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第十章 燕雀 3

 そして二十日の夜十時。えりかのタブレットの着信メロディーが鳴った。

「こんばんは。佐々木さんですか?」

 これが修平の第一声だった。えりかは修平を何と呼ぶか一瞬悩み「新郎さん」と呼ぶことにした。

「新郎さんですね」

 なすびの時と同じように、ぎこちない会話から始まった。

「いろいろ結婚式では大変でしたね。花のこととか旧姓のこととか、青山さんから詳しく聞きました」

「はい……」

「でも、どうしてひかるさんなの? 美濃さんについてはどう思ってます?」

「いや、その、こちらの事情を説明させてください。今、ハルモニア側からも『これで納得できなければ、もう弁護士を介してでないと話し合いを行わない』と言われてるんです。SNSでもクレーマーだと言われたり……」

「そりゃ言われるでしょうね」

 確かに夫妻は被害者で、ハルモニアが加害者なのだとは思う。でも……。

「僕らは友人にも裏切られて、妻の気分がふさぎ込んでしまって。弁護士には一カ月五万円払ってるのに『しばらくは動けないから連絡を待て』と言われ、和解もどうなっているのか分からない状態なんです」

 修平は弁明を続ける。えりかは苛立ちを隠せなくなった。

「今はそれ聞いてません。私としてはひかるさんのことについて聞きたいんです。新郎さんはホテル側の『二人体制』ていう言い分を信じたんですか? 普通信じます? だって美濃さんと一年やり取りしてきたんでしょ? ひかるさんが話したのは、せいぜい会った時の挨拶と、二、三回の代理打ち合わせくらいでしょう? それをホテル側の『二人体制』て言葉で、はあそうですかって信じたの? 理解できないんですけど」

 向井がなすびにぶつけたものと同じ質問だった。ひかるは同じ内容を、ぜひ修平にも聞いてみたかったのだ。なすびの答えは「招待状の件は青山さんのミスと言われたから、それもあって全部彼女のせいだと思った」というものだった。しかし修平の答えは、もう少し具体的なものだった。

「僕たちも、まずは美濃さんに謝ってもらったことで気分は落ち着いたんです。でも高橋さんと大森さんが『美濃からのご提案を後ろで決済していたのが青山でした』『美濃は精いっぱいやったけれど、責任者である青山の采配がまずかった、決定も遅かった』と言われて」

「え?」

 以前向井にもそうしたように、ひかるがメッセージを送ってきた。

 当然、それに気付くことなく修平は続ける。

「美濃さんからはこう言われました。『青山さんは何でも先走ってしまうから、自分が、あまり前に出ないで僕に任せてもらえるかな、と彼女を嗜めたんです。彼女がお二人の前に姿を出さなくなったのはそのころですよね』と。そう言われて、そうだったっけな……と思い始めたところに『もし青山から謝らせていただけるなら、その場で僕もお二人から一緒に叱られたいです。それでもう一度まっさらな関係に戻って、レストランのご利用や、ご家族での何かの式典などでハルモニアに遊びに来ていただきたいです』と言われて。式場側の大人がそろいもそろってそう言うんだから、今回の中心は青山さんだったんだって思ったんです」

 ひかるはただただ驚いていた。聞こえにくかった録音の向こうで、そんなやり取りがあったのか。二人体制どころか今回の責任者が自分だった、美濃の言を借りれば、ひかるが謝れば話は美しく完結する、ということだったのだ。まさかそこまで言われていたとは。これが創業者の息子を守る、というやつか。

「私もハルモニアで結婚式を挙げたんですけど、最初、美濃さんが担当でした。でも、遠方の親族が来るから料理のメインを仙台牛でお願いしたのに和牛になってるし、それどころか和食でお願いしてたのにギリギリまでフレンチにされてたし。とにかくひどくて、たまらず途中で青山さんに交代してもらったんです。新郎さんの時、美濃さんはまともでしたか?」

「春ごろだったかな、披露宴の出し物はまだ先でいいと優しく言ってくれていたのに、急に『音楽の打ち合わせをするので、先に曲だけ決めてください」と言われて面食らったことがありました。出し物すら決まっていないのでそれは無理だとお答えしたら『ではもう業者さんを呼んでの打ち合わせはできません』と言われて……」

「先に使用楽曲を? 出し物も決めてないのに? おかしくないですか? 青山さんには『まずは出し物を決めて、それにふさわしい曲を選びましょう』と案内されましたよ」

 どういう演出項目をいくつ、どのタイミングで何分間行うか、それ以外の歓談時はどの曲を掛けておくか。演出が決まらなければ曲が決まらないのは当然だ。音楽使用での美濃の打ち合わせ方法は、まさに本末転倒だった。

「僕も不思議には思ったのですが、音楽の打ち合わせは一度だけです、とすげなく返されてしまいました。演出内容を決めてなかった私たちは、何の言葉も返せず……」

「そんな感じで残り一カ月を切ったところで……」

「はい。青山さんがいろいろ仕切ってくれて、それで僕たちは『なるほど、青山さんが責任者だったんだな』と思ったというか」

 修平は続ける。

「今回、理恵さんが炎上騒ぎを起こしていることは、僕たちはずっと知らなかったんです。知ったのは最後の方で、その時は理恵さんを止めてたんです。僕らのことを思うなら、もうやめてほしい、と。でも彼女は何ていうか、精神的にちょっとおかしなところもあって」

「あんたがそれ言う? 精神的におかしいって分かってるのに『ネットで告発して』て頼んだってことだよ? それに止めたのは弁護士に言われたからでしょ。ハルモニアとこじれるからやめろ、て言われただけでしょ」

「本当に、僕も妻も青山さんのことではずっと心を痛めてて」

「は? ずっと痛めてた? 炎上騒ぎを知らなかったって言ってたじゃない」

 こわぁ。えりかちゃんてキレたらこんなに怖かったのか。怒らせないでおこう。

「花の件。会場の花の飾り付け、最終イメージのスケッチ見せてもらったか聞いて」

 LINEの文字を読みながら、えりかは質問を続けた。

「ワイドショーでも雑誌のインタビューでもお花がショボかった、少なかった、と言ってたけど、お花屋さんから最終スケッチ見せてもらいましたか?」

「いえ、花屋さんとは一回しか会えなかったし……見てないと思います」

 スマホにひかるからの文字。

「花屋との打ち合わせは通常一回。だからスケッチは美濃から見せられてるはず」

「美濃さんから見せてもらってませんか? 花屋との打ち合わせは、通常プランナーが間に入るので、スケッチも美濃さん経由のはずです。プランナーはそういう作業のために存在するんです」

 実際、自分もそうだった。

「美濃さんからは何も。その辺の話も、美濃さんが言うには花屋と僕たちの間ですれ違いがあった、と」

 この言葉を聞いて、ひかるは納得した。美濃め、四谷さんから渡されたスケッチを肥後夫妻に見せ忘れたんだ。美濃と一緒に聞き取り調査を受けた時、確かに四谷さんが描いた最終イラストを見た。

 再びえりかのLINEに、ひかるからメッセージが入った。

「いろいろ分かった。ありがとう。もう終わってくれていいよ」

 えりかはそれを見て、まとめに入った。

「今回、あなた方は被害者だったとは思います。でもあなた方となすびがしたことを、私は許せません」

「もしお金で解決できるなら、一生かかってでも支払います」

「そんなこと誰も言ってません。ひかるさんの希望は、自分が担当ではなかった、誤った情報を正してほしい、というただそれだけです。それ以上のことは、お互いの弁護士同士が話すでしょう。私は部外者なので、これ以上は何も言いませんし、聞きません。それでは失礼します」


「ふー、長かった。疲れたよ。ひかるちゃん、聞きたいこと聞けた?」

「聞けた聞けた。まさかあそこまでガッツリとあたしのせいにされてるとは思わなかったな。でもえりかちゃん、途中でキレてたね」

 あえて明るく振る舞うが、祐子への時系列の説明、これはかなり濃いものになりそうだな、と実のところ、ひかるは重い気分になっていた。

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