクィトゥが間に合ったら、私の負け。そこまでに私は世界を滅ぼす』


 アイケルスがアストロ達の方を向いた。アストロ達が目を見開く。この精霊と、私達は戦えるのか? エレスト達はどこまで力を貸してくれるのだ?


「オレ、ようやく分かったんだ」


『ッ!?』


「アイケルスと戦って、自分自身と向き合って、自分に継承されたこの技はどんなものなのかって!」


『ク!?』


 球状の拘束を斬り破って、コストイラがアイケルスに向かう。


 アイケルスが闇の力で拘束しようとする。そこで、異変に気付いた。コストイラが纏っているのは、蒼い炎だった。

 蒼い炎は球状にコストイラを包み、闇を焼き切っている。


『な!?』


 闇の拘束を振り払い、コストイラは遂に、アイケルスの元に辿り着いた。





 衝突。





 煙が徐々に晴れていく。


 アストロ達の目に映ったのは、二人が抱き合っている場面だった。


『あーあ。どうやら、私の負けみたいね。でも、安心したわ』


「んだよ、お前、何でそんな余裕でいられるんだよ」


 アストロは柔和な笑みを浮かべている。


「お前……」


『これで、いいのよ』


 アイケルスの体は半分以上が消失していた。


『これで、全て使い切ったわ(・・・・・・・・)


「んだよ、それも狙いかよ」


『えぇ、私がフラメテを殺してしまった。もっと幸せになってほしかった。だけど、私が奪ってしまった。あの時、全部なくなっちゃった。私にはもう、生きる資格も、理由もない』


 コストイラは静かにアイケルスの背に腕を回し、抱きしめた。


『本当に大馬鹿ね』


 アイケルスは目を瞑る。


「んだよ。自分だけ勝手に満足しやがって、ふざけんなよ! 本当に、ふざけんなよ……」


 アイケルスは満足そうに涙を流し、コストイラは後悔しながら涙を流す。

 そして、遂に過去の思い出を振り返りながら、完全に消滅した。

 この日、とても大切な精霊を失った。





 ひらひらと緑の蝶が舞ってきて、鼻に止まった。


『ヘクチッ!』


 くしゃみをしたアイケルスが上半身を起こす。

 ぼーっとしたまま辺りを見る。


 花畑。


 あぁ、私は死んだのだ。


「確かに死んだのは事実だけど、ここはまだ死後の世界じゃないわよ」


 ガサ、と花畑の中に人がいた。

 アイケルスはその姿を目撃し、目を丸くした。


「まったく、全部ここから見ていたわ」


 女は腰に手を当て、溜息を吐いた。


「生かしたっていうのに、結局こうなるのね」


 女はシュバッと手を上げた。


「久し振りね、アイケルスっ!?」


 女が言葉を言い終わる前にアイケルスは膝蹴りで、ひょっとこの仮面を割った。


『感動の再開で、ボケをかましてんじゃないわよ!』


「アハハッ! 相変わらずのツッコミね!」


 そこで笑いを止めた。目の前のアイケルスが泣いているのだ。

 女はアイケルスを胸に抱き、泣き止むのを待った。


『私が死んで死後の世界じゃなくてここに流れ着いたのは、何となく理解したけどさ、じゃあ、ここはどこなのさ』


「ここは生と死の狭間」


 フラメテはチラリと花畑を見た。


「私達が死んでも冥界に流れ着かないのは、ここに張られている特別な結界のおかげ。でも、その結界ももう限界。私達もここまでのようね」


『……私達はどうなっちゃうの?』


「さぁね。このまま自然に冥界に行くか、ここで消滅してしまうかもね」


 平然と話すフラメテの横顔を、不安そうな顔で見る。


「あら? 怖いの?」


 フラメテが悪戯そうな笑みを浮かべ、それを片手で隠している。

 アイケルスは口角を上げた。


『怖くないわよ。だって、今は貴方がいるもの。私はそれで十分。今度は、行くときはどこまでも一緒』


「しょうがない奴」


 アイケルスの言葉に、鼻息を漏らした。


「私と来てくれるのは構わないけど、その子は連れて行けないわよ」


『え?』


 アイケルスの袖を引っ張る影があった。

 蒼炎そのものとなっているコストイラが、子供の姿をしてそこにいた。


『え……』


「どうやら、その子の斬開者(キリヒラクモノ)はまだ終わっていなかったようね」


 コストイラが涙を流す。


「もう、ひとりはたくさんだよ(・・・・・・・・・・)。もう勝手にいなくなるなんて、許さねぇよ。もう」


 泣きじゃくるコストイラに、アイケルスは目を丸くし、絶句している。

 フラメテはアイケルスの背中を押して、コストイラに押し付けた。


『え?』


 アイケルスの顔が驚愕に染まっている。


「いいのよ。貴女にはその子を置いていけないでしょ? 肉体を失った人間の私には無理だけど、闇の化身である貴女だから、帰ることができる。そういうわけで、ここでお別れよ」


 満足気に話すフラメテに、アイケルスが唇を噛む。


『そんなの、卑怯じゃない……』


 でも、アイケルスは涙を溜めながらに、言葉に続けた。


『ありがとう!!』


「貴方()もね!」


 フラメテは親指を立て、見送った。


 その二人が消えた後、二人の女が目の前に現れた。

 カーミラとシュルメである。


「ごめんなさいね、もう」


「いや、いいよ、カーミラ。もう限界なんでしょ?」


『それじゃ、フラメテ』


「えぇ」


『冥界へ行きましょうか』







「アイケルス」


 コストイラはぽつりと呟いた。

 アイケルスはゴロリと寝返りを打ち、コストイラの顔を見た。


『コストイラ。私』


「もう、いなくなるなよ」


『えぇ』


『とはいえ、アイケルスはとても消耗している。私がここに残ろう』


『フン! 私だって残ってやるわ。アイケルスと話したいこともあるしね』


 アスタットとエレストがアイケルスの肩に手を置き、コストイラから引き離した。

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