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【完結済み】メグルユメ  作者: sugar
9.先駆者
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8.見えないものを見ようとして

 アレンはまじめな人間だ。


 苦手があれば必死に克服しようとするし、その苦手のあぶり出しにも余念がない。だからこそチームの中では一番諦めが早い。ステータスが見える特殊な眼のせいで希望を持つ機会が人よりも少ない。数字としてすべて見えてしまっているからだ。


 さらに、アレンの堅実な性格が冒険をさせなかった。


 アレンは心を昏くした。諦める機会が多くなってきて、自分に自信が持てなくなかった。シキたちとともにいる時間が長くなれば長くなるほど、アレンは差が広がるのを感じた。


 アレンは存在意義を失っていた。


 戦闘能力はエンドローゼ以外、誰にも敵わない。いや、彼女にも敵わないのかもしれない。精神面だって誰にも敵わない。特にエンドローゼは恐いぐらいに自分を持っている。


 対してアレンはどうだろうか。アレンはすぐに流されてしまい、真実を知っておきながら押し切られてしまう。だというのに、一丁前に後悔だけはする。あの時ああしておけば、この時こう言っていれば、とたらればを思い、あったかもしれない今を考え、肩を落とす。


 いざその場面に出会ったところでできないことを考え続けてしまう。そのたびにできないことを知覚し、自覚し、自虐する。無駄だと知りつつ止められない。アレンは自分にはそれしかできないと錯覚しているからだ。


 久しぶりに家族に会えば、何かが変わるかもしれない。そう願っていた。








 村の入り口でシキと別れると、見慣れていたはずの懐かしい道を歩く。村を離れて半年ぐらいだと思うが、アレンはお上りさんよろしく、キョロキョロとしていた。


 本屋さんの壁ってあんなに茶色かったっけ。


 あの食堂改築してるな。


 ああ、あそこの宿屋、遂に潰れたんだ。新しい宿屋に客取られてたもんな。


 新しい発見ばかりだ。半年ってこんなに変化が訪れる年月だったのか。


「変わる、か」


 アレンは自嘲気味に笑った。アレンは自身は変わったと確信していた。冒険に出る前はこんな人間ではなかった。もっと明るく、楽しげな人間だったはずだ。いつからだろうか。他人と比べ、落胆し、卑下し始めただろうか。


「僕はもっとポジティブな人間だったと思っていたよ」


 見えていないこともあるな、と言葉をつづけたが、風が溶かしてしまった。


 歩いて8分程、街のはずれに当時と何も変わらぬ家屋が建っていた。いや、家屋と呼ぶには質素か。見覚えのある小屋が建っていた。


 アレンは安心する。あぁ、何も変わっていないな。


 アレンはドアノブに手を伸ばした。ここにいれば当時に戻れる気がした。日常に紛れていたら、前に戻れるような気がした。


 しかし、扉の中には日常がなかった。


 いや、90%は日常だ。小屋の中には父も母も祖父もいた。妹はいないようだ。出かけているのだろうか。


 家族は一人の男をもてなしていた。そこにいつもと違う光景を感じていた。男は家の中で腰を屈めていた。2メートル50センチメートルまである天井の部屋で、窮屈そうにしていた。短く切りそろえられた黒い髪は天井を撫で、どこにいればいいのかと体を揺らす。


「アレン、おかえり!」


 父がアレンに気付き、こちらに歩いてくる。


「ただいま、父さん」


 父はアレンに抱き着いた。アレンは父の背を撫でる。男の方を見ると、こちらを見ていた。閉じられた目がこちらを見ていた。


「父さん、あの人は誰?」


「ん?あぁ、あの人はアンドリューさん。アレンに用があるそうだ」


「僕に?」


「紹介預かった。我こそアンドリュー。君に伝え、教えねばならぬことがある故、ここまで馳せ参じた」


「伝えたいこと?」


 アレンが呟くとアンドリューは首肯しようとして失敗する。


「フム。でかい体は生活がしにくい。まぁ、伝えることは明日にしよう。まだ日が高い、一度、外に出ないか?」


 アンドリューが歩き出すと、アレンは追従する。


「夕飯までには帰ってきなさい」


「うん」


 アレンは外に出た。


 アンドリューは伸びをし、腰をトントンと叩いた。家の中では無理をしていたようだ。あんな姿勢だったのだ、当たり前か。


「我らの身長差は凄いな。我の腰ほどか」


「そうですね」


 アレンはほぼ真上を向いており、このままでは首を痛めてしまう。


「どうして我はここまで大きくなれたのか」


 アンドリューは自身の手をじっと見て、溜息を吐いた。背の低さにコンプレックスを感じているアレンには嫉妬しかない。アレンがジトっとした視線を向けるが、アンドリューは反応しない。


「君は弓を使うのか」


「え」


 言われて、アレンは背負っていた弓と矢筒に手を触れる。


「そうですね」


 答えつつアレンは目に魔力を集中させる。


 名前:アンドリュー


 年齢:42


 性別:男


 職業:元勇者・現旅人


 属性:地


 称号:<怪力乱神>


 レベル:100


 HP:170921


 A:7921


 B:1007


 S:902


 え?


 アレンは自分のステータスを確認する。


 名前:アレン


 年齢:15


 性別:男


 職業:勇者の眼


 属性:光


 称号:<燃犀之明>


 レベル:46


 HP:42961


 A:1877


 B:340


 S:376


 勝てる気がしない。本気で相手されれば一瞬で負ける。なぜ弓を使うなどと聞いてきたのか。答えを間違えてしまうと殺されてしまうかもしれない。


「弓を使ってみてくれ」


「は、はい」


 逆らうことをしてはいけない。そんな感じがするからだ。遠目に見える木を的にし、弓を射る。的は動いていない。時間をかけてもいい。大丈夫だ。中る。


 矢から指を離すと、緩やかに重力に従い少し下に落ちながら木に刺さった。


 アレンはアンドリューの方を見る。アンドリューの眼は明らかに閉じている。糸目という風には見えない。本当に閉じているので、見えているのかどうかわからない。


「技も一つ見せてくれ」


「は、はい」


 矢を一本番え、何の技を使うのか考える。分かり易い技の方がいいのだが、テクニカルポイントが溜まっていない。アレンは矢の軌道を曲げることにした。放たれた矢は左へ曲がっていき、スパーンといい音を響かせ木に刺さる。一本目より二本左の木だ。魔王城への道中、あまり使っていなかったが、狙い通りに中ってホッとする。


「フム。もう一度同じ技を頼む。次は曲げる方向を変えてみよ」


「は、はい」


 駄目だ。やはりものすごい緊張してしまう。怖がっていると、知られれば相手にどう思われるか分かったものじゃない。不快感を与えてしまえば、取り返せる自信がない。というか、次がある気がしない。


 アレンは弓を引き、次は右に、と意識を集中させ、放つ。アレンの手から離れた矢は右へ曲がっていき、スコーンと木に刺さった。


 右も成功した。


 そういえば、この構図、弓術を教える師と習う教え子みたいだな。


「もっと曲げることはできるか?」


「………できますが、命中率は下がります」


「やれ」


「はい」


 威圧感が半端じゃない。矢を放つ指が震えている。見つかったら何を言われるか分からない。早く心を落ち着かせなくては。アレンの実力では5本隣は当たらない。技術的な問題で、今はできないのだ。なので、4本隣を目指す。フ―とゆっくり、長く小さな声で息を吐く。


 刺されと願いを込めた矢はグググと左へと曲がり、そして3本目の木の左端を掠め、地面に落ちた。


「外したな」


「は、はい」


「体感命中率は何割だ」


「そうですね。ざっと2,3割でしょうか」


 アンドリューはその答えに顎を撫でる。この反応はどっちだ。高いのか、低いのか。いや、低いな、これは。アレンは弓術士になってから半年ぐらいであり、比較できる対象はいないが。


「上出来ではないか?」


 あれ?これは高いものらしい。


「君の母君が夕飯までに戻れとおっしゃっていたな。そろそろ戻ろう」


「は、はい」


 アンドリューは巨体を翻し、アレンの家の方へ歩いていく。


 そうか。この人はうちに泊まっていく気なんだ。気が休まりそうにないな。アレンは気付かれないように小さく肩を落とした。アンドリューが見逃すはずもなく、ただ、あえて触れなかった。








 翌日。


 アレンはアンドリューから伝えたいことが聞けるのだと思っていた。しかし、現実は違った。聞かせるならもっと成長してからだと言われた。


 現在アレン達がいるのは、昨日と同じ原っぱだ。アンドリューは大剣を地面に突き刺し、そのままズルズルと引きずっていく。大剣の跡はぐるりと円をつくり、中にはアンドリューが入る。アンドリューが大剣を円の外に出す。


「我はこの円の中を動き、外には出ん。君は我を狙い、当てよ。案ずるな。一発や二発中った程度では死なん」


 とはアンドリューの話。


 ただ、いきなりやれと言われて、はい分かりましたバシュなどとすぐにできるわけもなく、アレンは心の整理がついていなかった。今までの相手は魔物だ、敵だ、で納得させてきた。しかし、今回は明らかに人間。明らかな味方。


 アレンは弓を引くのをためらっていた。


「どうした。来ないのか。ならば」


 アンドリューは足元の小石を拾い上げ、軽く投げつける。小石は的確にアレンの脇腹を捉え、血を吐くかもしれないほどの衝撃を与えた。アレンは脇腹を押さえ、蹲る。


「すぐに立て、我を撃て。さもなくば次が飛ぶぞ」


 アレンは奥歯が砕けるほど噛み締め、走り出す。すぐに止まり、アンドリューを狙い、矢を射る。止まってから3秒で撃つ。アレンの中ではトップクラスに高い。アンドリューはそれを見ることなく、半歩右にズレ、躱す。その後も位置を変えながら、矢を撃った。結局、矢は一本も当たらなかった。








 帰ってきてから10日後。


 この日は休息日となった。


 毎日朝から晩までアンドリューと戦っていたから設けられた。提案者はアンドリューの方だ。彼の方が休みたかったのだ。


 そういうわけで暇になったアレンは妹とともに村唯一の商店街に来ていた。商店街といっても店は5,6軒しかない。代わりに移動販売が来てくれる。扱っているのはどれも嗜好品だ。お菓子やおしゃれアイテムもこの時のみしか買えない。妹いわく、月の一度の戦争なのだそうだ。どの嗜好品にも興味がないアレンは想像もつかない。


「で、どこに行くの?」


「あっち」


 はきはきと受け答えをする妹は、荷物持ちの兄の裾を引き、人込みを目指す。人波が苦手なアレンには地獄の時間が始まった。しかし、アレンにはどうすることもできないので、早く買い物が終わるよう、妹に祈ることしかできない。


 ゴン、と頭をぶつけてしまう。


「すみません」


「ごめんなさい」


 謝罪の言葉が同時に出る。聞き覚えのある声にアレンは顔を上げる。頭をぶつけた相手はシキだった。アレンの頭は疑問に支配された。アレンにとってシキは自身と同じかそれ以上に嗜好品に興味がないと思っている相手だ。それなのになぜ嗜好品だらけの露店市にいるのだろう。


「シキさんはどうしてここに」


「………ここじゃ話しにくい」


 話しにくいということは、シキも女の子として男には話しづらい、下着や生理用品やらを買いに来たのかもしれない。アレンは勝手に納得し、これ以上は聞くまい、それができる男、などと考えていると、腕を掴まれた。そのまま人の流れがないところまで移動する。


「改めて、何?」


「えっと、シキさんはどうしてここに」


「母が買い物するからって連れて来られた。アレンは?」


「僕は妹の付き添いに」


「ねぇねぇお兄ちゃん。ミィ買い物に行っていい?」


「あ、あぁ分かった。いいぞ」


 言い終わる前に行ってしまった。本当に欲しいものがあったんだろう。


「アレンは行かなくていいの?」


「いいんじゃないですか?シキさんはお母さんと一緒じゃなくてもいいんですか?」


 一緒に行くわけじゃないか。我儘で一緒にいると疲れる妹、片思い中のシキ、どっちといたいかなんて明白だろう。


「母はあの人と話してる」


 指の先にはそれはもうでかい、2メートル50センチメートルの、家屋を屈まないと入れなさそうな男がいた。アンドリューである。


「でかい」


「そうですね」


 特に身長にコンプレックスのない、むしろ低い方が有利と考えているシキはただの感想を述べ、身長にコンプレックスのあるアレンは微妙に苛立ちを覚える。


 アンドリューが歩き出す。話が終わったのだろう。


「シキちゃん。その子、誰?」


 いつの間にかアンドリューと話していた女がいた。シキと瓜二つで、誰がどう見ても姉妹な親子だ。


「アレン」


「あぁ、この子があの」


 言葉少なに伝えると、すべてわかったような声を出す。親子の以心伝心度が高いことにアレンが驚愕していると、妹が帰ってきた。


「はい、お兄ちゃん持って」


 荷物の受け渡しが済むと、妹はまた人ごみに消えて行った。


 もう少しどこに行くのか教えてほしい。技を使えば追うことができるが、不安度合いが変わる。あと、これを買ってくる財源はどこにある?


 アレンの知る範囲では半年前の家計では今手にしているお菓子の半分も買えないんじゃないだろうか。


 シキの母が何かに気付いたようにアレンに話しかける。


「最近、勇者の産まれた村ってことでいっぱい観光客が来ててね。潤ってるの」


 新しい商売を始めていそうだ。








 13日目。


 戦いは惨敗だった。


 未だに一発も当てることができていない。それどころか一度も焦らすことができていない。止まらずに打つことはできない。むしろ聞きたい。動きながら撃つってどうやるの?


 止まった瞬間から撃つまでが1秒にまで縮まった。しかし、当たらない。そもそもアンドリューはアレンの撃つ矢より速く動けるのだ。当てる方法を教えてほしい。


「これで終わりだな」


 疲れ果て大の字に倒れるアレンに上から声が掛けられる。怒る気力もない。罵るなら罵ってくれ。


「君は目を頼っているな。嘆かわしい」


「………え?」


「目で見るのは大事だ。使えるものは何でも使った方がいいからな。だが、君には目の他にも魔眼がある」


「ッ!?」


 ばれてる。どうしてばれたんだ。確かに、時折発動させていたが、もしかして、発動すると何かエフェクトが出てくるのだろうか。


「その魔眼で見られると悪寒がする。使っているのはバレバレだ。使わん手もないがな」


 衝撃の真実。誰か教えてくれればいいのに、どうして教えてくれなかったんだ。いや、その眼が不快とか気持ち悪いとか言われた気がする。気付かなかったのは僕の方じゃね?


「仲間がいるのなら護ってもらえ。目に頼れば動きはおろそかになり負ける。魔眼は使わなければ初見の場合に不利だ。360度を魔眼で把握できるようにしろ」


 そのアドバイスをもっと早くできなかったのか。


「すまん。弓術を鍛えるのに時間を使いすぎた」


 てことは何かい?僕はぶっつけ本番で頑張んなくてはいけないのかい?


「まぁ、その。すまない」


 初めて、アンドリューの眼が開いた。


 真っ白だ。


 瞼が5ミリメートルも開かない。そこには目玉ではなく、白い眼球があった。


「白い」


「そう白い。我には生まれつき目がなかった。いや正しくは視力がなかった。いわゆる盲目だ。だがこの目のおかげで、細かな心の動きや空気の流れが見える」


 白い眼がアレンを捉える。


「我は見えずして、見の極致へと至った。君は特別な眼で見の極致へと至ると良い」


 アンドリューは歩いて行ってしまった。アレンはゆっくりと目を閉じ、息を吐く。胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込み、魔眼を開いた。


 夕焼けに染まる紫の空を瞳に映す。


「連れてってくれよ」


 アレンはなかなか治らない筋肉痛を嘆き、全身の力を抜いた。

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