34.鬼と悪魔
大爆発が起こった。
しかし、コストイラは生きている。
「ガハハ! 何死を受け入れてやがるんだ?」
豪快な笑い声が上から来る。
瓢箪を腰から下げる3m大の男がそこにいた。
「レイベルス!?」
「フン! 大男一人増えたところで何だというのだ! 殺せ! 殺せ!!」
レイベルスは自身のこめかみをコリコリと掻きながら、困ったような顔をする。
「……何だ、アイツ?」
「さぁな。元五重塔の住民であるマーエン教だ」
「マーエン……? あぁ、イーラのところの宗教か」
「イーラ様だ!」
「来る!」
『ゴォア!』
敬神の念を抱く相手を呼び捨てにされ、激情に駆られるフェリップの令を受け、エイルドラゴンとフレアドラゴンが突進してくる。
「……向かう相手くらい考えろ、獣風情が」
レイベルスがコストイラの肩に手を置き、後ろに押しやった。コストイラが文句を言う前に、レイベルスはエイルドラゴンの下顎を拳で打ち抜いた。
エイルドラゴンの頭部を覆っている骨格が砕け、顔の半分が陥没している。
「は?」
「え、マジ?」
フェリップは空色の瞳を丸くして呆然とし、コストイラ達はその攻撃一撃の威力にドン引きした。
レイベルスは左腕を引き戻す勢いを利用して、右ストレートをエイルドラゴンの顔面に叩き込んだ。その威力は先程のアッパーよりも数段高く、エイルドラゴンの頭が弾けた。
ある程度長い手腕を伸ばし、近づいてきていたフレアドラゴンの顔を掴んだ。炎竜は焦りながら逃れようとするが、鬼の力を振り解けない。それどころか、鱗が砕けている。
「な、グレートドラゴン! カオスドラゴン! 何とかしろ!」
レイベルスはフレアドラゴンの首を掴んだ。
「なぜ動かない! 行け! 殺せ!」
レイベルスは両腕に力を込めた。鬼の中でも一、二を争う暴力の持ち主だ。炎竜の首はブチブチと既に耐えきれていない。
「くそ! もう俺がやるしかない!」
フェリップが走り始めた途端、レイベルスはフレアドラゴンの首を引き千切った。
レイベルスとフェリップの間にコストイラが入った。
「これ以上いい格好させるかよ!!」
「チッ!」
「なら任せようじゃねぇか」
フェリップは顔いっぱいに不満を爆発させ、空色の瞳を金色にした。
魔眼だ。間違いない。しかし、何の能力か分からない。
フェリップは指揮者の指揮棒のような剣を抜いた。四ツ目を失った男史上最速に近い速度で細剣を振るう。
アレンは目を丸くした。アレンでも思ってしまった。
遅い。アレンの目から見ても遅い。まぁ、視認できることと、体が動くことは別である。
フェリップが細剣を振るう。
コストイラは何のモーションもなく跳躍し、細剣を躱した。そして拳のように固めた足で、フェリップの顔面を蹴る。
フェリップの鼻頭が折れ、背から倒れてしまう。
その時、ズズンとグレートドラゴンが倒れた。もう目に光がない。完全に死んでいる。
フェリップは後転して四つ足となる。
頭が上手に働いてくれない。なぜグレートドラゴンが倒れている? なぜ原初の魔竜と素手でやり合える奴がいる? そして、今、俺は何をされた?
自身の鼻へと手をやり、ベキベキと鼻を真っ直ぐに治す。途端、蛇口を捻ったように血が流れ出てきた。
「イーラ様の、贄となるのだ!」
フェリップは立ち上がることなく、低姿勢のまま走り出した。
フェリップ史上最速の刺突を前に、コストイラはただゆらりと動いた。そして、フェリップの目に映らず、金の瞳でも判別できない程の速度と手数で動く。
フェリップは一つしかない瞳をあらん限りに見開き、動きを止めようとする。
しかし、その前にコストイラがフェリップの細剣を右足で踏んだ。一歩も動かせない。フェリップが焦りを交えた目でコストイラを見た。
その顔は勝ち誇るでも憐れむでもなく、ただ無表情。
「おぉ、神よ……」
フェリップはその一言を残して、首だけとなった。




