7.凍龍の泣き言
エイルドラゴンは哀しみの中にいた。原因はきっと笑い話になるだろう。
洞窟から出られなくなったのだ。
きっかけは人間と同じだ。ある日、猛吹雪が雪原を支配していた。エイルドラゴンはもともと寒い地域や凍った地域に住むドラゴンだ。それぐらいなら何の問題もなかった。しかし、その日は雪を煩わしく思った。遠慮なしに体や顔にぶつかってきて、あまつさえ、水をかけてきた。
そんな吹雪が嫌で、洞窟に駆け込んだ。これまで洞窟で暮らしていたことのなかったこのドラゴンにとって、洞窟は未知でしかなく、心を躍らせるには十分だった。本能の赴くままに洞窟の奥へと向かった。
エイルドラゴンはがっくりと首を折った。
洞窟の奥にはエイルドラゴンの気を引けるものが存在していなかった。
『グルゥ』
エイルドラゴンは溜息にも似た鳴き声を出し、もう一度目の前を見る。掘った人間が掘るのを諦めたのか、大岩が天井から盛り上がっていた。この高さではエイルドラゴンの巨体は通れない。無理に通ろうとすれば大岩で体が削れ、壊れて、なんやかんやで死ぬ。そのぐらいのことは本能で理解した。
しょうがない。戻ろう。
エイルドラゴンは洞窟の入り口まで戻り、吹雪が止むのを待つことにした。
ザリ。
体が擦れた。エイルドラゴンは振り返ることができないことを悟った。取れる案が一つしかない。すなわち、後ろ歩き。エイルドラゴンの最も苦手なことだ。
ザリ。ガン。ゴリ。
エイルドラゴンは戻るのを諦めた。
魔物には、回復魔術がない限り、例外なく自己治癒力以外に頼れるものがない。ゆえに、傷を増やしたくないと思うのも道理。
エイルドラゴンは動けなくなってしまった。体力を温存するために眠ることにした。
何かがこちらに向かってくる気配がして目を覚ました。
『オオオオオオオオオオ』
エイルドラゴンは欠伸のように声を出す。向かってきていた気配は人間で、無礼にもベタベタとエイルドラゴンの尻尾を触ってくる。振り払おうと尻尾を動かすが壁に当たった。ぎょっと。やばい。洞窟が崩れるかもしれない。
小石だけで済んだ。よかった。
尻尾を戻し、ホッとしていると、赤毛の人間が切りにかかってくる。反射的に尻尾を振ってしまう。エイルドラゴンは大岩を見る。崩れない。セーフ。オレンジの中に水色を残した眼で人間を見る。
人間たちはここを通りたいのだろうことは魔物であるエイルドラゴンにもわかった。死にたくないエイルドラゴンは道を譲ることにした。ズズッと体を壁際に寄せて、どうぞと言うように鳴き声を一つ。
レイドが楯で護衛している隙にコストイラを回収する。その間に攻撃はない。
『グルゥ』
コストイラに回復魔法を当てているとき、エイルドラゴンが鳴いた。
つまらなそうな声にも聞こえるが、何の意図がある声なのか分からない。よく見ると、ドラゴンは体を壁際に寄せている。通れということなのだろうか。罠かもしれないが。
「まずオレが行こう。オレなら即対応が可能だ」
アシドが槍をしっかりと握りながらドラゴンの横を通る。攻撃はこない。アシドは通り過ぎ、ドラゴンの頭の射程範囲に入る。攻撃はこない。アシドは攻撃されない間に一回り低い天井の通路に入る。
大丈夫そうなので次いでシキとアレンがペアで通る。アレン一人ではもしもの時対処できないからだ。戦闘能力に関してはアレンとエンドローゼはおんぶにだっこである。
レイドとエンドローゼが通る。楯を常にドラゴンの方に向け、警戒を緩めない。何事もなく通過する。
最後にアストロとコストイラ。遠距離最強と近距離トップクラスの最強タッグ。何も起こることがなく素通りしてしまう。
何もなかった。完全に戦闘モードに移行していた。コストイラは不完全燃焼の状態であった。完全燃焼の状態になるためには戦闘が必要だ。何もない道を歩くのは拷問のようだった。
おそらくコストイラの苛立ちの原因はそれだけではない。洞窟の出口が近く、寒さと風が戻ってきたのだ。
つまるところ、コストイラは再び寒さにキレているのだ。
外に出ると、風が少し強くなっている。
出てみてわかった。外は雪山になっている。今、山颪のように風が吹いているのだ。
「このまま先に進みます」
アレンの号令に全員が頷いた。