41.神殺し
凶爪の五指が開かれ、アレンに振り下ろされる。
アレンに抵抗する術はない。唯一持っている弓を横にして防いだとしても、きっとそれごと切り裂かれることになるのだろう。勝てるはずがない。
その時、今まで無視されていた神話級生物が割って入った。
「おぉおぉ、景気よく無視しやがって」
振り上げられている左の五指に絡ませるように手を組んだレイベルスが、泣く子が更に泣く笑みを浮かべた。
左手を振り払おうとするが、レイベルスのホールドは硬く、全く離れない。
右手で殴って外そうとするが、鬼はその右手も掴んだ。
完全な掴み合いの姿勢。鬼の膂力は40というレベル差を全く感じさせない。
『ぐぉ』
獣がこの場面で、このまま掴み合いに応じるはずがない。そんな意味のない勝負する気がない。
イーラは口を開け、無遠慮に左の僧帽筋へと嚙みついた。
みちみちと嫌な音が響いている。筋繊維の断裂によって生まれている音だ。
鬼の筋肉は分厚いため、すぐには噛み千切られないだろうが、それでも時間の問題だ。
レイベルスの額に嫌な汗が浮かぶ。
しかし、力のみで獣を抑え込む。
そこで、イーラの力が止まった。獣の背中に冷や汗が流れる。
いる。
確実にいる。
そこに、自身を殺しうる存在が。
相対してはいけない存在が。
戦ってはいけない存在が。
そこにいる。
イーラに力が入る。
コロス。
後ろの者が発する気が。
後ろの者が発する威容が。
後ろの者によって感じさせられる重圧が。
そのすべてが殺すと告げてくる。
それは勧告ではなく宣言だ。そして、死ねという命令だ。
逃げなければ。
イーラの野性が、頭が、勘が、すべてが告げている。
逃げろ! と。
自然と力が入り、イーラはレイベルスの肩を噛み千切った。
「ぐぉ!?」
『グルル』
イーラがぐちゃぐちゃとレイベルスの肉を咀嚼する。その光景を見るレイベルスはドン引きだ。
僧帽筋がズタズタになっている。左腕に力が入らない。しかし、それでもレイベルスはイーラを抑え込む。
イーラは動けない。
肩を噛み千切ってやったにもかかわらず、この力を解けない。
シキがゆっくりと近づいてくる。
一歩、シキが脚を前に出すたびに、足元に血だまりができている。それは、すでに立っているのもおかしいほどの傷なのか、誰かの返り血なのかは分からない。
しかし、どれもが恐怖の対象。
『グチャア』
イーラの真っ赤に染まった金毛の口角が上がる。歯の隙間から肉が、口の端から血が落ちていく。
あぁ、成る程。
これが恐怖か。
イーラの表情はもうよく分かっていない。だが、これだけは分かっていない。
アレが白銀の悪魔だ。
「あぁ、終わった」
「あ、シキさん!」
力を使いすぎてしまったシキは、体から力が抜け、前傾になってしまった。
アレンはシキが倒れるのを防ごうとして手を伸ばしたが、シキは踏み止まり、倒れるのを拒んだ。
「え、あ」
つんのめったままになってしまっていたアレンは、シキの前をヘッドスライディングした。
「あ、アレン」
シキは目の前に滑ってきたアレンを見て、屈んだ。大丈夫? とシキはアレンの頭を撫でた。




