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【完結済み】メグルユメ  作者: sugar
33.魔大陸
631/683

3.冥府を拒む者

『ぐぉ……』


 イーラは狐の頭を少し擦り、状況を整理する。

 おそらくであるが、ここは冥界、死者のその後を決める場所だ。


 周りにいる者が、こちらに武器を向けている。この狐の巨体が、敵の姿に見えすぎていることに問題があるのだろう。ならば、やることは簡単だ。


 人に成ればいい。


 イーラは冥府の小さな山を登り、人の視線から身を隠すと、ボコボコと体が脈動し始めた。

 魔物の中で人化ができるものはかなり珍しく、神かそれに準ずるもの、それと同等の力を有するものだ。


『そ、あ……人化するのは久し振りだな』


 3mを超える身長となった魔神は、大きく伸びをする。メリメリと音を出す体を弛緩させ、そのまま猫背になる。


 山の中腹から辺りを見る。そこには意味のないポイント稼ぎに従事する霊体達がいた。


 イーラは知っている。冥界での裁判は、生前での働きに応じて、天国へ行けるか地獄に行くのかが決まる。

 つまり、冥界での善行はいくら積んでも意味がないのだ。


 イーラは意味のないことが嫌いだ。そのため、裁判所まで真っ直ぐ向かう。


 靴を履いていないため、少し足の裏が冷たい。ペタペタと足裏に注意を奪われながら歩く。

 十分ほど歩いた時、明らかに実力がある者が向かってきた。


『お初に御目にかかります、神イーラ。私の名前はホキトタシタ。この冥界での騎士長を務めております』


『はっは。監視か、ご苦労なこった。この強さを、貴様が抑え込めるとは思えんがな。だが、その心意気はよし』


 前から男女一組がやってきた。イーラは腕を組んで、うんうんと頷く。イーラの言っていることが事実なため、ホキトタシタは口を挟めない。


『とはいえ、あの無意味ポイント稼ぎをしている奴等のようになる気はない。仕組みは分かっているしな』


『本当ですか?』


『信用がないか?』


『御自身のこと、分かっていらっしゃいます?』


『はっは。邪神と言われておったわ。信じれなくて正解か』


 軽口を言い合う上司に、女はドン引きしている。


『そこな娘が引いているので、会話を畳みにかかろう』


『分かりました』


『そもそもこのまま裁きの場へと向かっていた。場所は分かっているのだ。案内は本来要らないのだが、貴様等側の肩を持とう。そこの女を案内にすればよい。貴様はトップなのだ。他のところにも仕事があろう』


『そうですね。ちなみにこちらはラックスと言います』


『え? え? え?』


 本人の許可を一切取らずに本人の仕事が決定されていく。そして、口を挟むことができないまま、ホキトタシタは去ってしまった。


『何をしている、ラックス。お前は案内役なのだ。早う案内せよ。あっちの無意味ポイント稼ぎ共やら、現世で冥を拒む者共やらとは違い、寄り道をする気はない』


『は、はい』






 現世。

 そこは嵐が収まりつつあった。


 色はまだあるものの、透明といえる状態であるため、視界は良好と言えるだろう。


 そんな環境の中、しばらく歩いていると、不思議な存在を見つけた。


 ズズ、ズズと引き摺るようにして歩くものが二つ。

 一方は163㎝程の人型。いや、後ろ姿だけしか見えていないため、人型かどうかは怪しい。

 もう一方はドラゴンのような見た目をしている。こちらは背の翼も含めて、ドラゴンそのものだ。


 しかし、両方ともに言えることとして、肉が腐り堕ちているのだ。つまり、ゾンビとゾンビ。


「どうしますか、これ?」


 アレンが小さな声でアストロ達に尋ねる。


「無理ね。これは気付かれているわ。ゾンビはその性質上、生に執着している。だから、生をいち早く発見できるわ。だから」


「もう気付かれている」


「そのうえで無視されている」


 アストロ、アシド、コストイラと言葉が続けられる。アレンは目を丸くするしかない。これはいつか襲われるかもしれないということか。


跳べ(・・)


 その小さな声が風に乗って聞こえてきた。

 アレンが顔を上げると、そこにはドラゴンゾンビがいた。


「な――」


 高さ10m以上の頭上に、巨竜の姿。濃紺や新緑に色づいている体皮、空中を泳ぐ巨体。その圧倒的な光景に目が奪われ、時の流れさえ緩慢になる最中、脳裏では警戒アラームがけたたましく鳴っている。

 巨体をうねり、ドラゴンゾンビが爪を強調する。


 淡く陽光が届く世界で、アレンのいる場所だけが暗くなる。


 愕然と仰ぐ天空から、動死体(ゾンビ)の体を捻りながら、人間など引き裂こうと落下してきた。


「危ない!」


 シキが、アレンの体を気遣いながらタックルし、救出する。


『ッッ!!』


 この土地のみならず、魔大陸全体を轟然と震わして、アレンが一秒前にいた場所を動く竜の死体(ドラゴンゾンビ)が爆砕した。


『連れて行こうとする冥界の死者(てき)を殺せ!』


 何を言っているのか分からない。しかし、分かることがある。アレは明確な敵だ。


「フッ!」


 アストロが火魔術を放ち、ドラゴンゾンビに当てる。戦場を駆ける炎柱が敵の顔面を焼いた。

 魔術による威嚇。勿論、元から死んでいる巨竜には碌なダメージは入らない。けれど、光明なき瞳がアストロを照準した。


 レイドが楯でアストロを護る。


 あの女はテイマーだ。操られた魔物ではなく、テイマー自身を狙うのが得策だ。

 テイムした魔物を遠ざけ、丸裸となっているテイマーを叩くべきだ。


 アストロが注意を引き付けている間に、シキが加速した。

 疾走するシキに、女型のゾンビは「ヒッ」と情けない声を漏らす。


 だが、顔を引きつらせながらも、笑みを浮かべた。


『ッ!!』


「な!」


 注意を引き付けていたはずのドラゴンゾンビがテイマーの方へと向かっていった。巨竜はシキの背に突撃する。

 あとわずかのところで、テイマーにナイフが届こうかという寸前、襲い掛かってくる魔物に、シキは離脱を余儀なくされた。


 ドラゴンゾンビはまるで主を護るように前に立った。


 テイマーの行うテイムとは、本来従わせることではなく、逆らえなくすることだ。力量関係を悟らせて屈服させる。言うなれば、隷属の技術。

 テイム済みの魔物でも、テイマーの命令を聞かないことがあるのも、そこに理由がある。

 にもかかわらず、最上位の魔物である竜種が従っている。


「凄いテイム能力」


「いや、……テイムじゃない。自分から従っているわ」


「よし、行くぜ」


 コストイラが情熱の炎を瞳に宿し、疾走した。

 同時にシキも走り出す。


 ドラゴンゾンビの両目が独立しているかのように別々に動き、両の敵を見る。


 シキの方が速くドラゴンゾンビに辿り着き、その速度を利用して攪乱した。その隙を縫って、コストイラが敵の懐へ飛び込んでいく。


 爪や踏みつけ、尾撃を見切り、すべてをギリギリのところで躱し、刀で腐肉を斬っていく。

 ドラゴンゾンビは体内で生成した毒を、霧状にして地面に向かって吐いた。毒切りは地面に当たり、猛スピードでシキ達を襲う。





 テイマーは死を恐怖していた。


 死という生物的には絶対に訪れる現象に恐怖していた。いくら天国を望む者さえ、死にたいと思う者はいないだろう。


 だからこそ、死を乗り越えたいと思った。


 テイマーであるKGIは実験を繰り返した。動物をテイムし、従わせては、自宅に誘い込んで殺害した。次々と殺しては実験をしていった。

 KGIは子供の頃、神童と呼ばれていた。それは子供の頃から死を恐れ、避けたいがために、知識と知恵を身に着けていただけなのだ。


 誰も為せていないことをする。


 死を克服し、神の領域を侵そうとしている。


 そのある日、KGIのところに希望となるニュースが入ってきた。


 死を経験した男が、四時間後に生き返ったというのだ。頬に赤みが差し、心の臓が時を刻み始めたらしい。


 KGIは血液に注目した。シーソー式の蘇生機を創り出し、実験を行った。

 対象が落ちないようにベルトで止め、シーソーを行う。血液循環を促し、甦らそうとする。


 何十体もの動物で実験をした。


 しかし、生き返らない。なぜか生き返らない。

 血が足らないのだと考え、輸血までした。


 都合123体目の実験動物である犬で、変化が訪れた。

 心停止してから約六分後、犬が息を吹き返したのだ。ただし、昏睡状態であり、最終的には血栓により死亡してしまった。

 成功例2匹目も同様の結果になった。

 何匹も、何頭も試したが、駄目だった。


 もっとだ。もっと強靭な肉体を持つもので実験しなければならない。


 そこで、ドラゴンに目をつけた。


 卵から孵すところからドラゴンに寄り添い、自然死するまで付き合うことにした。

 ドラゴンは驚異的な身体能力を持っていた。


 その身体能力、生命力、力強さを見せつけられると、嫌でも感じられてしまう。死者蘇生が可能なのではないかと邪推してしまう。

 KGIに思い違いがあるとすれば、ドラゴンの寿命だろう。人の寿命が4,50年なのに対し、ドラゴンは500年以上生きる。卵から育てているため、KGIが生きているうちに、ドラゴンの寿命は来ないだろう。

 それに気付かないまま、ドラゴンとともに過ごし、約十二年の歳月が経った。


 KGIはドラゴンの自然死を待つ間も、研究を続けた。そこで、新しい説に出会った。


 細胞説というものだ。


 人は、一つの人という存在ではなく、一つの細胞と呼ばれるものが多数集まって、人ができているとする説だ。だからそこ、髪の毛や爪が剥がれ落ちるのだ、とも追記されていた。


 KGIはその説に感銘を受け、同時に納得もした。これが真実ならば、老いや死は、細胞の数がある一定の数値を下回った時に訪れるものと考えることができる。それが絶対数値なのか相対数値なのかは実験で解き明かしていく必要があるが、これは大きな進歩である。


 新たな実験をした。その中で、使えない薬をたくさん開発した。いや、正確に考えれば、薬というには烏滸がましい。ただの液体に何かがいっぱい混在しているだけなのだから身体に益かも害かも分からないものが積み上がっていった。


 そんな時、まったくの偶然だったのだが、細胞を活性化する薬が出来上がった。


 それを老犬に投与すると、七日経つ頃には成犬のように走り回り始めた。


 KGIはこれを若返りの薬だと思った。

 これを自分にも投与すればいいと思った。何度も動物実験をこの薬で行い、結果を確実なものとした。


 KGIが42の時、自分への投与を開始した。これで不死に成れる。


 この薬の効果は、決して若返りではない。急速な新陳代謝を促すものだ。爆発的な速度で行われるそれに、体が付いて行かない。エネルギーが足りなくなる。


 KGIは、狂う程に欲が出てきた。


 KGIは今まで実験に使用してきた動物の死体を喰らうことをするようになった。


 足りない。これでは足りない。


 肉体的にはすでに十代二十代の身体能力に戻っているのだが、それ以上に食欲が湧いてくる。


 竜は一番の栄養源になる。しかし、食らいつけない。この十数年で、情が湧いてきてしまった。最後まで、残してしまった。

 ドラゴンはそれを察していたようで、何も食べ物がなくなった時、それでも食欲が尽きない主人に、ただただ寄り添った。


 ドラゴンがKGIに身を寄せる。


 涎が出てくる。


 ドラゴンは頭を下げ、首を伸ばし、食べやすいように差し出してくる。


 食え、と?


 私に、食え、というのか?


 何と残酷なことを要求してくるのか。歯を食い縛りすぎて、口の中に鉄の味がしてきた。

 怒りが湧いてくる。欲に支配された獣に成り下がる自分に。

 哀しみが溢れ出てくる。親友にそんな行動をさせてしまった自分に。

 喜びが滲み出てくる。親友の血肉の味を知ってしまった自分に。

 ハタとKGIの手と口が止まった。食の途中で、欲が失せた。


 親友(ドラゴン)動死体(ゾンビ)になってしまった。

 それでも情が残っていた。ドラゴンゾンビはKGIに付き従った。相思相愛だった。


 赤い侍が刀を振るい、親友の体を傷つける。

 白銀の悪魔がナイフを薙ぎ、親友の心を傷つける。

 紫紺の魔女が魔力を当て、自分の心を傷つける。


『あ、あ、あ』


 蒼色の海人が槍で叩き、親友の体を傷つける。

 聖白な重騎士が大楯で四肢を叩き、親友の心を傷つける。

 魔眼の弓術士と淡紫色の回復術士が仲間をサポートしていき、自分の心を傷つける。


『あぁああああ!!』


 勇者一行が親友と自分を傷つけてくる。そこにもう我慢は限界を突破してしまった。


『止めろ!!』


 KGIは叫びながら敵の輪の中に入っていき、親友に抱き着いた。


『止めろ、もう止めてくれ』


 泣きそうになりながら、ドラゴンゾンビの腹に顔を埋めた。

 ドラゴンゾンビはただ優しくKGIの頭に片手を置いた。


 ドラゴンゾンビは主人を護りたかった。いつも悲しそうな顔をしており、何かに焦っていた。私が守ってやらなければならないと思った。

 しかし、結果はどうだ。護り切ることなどできなかったではないか。


『グォウ』


 ドラゴンゾンビは小さく短く鳴くと、腐り穴の開いた翼で主人を包んだ。


 コストイラは刀を収め、両腕を上げた。


「もうこれ以上は傷つけられない」


「そうね。もう去りましょう」


 勇者一行は苦い顔をして、その場を立ち去った。

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