8.紺碧の大渦
赤いジャケットを着た隊長格のヘルソーディアンがカットラスを掲げ、勇者一行に向けた。アレンはぞくりとくるものを感じた。アレンが逃げようとするが、アストロに止められる。
「もう遅いわ。応戦するわよ」
アレン以外の全員がやる気だ。ヘルソーディアンが壁を上り始める。船に乗っていたヘルソーディアンは一度死んで箍が外れた筋肉をいかんなく発揮して、縄梯子を投げた。
先端に重りがついているとはいえ、まさか50mの高さまで届くとは思わなかった。しかも重りはドゴンと地面に軽く埋まっている。鉄よりも重いのではなかろうか。
何か行動をする隙を与えずにヘルソーディアンが登ってくる。ヘルソーディアンが蒼の衣をまとっているせいで、まるでグラスに注がれた酒が超流動を起こしたかのように見える。
レイドが慌てて目の前の重りを手に取る。異常に手にのしかかってくる重量を無視して崖の下に投げ落とす。梯子を登っていたヘルソーディアン達が海に落ちる。
コストイラとアシドがそこら辺にあった石や岩を落として、ヘルソーディアンを減らしていく。しかし、遂に1体目のヘルソーディアンが50mを登り切った。
シキがヘルソーディアンの指を断ち、顔を蹴り飛ばす。アストロは1体1体丁寧に光の魔力を当てていく。
数がどんどん減っているが、未だにヘルソーディアンがいなくならない。まだ3桁を超えるだろう。間違いない。パレードだ。
ゴーストシップから次々とヘルソーディアンが出てきているので、根源はそれだろう。しかし、狙えない。
次々と死にゆくヘルソーディアンの出すオレンジと黒の混じった煙が、煙幕として張られてしまった。
煙幕から突如としてヘルソーディアンが現れたり、重りの付いた縄梯子が現れたりする。どんどんこちらの神経がゴリゴリと削られていく。
1体でも処理が遅れたら負けるという意識や、いつまでパレードが続くのか分からないという状況が神経削りを加速させた。あまりの緊張感にエンドローゼが吐いてしまった。崖から下りられたらどれだけ楽だろう。しかし、一方通行なので戻って来れない。
ちまちましか殺せないことにコストイラが苛立ち始める。
「くそっ!いつまで続ければいい!?」
「終わるまでに決まっているじゃない!じゃなきゃ私達はっ!うぶッ!?」
アストロが答えている最中に胃から酸っぱいものが上がっていた。アストロは魔力酔いから回復していたとはいえ、完全に回復したわけではない。普段よりも早いタイミングで魔力酔いが来た。
アシドがアストロを乱暴に戦場から引き剥がす。そして自分から近づけておきながら、押し出してエンドローゼに凭れさせる。
「気持ち悪い」
「む、む、無茶するからでーすよ」
自身の額に手の甲を当ててぐったりしているアストロの頭を、エンドローゼが心配そうにしながら自分の膝に乗せた。最近エンドローゼの膝枕を羨ましがったからだろうか、今はアストロがされている。
エンドローゼとしては、いつもお小言として無茶をするなと言っていたアストロに、無茶するなと言えたので勝ち誇っているが、同時に心配の方が大きいようだ。何となくそれが分かったので、アストロはエンドローゼの額をデコピンした。
アレンは頭を抱えて蹲り、ガクブルと震えている。もうアレンは狂っていた。狂っているのではないのか、と考え始めた段階で壊れ始めてしまった。このまま旅を続けても良いのか?
「アレン?」
名前を呼ばれ、顔を跳ね上げる。怯えたような、泣いているような、笑っているような、何とも言えない表情を見て溜息を吐いた。
ほら、やっぱり僕はいらないんだ。
「アレン。毒を食らわば皿まで、よ」
「毒?」
アレンにはアストロが言ったことが分からなかった。毒を飲んで死ねということだろうか。
「私の育ての親から教わった、東方の格言。諺よ」
「東方の格言。コトワザ」
「そう」
生粋の西方人であるアレンには、東方の格言など1つも知らない。思わず眉根を寄せてしまう。
「…………毒を飲んでしまったのなら、臆せず最後まで食べなさいってことよ。一度手を染めたのなら、それを最後まで貫きなさい」
アレンの心が揺れる。もう駄目だ。誰かに引っ張ってもらいたい。何か無理矢理、道へ押し込められるような出来事が起きてほしいとさえ願ってしまう。
ふと視界の端にコストイラの姿が見えた。その後ろにはシキ達もいる。何だろうと思っていると、ズガァンと地面が揺れた。