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【完結済み】メグルユメ  作者: sugar
11.妖怪の山
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7.嘶くは村のため

 物心ついた時には、本殿で祈りを捧げていた。祈りの真似ではある。父の姿を真似ていた。幼い子にはよくあることだ。祈り始めたのはそれからだった。


 5歳になると神の存在を理解し始めた。像でしか見たことない皇龍様のことを思いながら祈りを捧げた。父母がどんな祈りをしていたのかは知らない。けれど、僕は皇龍様に会いたいと願っていた。


 10歳になると村の状況を正しく理解し始めた。瘴気というのはよく分からなかったが、悪い空気が村でよくない事をしているということは分かった。その頃には祈りの意味も変わった。会いたいという楽しくうきうきしたものではなく、救ってほしいという切羽詰まったものになった。そんな僕をおじいさんは悲しそうな目で見ていた。おじいさんは村長なのに何もしてくれない。


 10年はその不和が続いた。


 村のために祈りを捧げる僕と祈りを反対し続けるおじいさん。


 そんな中、事件が起こった。








 初めに気付いたのはアシドだった。7人の中で最も速さにこだわる彼が、黄龍の変化に気付くのは最早必然だった。


「龍が速くなってる?」


「ああぁ?」


 アシドが気付いたのは言葉の通り、黄龍の速度増加。全員の胸に同じ考えが浮かぶ。時間をかけるのはまずい。追いつけなくなったら勝てない。壁のない空中戦は初めてだ。


『キュオオーーーーンッ!』


 黄龍は再び熱風を吹き荒らす。再びレイドが受ける。このままでは先ほどと同じ展開になってしまう。魔物である黄龍でさえ分かっている。


 黄龍は体を翻し、次の攻撃に移る。黄龍は尾の先をレイドに向ける。体はとぐろを巻き、まるでバネのようになる。


『キュウッ!!』


 黄龍は、縮めたバネを一気に伸ばし、突きを行う。まるで稲妻のような素早く鋭い突きだ。尾は楯に当たり、衝撃をレイドに伝えた。楯がひしゃげる。


「でぇりゃああ!!」


 コストイラが上から斬りかかる。黄龍はスッと尾を引っ込め、凶刃を逃れる。グサリと黄龍に衝撃が走る。刀は避けたのになぜ?首を動かし確認すると蒼色の青年がいた。


 アシドは黄龍から槍を引き抜き、噛みつき攻撃を防ぐ。ドボォンとコストイラが湖に落ちる。


 戦いによって知覚が敏感になっていた黄龍は水面に意識を取られる。本殿の屋根上に待機していたシキが走り出す。シキの存在を気取られぬようにアストロは魔力酔いギリギリまで魔力の塊を撃ち出す。


『キュアアアアアアアアアアッッッ!!!』


 体を唸らせ、アシドを落とし、魔力の塊を躱していく。しかし、すべてを避けることはできない。苛立ちから、目標をアストロに定める。視線は下を向いていた。








 事件が起こる1年前から体調の悪化が目立ち始めた。ゴホゴホと咳をする僕におじいさんは看病しようとしてくれた。しかし、対立中にあった僕はその手を払った。あの手を取っておけば良かった。


 体調がどれだけ悪かろうが祈りは続けた。痩せこけようと骨に異常があっても、祈った。


 事件はそんな状態だからこそ起きた。祈りを捧げている最中に胸が痛んだ。僕は胸に抑えながら本殿を出た。体は本能で動いていた。


 僕は柵を乗り出し、湖へ身を投げた。なぜそうしようとしたのか分からない。ただ、本能だった。そして僕は心臓が破裂する感覚とともに龍になった。祈りは届いたのだ。病に負けない体を手に入れたのだ。早くおじいさんに伝えよう。


 しかし、神社から外に出ることができなかった。神社は封印の道具だった。








 ザクっとまた衝撃。今度は頭頂部。シキがナイフを刺し、そのまま背に向かって走り出す。


『キュウアアアアアアッッッ!』


「ハァアアアアア!!」


 黄龍は抵抗するように身を捩じり絶叫を上げるが、シキは剥がれない。一瞬身が浮いたりするが、ナイフを手繰って黄龍に着地する。そして、尾まで走り切り、湖に飛び込む。入水姿勢は驚くほど綺麗で音が出ず、波もさほど立たない。


 バシャバシャと血が溢れ出る。


 オレンジと黒の混じった煙も溢れ出る。黄龍の瞳からオレンジ色が消える。残ったのは澄んだ晴天のような水色の瞳。弱弱しくとも確かな光を宿す瞳を頭ごと上に向ける。


 空。明るく、瘴気の失われた空。自由で何ものにも縛られていない空。僕は空になりたい。


 ゆっくり。ゆっくりと黄龍が天に昇る。


『キュオオオオオオオオオオオ――――――――――ン!』


 今までのものとは違う感情の声で鳴きながら、上へと昇っていく。








 とある洞窟内でマントを羽織った大男が、外で昇る龍を眺める。大きな兜の下で大男はにやりと笑う。


『ついに龍が死んだか』


 大男は自身の所属する宗教の主神の像の前で祈りを捧げる。


『これでライバルが減る』


 バサリとマントを翻し、教徒の頭を見る。


『情報収集に行ってこい』


 ガーゴイルやハイウィザードは命令に従い、洞窟を出ていく。








「龍か」


 3m大の男が手で傘を作り、昇り龍を眺める。男はそれを見ながら左手に持っていた瓢箪に口をつけ酒を呷る。


「くはっ」


 男は手の甲で口を拭い、歩いてきた道を見る。1分ほど注視して、再び酒を呷る。


「うっし、行くか!」


 男は瓢箪に栓をして、歩き出す。








 とある村の妖怪たちは慌てていた。


 妖怪は上下関係に厳しい。河童や天狗は下っ端に分類され、その上に鬼やその系列、龍種がいる。


 河童達は龍には逆らえない。命令は絶対だ。ならばどうするべきか。会わないように隠れる。河童たちは思い思いに逃げ出した。


「なぜ龍がいるのだ!?龍は皆出ていったのではないのかっ!?」








「何の鳴き声じゃ?」


 村長は家から出て、神社の方を見る。村人達が消えていった忌々しい神社。


 村長はあらん限りに見開いた。


 一度たりとも晴天を見せたことのなかった曇天に穴が開き、差し込まれる光が龍を照らしている。村長の視力では見えるはずがないのに、龍だと分かった。それほどの存在感があった。


「龍はまだこの地にいたのか?いや、あれは、まさか、私の孫のセイサ―?」


 村長は鳴きながら昇る龍に己の孫の姿を見た。村長は自然と涙を流していた。


 龍が消えていく。


 尾から順に光となって、消えていく。


『キュオ―――――ン!!』


 龍は完全に光となって溶けた。

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