第十章 燕雀 2
なすびがネットで実名を出して謝罪したことで誹謗中傷の声は少なくなり、それまで批判の声にかき消されていたアリスやえりか、また、ネットでこの騒ぎを知ったフレンドたちの活動は、相対的に目立つようになってきた。
「炎上させていた告発者が実名で情報は誤りだったと言っています。そこで『#A山を許さない』のツイートを消していただけませんか?」
ひかるに刻まれたデジタルタトゥーを、上からまっさらな情報に上書きすべく、友人たちは文字通り草の根活動を続けていった。自身のツイートで「『サッパリ!』のスタッフの皆さんへ。あなた方の情報で傷付いた人がいます。改めて正しい情報を流してください」と何度も何度も訴える者もいた。
しかし七月から八月にかけての炎上騒ぎに参加した者たちのほとんどは、もはや興味を失い、自身のツイートを消すことすらしない。ネットに残る記憶の残渣は、依然として「青山ひかるなるプランナーが、新郎新婦に嫌がらせをした」というものだ。ネットユーザーとしてそれが分かっているだけに、友人、フレンドたちは、毎日少しずつでも声を出し続けた。
「こないだ、多分新郎本人だろうけど、ツイート見た? なすびに迷惑してる、とか何とかいうアレ。すぐに消されちゃったけど」
今回の件ですっかり親しくなったえりかからLINEが来た。ひかるはすぐに返事を返す。
「うん、見た。新郎本人だよね」
「なんとあのアカウントから、話を聞いてほしいってダイレクトメールが来たんだ」
「え! 何でえりかちゃんに?」
「アリスさんでは怖いし、あたしが話しやすそうだったんじゃないかな。ほら、何度もひかるちゃんのことでツイートしてるし」
「確かにアリスちゃんに話しかける勇気はないか。でも弁護士さんに『直接会わない方がいい』って言われたんだよね」
「あたしが話を聞く分にはいいんじゃない? あたしの時は美濃さんが最初にミスしまくって、結局ひかるちゃんに助けてもらったっていうパターンだったでしょ? だから何となく、今回のことは誰より分かる気がするんだ」
では、こないだ向井にお願いしたやり方でいってみようか。
「私も聞いてみたい。タブレット持ってたよね。スピーカーに出してくれたら、あたしもスマホで聞こえる」
「じゃ『話は聞く』て伝えるね」
向井に、肥後夫妻と大森、高橋の話し合いの録音は聞かせてもらった。その話し合いは何度も行われているはずで、今は和解に向けて進んでいるようだ。それはいい。ただ、野島弁護士事務所に行って以来、出勤していないひかるは、向井からいくらか情報は得ているが、やはりどうしても当事者本人の言葉を聞いてみたかった。
時系列をまとめて祐子に提出しなければならないので早く聞きたいところだが、まずはなすびとの会話の概要をえりかに伝えておく必要もある。修平との通話は、この週末、つまり九月二十日の夜になった。




