9.生命のない筈の月の表側
月の表側は足を踏み入れることはあっても、住む者はいない。それはなぜかと言われれば、フォンが禁じているからだ。
海が存在している表側は、危険が多いから、という理由だ。
住民達は自身の王は魔王であるため、他にも危険があるからなのだろうという予想が付いていた。そのため、不満に思いながらも彼らに従った。フォン様は誰にでも優しく、どんな身分の者にも話しかけた。
街の者が結婚すれば、それが誰であろうと、顔を出し、出せなかった時は手紙や祝儀を送った。民衆が訪ねれば、さも当たり前のようにもてなした。
その普通ではありえない姿に、皆は心惹かれた。だからこそ、人はついてくるのだろう。
「この今見えている星々って、いつも見ている奴とどう違うんだろうな」
寒さで息を白くしながら、コストイラが空を見上げている。なぜ、若干ロマンチックなことを言っているのかは分からないが、絶対に違うことは確かだ。いつも見上げていた空には月がいたにもかかわらず、今見上げている地こそが月なのだ。もしかしてら、元の世界が見えるかもしれない。
歩いている月面は無機質そのものだ。見るところなど、空しかない。というか、未だに海どころか建物一つ人一人見ない。
「海ってこっちだよな?」
なかなか着かないので、アシドが飽き始めていた。コストイラとアストロは、実は気が長いためにそこまで飽きていない。というか、景色を楽しんでいる。
「確かに海に着かねェな。湖の匂いがしてこない」
コストイラが鼻をヒクつかせ、周りを探す。アストロが魔力探知を行う。自分から徐々に半球を広げていく。後ろにいるディーノイは放っておく。前の方に大きな魔物の気配がある。もっと広げていくと、水の魔力を感じる。
「方向はあっているわよ。魔物が結構いるけど」
「合っているんならいいか」
魔物の部分は気にしていないのか、方向のことしか言及しない。しかし、アレンはそうもいかない。
「え? 結構いる?」
「えぇ。少なくとも4,50体はいるわね」
「うぇえ」
数を聞いて、アレンが嫌そうな顔をする。アストロが魔力探知の半球を解く直前、ディーノイが消えた。アストロが後ろを見ると、コストイラが耳打ちする。
「前に出現した。アイツ、もしかしたら瞬間移動でもしてんじゃねェのか?」
「有り得るかもしれないけど、何で瞬間移動を今?」
「分からん。オレ達に見せたくないものでもあんのかもしれないな」
「……めっちゃ凄い勢いで魔物倒しているけど。凄く早いわね」
「アイツが何したいかなんて、知ったこっちゃねェが、今は目の前の奴の方が優先だ」
「そうね」
内緒話を打ち切り、コストイラが刀を抜き、ゆったりと構えた。目の前にはディケイドスがした。パキパキと音を鳴らしながら、朽木の鞭を振るう。コストイラが刀を振るい、枝を切っていった。
アストロが魔術を放ち、ディケイドスを燃やしていく。しかし、外皮が剥がれてしまい、全身がうまく燃えない。
枝の間をうまく縫い、懐に入ったアシドがさらに体を薄く削っていく。シキが一回の跳躍で、20m以上ある体高のディケイドスよりも高い位置まで跳んだ。薄く息を吐きながらナイフとともに回転して落ちる。
ディケイドスの顔面が真っ二つに割れた。
ディーノイは少し離れた位置で驚嘆した。
『もうちょっと強い奴を当ててもよさそうだな』
ディーノイは一度宙を見て、そして月宮殿を見た。