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第八章 乱戦 3

 向井とかつての上司・藤代は、駅前の居酒屋で飲んでいた。庶民的で騒がしい店は、密談めいたことも、かえって話しやすい。

「職場で浮いてないか? あの頃、企画部のトップには松浦くんがいたね。彼女はまだ企画部にいるのかい?」

「支配人の一声で、レストラン部のチーフに収まりましたよ。婚礼部の来生さんにいろいろ文句を言われているようです」

「高橋か、相変わらずだな彼も」

 やれやれ、と藤代は笑った。

「向井、うちの広告代理店に来たかったらいつでも相談に乗るぞ」

 藤代は五十代でハルモニアを退職し、細々とではあるがデザイン事務所兼広告代理店を営んでいた。しかし六十を過ぎて、そろそろ自分の時間も欲しくなってきたのだろうか、冗談とも本気ともつかない誘い文句を向井に投げかけてきた。

「どうやら本気で考えることになりそうです」

「ハルモニアの件、深刻だね。プランナーがヘマをした、とか」

「ちょっとかわいがっている後輩のプランナーが巻き込まれてしまいまして」

「女性プランナーのミスで、新郎新婦が被害に遭ったそうだね。ただ、テレビで言ってたとおりだと、婚礼部だけじゃなくサービス部も衣装室も……」

「実は……」

 向井は、ここ数日で仕入れた情報を整理して藤代に伝えた。


 女性プランナー青山は、初動の受付担当、いわゆる新規班だった。

 実際のプランナーは打ち合わせ班の美濃昭彦であり、青山は取り漏れのヘルプでしかなかった。

 美濃の打ち合わせが遅れに遅れ、司会者へ送る披露宴進行がほぼ白紙状態だった。

 式と披露宴のオペレーションミスは、サービス部、レストラン部、衣装室の全てで発生していた。

 にもかかわらず、インターネット上では青山一人が非難され、ハルモニア側が一切の説明を行わない。

 婚礼部の親会社ウェディング・ワールドもなぜか静観中で、事態の収拾を図らない。

 プランナーの青山は停職状態で、近日中に社と社の顧問弁護士と面談するが、果たしてどうなるか……。


「ああ、美濃くんが絡んでいるなら、何となく事情は分かった」

「どうにも会社が美濃に遠慮している感じがするのは、どういうことなんでしょう。実はそれが聞きたくて、今日、お呼びしたんですよ」

「言ってしまえば簡単な話だよ。美濃くんは転職組だろ? 前は人材派遣会社にいて、三十を過ぎてハルモニアに入ってきた」

「はい。その後の仕事っぷりを見聞きして、変な人材を引き取ったもんだ、と思いましたよ。採用する前に分からなかったんですかね」

 藤代による種明かしは、非常にあっけなかった。

「コネだよコネ。ハルモニアは郵政民営化からこっち、民間企業になっただろう。ハルモニア仙台設立には、郵政省が絡んでるわけだ。その立ち上げの郵政組にいたのが、美濃夫妻、美濃くんのお父さんとお母さんだ」

「ええ、知らなかった」

「公務員……ではなくなっているけどね、まあ、ああいった組織に入る際はコネが重要で、入った後、その話題はタブーになるのさ。だから案外、誰が誰のコネかなんて、互いに知らないものでね。美濃は婚礼部にいるなら、その上は大森だろ?」

「大森さんがマネージャーをやってます」

「美濃が前にいた人材派遣会社が傾いた時、美濃に声を掛けたのが確か大森だ。美濃に対して会社も婚礼部も遠慮があるのは、設立者へのお義理みたいなもんだな」

「たったそれだけの……」

 向井はうめいた。

「公務員、しかも郵政組だ。そのコネは『たった』なんて言えるほど小さいものじゃないのさ。特に私らや高橋、大森ぐらいまでの世代にはな。君たちにはつまらんことに見えてもな」

 考えてみれば、古い組織だし人の流動の少ない地域だ。コネクションというもののウェートは大きいのだろう。特に昭和の終わり、平成の初期に働き始めた世代には。

「青山さんへの世間の誤解は……」

「なぜその青山さんに責任がなすりつけられたのかまでは分からないが、ハルモニアが美濃くんだけに責任を背負わせないよう、被害者夫婦に何か言ったんだろう。おそらく深くは考えず、こう、ポロッとね。で、この騒ぎだ。誰が引き起こしたのかは知らないが、その人物は、このまま騒ぎが終われば……と息を潜めてるつもりだろうね」

「ウェディング・ワールドは警察から記者会見するよう勧められてましたが」

「ワールドさんは、株価株価ってなかなかうるさくてね。婚礼部がワールドさんに買われて以降、どうにも仕事がしにくくなった。それもあって私は退職したんだよ。オヤジが作った小さなプロダクションも、何とかもう少し続けたかったしね」

「今日はいろいろ分かりました。分かってみればつまらない理由なのだな、ということも含めて。もし俺がハルモニアを首になったら、その時はよろしくお願いします」

「うちは歓迎だよ、給料は安い……のは、ハルモニアも同じだな」

 藤代は笑って酒をあおった。向井もグラスを傾けたが、今日は到底、酔えそうもなかった。

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