36.異世界人
ヴェスタが本気で何度も剣を振るっているが、どうしても対処されてしまう。
「くそ! 僕は正義だ。正義の味方なんだ! なのに、どうして、ここまで粘るんだよ!」
唾を飛ばしながら訴えるヴェスタに、コストイラは、またか、と思った。以前戦った時にも英雄がどうとか言っていた。
「くそ! 僕は転生者なんだ! 主人公なんだぞ! ここで勝つに決まってんだよ!」
その時、アストロの脳に源流が走ったような気がした。アストロは俯きながら、自身の顎に手を添えて考える。
正義、英雄、異世界転生、主人公。
そこでピンときた。もしかして、相手の名前は。
「……アンドウケイイチ?」
「何?」
アストロの呟きを、最も近くにいたレイドが聞き取る。
その名に聞き覚えがない。それが誰なのか聞こうとした時、一番に反応したのはヴェスタ本人だった。
「何でその名前を知っている!?」
「……四代目勇者<異世界人>ゴートとその周囲にいた人達との間で行われた会話を纏めた書物、『愚菅』に書かれていたわ。正義を振りかざすだけ振りかざして、ヒーローにはなれない悲しきモンスターだってね」
「ハァア!?」
ヴェスタが切れた。コストイラから視線を切り、アストロを殺そうと走り出した。
「行かせるかよ!」
行く手をコストイラが塞ぐ。
「僕が正義だ! 訂正しろ! だからこそ、この地に呼ばれたのだ!」
「それについてのゴートの見解はこうよ。元の世界でどうでもいい存在だったからこそ、転移、転生ができた、と」
「……は?」
「元の世界で全くの根無し草だったからこそ、転移転生ができるのだ、ともね」
「なに、言っているんだ? 世界を救うのが転生者だろ?」
ヴェスタの目が血走り、泳ぎまくっている。
アストロはまだ言い詰める。
「神は万能であっても全能ではないわ。だからこその転生者。世界の均衡を保つための知恵、そして贄だって。だからこそゴートは何も成し遂げられなかった。そう書いてあったわ」
「嘘だ! 僕は選ばれた人間なんだ! 英雄なんだよ!」
「もしそうならよぉ」
ヴェスタを止めるコストイラが、冷めた目で自称英雄を見つめる。
「もっと強い状態で連れてこられるんじゃあねェの?」
「クッソ!!」
痛いところを突かれたヴェスタが左腕を大きく振るい、コストイラの肩甲骨を叩く。
「チ」
痛みに舌打ちをしながらヴェスタの腹に膝を叩き込んだ。
ヴェスタは腹を押さえながら、コストイラから距離を取った。
勝てない。
ヴェスタは悟った。だからこそ、やるべきことを見定めるのだ。
ヴェスタが光り輝き始める。コストイラが警戒する中、ヴェスタが距離をさらに取った。ヴェスタの剣だけではなく、体全身が虹色の光に包まれた。
そして、剣の刃を首に当てた。
「は?」
「何?」
「自、殺?」
あまりにも不可思議な行動に、コストイラやアストロは目を丸くして動きを止め、エンドローゼに至っては怒りが滲んでいた。
「な、な、何を! して!」
「辞めないさ。あぁ、止まらないさ、僕は! 何と言っても、僕は選ばれた人間だからね!」
目は血走ったまま、舌に乗る調べは狂気性を孕み、その顔は薄ら笑っている。その異常に当てられ、勇者一行は動けない。
ヴェスタの輝きが最高潮に達した時、彼は自身の首を切った。
笑みを浮かべる頭が地面をバウンドした瞬間、空中に止まった。
「え?」
「何だ?」
見たことのない現象に、目を剥く。その頭がゆっくりと地面に着き、潰れた。否、沈んでいった。
「なに?」
「地面に、沈んだ?」
アストロが穴を覗いた途端、背筋が凍った。目の前の『それ』に対して、理性を手放さないようにするのでやっとだ。
次元の狭間に現れた唐突な大空間。
それを埋め尽くすように配置された四肢を持つ『それ』。
そうまでしてようやく収まるサイズの大巨躯が、そこに鎮座していた。




