第九章 モメンタム 4
「同業者として、この案件は担当プランナーだけで引き起こせるものではない思っています。前任のA山さんがどこまで知っていたのか、後任プランナーがどう引き継いだのか、バンケットスタッフ、司会者がどう知らされていたのか。世に出ている情報があまりに少ない気がするのです」
葉月がアリスとしてツイッターの画面を覗くと、ハチとなすびが対話していた。リアルタイムでなすびがいる以上、自分も何か言ってやろうと思ったが、二人のやり取りに見入ってしまった。
「A山が全部できると言ったからには、責任はA山にあるでしょうよ。夫婦はそれを信じて参列者を呼んだのに、名前は間違う、黙ってダブルブッキングする、花も料理もめちゃくちゃ、全部裏切られてるじゃん」
「見積もり提示での名前間違い、これはA山さんのミスだと思います。一組貸し切りというのは、通常はそのようなことは無いと思いますが、そう案内されていたのなら、A山さんではなく上司からの指示だった可能性もあります。ただ『チャペルの貸し切り』と『披露宴会場の貸し切り』を混同されていませんか? ホテルには大小いくつもの会場があるわけで、毎日一組というご案内は考えにくいのです。もちろん会社が違えば事情が違いますが」
「一つ一つ細かい部分は、夫婦だって初めての式なんだから勘違いもあるでしょう。でも予算より格下のドリンクメニューを出されたり、引き出物に明細書が入っていたり。あんたも関係者だろうけど、どこにも弁解の余地ないじゃない」
「引き出物については、セッティングするスタッフが別にいますのでA山さんのミスとは考えにくいです。花についてですが、ハルモニアは、業界最大手の四谷フラワーさんが手がけています。四谷さんは飾りについて、プランナーを介して絵などでご提示したはずですが、そのプランナーとは、時期的に後任とされる男性だと思うのです」
「何回も聞いたけど、そんな内情、客側は知ったこっちゃないわ。こちらとしてはA山に結婚式を台無しにされ、人生をめちゃくちゃにされた友人が泣き寝入らないように、正しく告発させていただいてるだけ」
「式場側から誠意ある対応がなされていないことが原因であることは理解しています。ただ、あなたのツイートを拝見していて、プランナーと友人ご夫婦とのやり取りをどこまで把握して、ご夫婦の個人情報がさらされる可能性を含んだツイートをしているのか、気になりました」
ハルモニアに責任があることを指摘しつつも、なすびの炎上行為に的確に水をまいていく様子が、葉月には心地よかった。なすびは、ハチ個人に答えることをやめた。そして自分のツイートを見ているであろう人たちに呼びかけた。
「こんなに日本全国の人が友人夫婦に親身になってくれて、本当にうれしいです。友人夫婦も喜んでいます。皆さまに感謝いたします。何一つ嘘はついていないので後悔していません。声を上げて良かったな、そう思っています」
それでもハチは続ける。
「責任が会社にあることは重々承知しています。本来であれば会社全体で真摯に受け止め対応すべきでした。それであればここまで大きな騒ぎにならなかったはずです。ハルモニア側から『これ以上は弁護士を介して』と言われ、憤慨するお気持ちも分かります。ただ……」
「A山さんの名前だけが表に出てしまっていることが不憫かつ不思議で仕方ありません。これ以上の発言はお控えになった方が、友人ご夫婦のためにもなるのではないでしょうか」
「皆さんが応援してくれて、A山とハルモニアを告発することができました。『幸せな結婚式』は取り戻せないけれど、特に新婦には皆の優しい言葉をお伝えします。A山たちの出方を見るべく、しばらくは黙っておくことにします」
「しばらくではなく、もうこれ以上は良いのではないですか。おそらく会社とご友人夫婦の交渉も続くことでしょう。これ以上はメリットがないように思えます。ハルモニア側からご友人夫婦へ誠意ある対応今さらですががなされますよう、心よりお祈り申し上げます」
「なんか全部言われちゃった。誰だろう。ずんだちゃんの知り合いかなあ」
アリスはツイートでハチに話しかけた。皆の目にも留まるしちょうどいい。
「味方になってくれてありがとうございます。今後、A山さんは弁護士さんと相談して、誹謗中傷の書き込みやまとめサイトに対応するそうです」
「それがいいと思います。ここまで広がると、もう個人のツイートだ、ネット上の遊びだ、で済む話ではなさそうです」
そして葉月は、誰にも見られないよう、個人間のダイレクトメールを送った。この人は一体誰なんだろう。
「ずんだちゃんも喜んでると思います」
「メッセージありがとうございます。ずんだちゃん、とは?」
ずんだの名前を知らないのであれば、ゲームやオンラインの知り合いではなさそうだ。
「失礼しました。A山さんのあだ名です。ハチさんはA山さんのお友達ですか?」
「同業者としてご夫婦に申し訳ないな、と思っただけです。それにA山さんの名前ばかり出てくるけれど、どうにも疑問ばかりで、少し黙っていられなかっただけです」
ネットは匿名の世界だ。それのこの騒ぎだ、身分を明かしてくれるはずもないか。葉月はそれ以上詮索するのをやめた。そしてもう一通ダイレクトメールをしたため、パソコンの電源を落とした。




