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第八章 乱戦 1

 二度目の話し合いは、ハルモニア仙台のレストランで行われた。参加したのは肥後夫妻、根岸理恵、大森、高橋の五人だ。この日も肥後修平の攻勢から始まり、大森は受けに回る。

「昨日はこちらに伺う準備をしていたのに、急に『青山さんがいない』って、どういうことだったんですか」

「すみません、青山は、ちょっと親族の結婚式で外しておりまして、どうしても……」

「どうしても青山さんから直接お詫びが聞けないんですか」

「その結婚式に出たものの、彼女は今、出勤できない精神状態で……。かなり参っておりまして」

「参ってるって? うちの奥さん以上にですか? どう参ってるか確認してるんですか? さぼってるだけかもしれないじゃないですか。毎日、電話で確認してるんですか?」

「私以外にもサブチーフの役職にある者なども含め、密に連絡を取っておりますので」

「どうだか。今この瞬間もゲームしてるかもしれませんよ。まあいいです。それで……いろいろネットで話題になってますが、ご存知ですよね」

「もちろんです」

「みんな僕たちに味方してくれてますよ」

 これまで、いろいろな利用者から苦情などを受けたことはある。しかしSNSとやらが絡むと、ここまで大ごとになるのか。高橋も大森も今更ながら痛感していた。

 高橋が、ハルモニア側から提示できる目いっぱいのお詫びです、と、紙面で和解条件を提示した。

「正常に消費されたサービスの料金も含めまして、今回、約三百万円、全額当方の負担とさせていただきます。また、毛玉が付いていたというグローブにつきましても、これはもうウェディングドレスの一環と考え、こちらで新しくドレスを作らせていただきたいと考えております」

 さらには、ウェディング・ワールドが提供する「二人きりの海外挙式プラン」の無料利用、旅行券三十万円なども書き添えられている。修平はさすがに驚いたようだった。しかし、すぐに表情を隠す。

「正直、お金の問題じゃないんですよね。こないだも言いましたが、青山さんからのお詫びがないと、僕たちは前に進めないんです。もうこんな不幸なカップルを生み出したくないね、というのが詩絵里さんと僕の意見です。ですから高橋さんには、今後のホテルの経営方針なんかも伺いたい。でも、まずは青山さんの心からの謝罪がないと」

 大森は苦しみながらも言葉をひねり出す。

「そこの部分は分けて考えていただいて。青山が入りますとどうしても感情の部分と言いますか、そこよりも、まずはこちらからご提示した内容でご理解いただいて。それで、その先に、また私の方から青山との機会も、作る方向で」

「こちらの根岸さんですが、彼女のプライバシーもこの炎上事件でネットに晒されたりしてるんです。それがどうやら、式場側の人が書いてるような感じで。青山さんの携帯番号を教えていただけないですか? 番号から調べることもできるんですよ、今の時代」

 理恵は黙って下を向いている。

「それは……お教えできません。個人情報ということもありますし、うちの従業員に関しましては、情報などは一切出さないよう強く指示を出しておりますので……」

「分かりました。でもこれ以上、長引かせないでください」

 長引かせてるのはどっちだ、という言葉を飲み込む大森。

「長引かせるなど、私どもは、全く。むしろ、こちらのご提示でもお許しいただけないとなりますと……やはりいよいよ、代理人を介してということになってしまいます」

「とりあえずご提示は持ち帰りますけど、私たちも弁護士を立てようと思ってます。またご連絡させていただきますので」


「やっぱりひどいよね、ハルモニアと青山の対応」

 理恵と修平は、今日のやり取りを軸に再び作戦会議を行うのだった。


 それから数日後、なすびはというと、今日もツイッターでひかるを煽っていた。

「友人夫婦の代理でツイートします。二人は式場に呼び出されて話し合いに向かいました。ところが、約束していたはずのA山、ドタキャン!」

「A山、精神的疲労で出勤してないって? あきらか雲隠れ。精神的に参ってるのは私の友達の方!」

「アポの重要性が分かっていないプランナー、どこまでカスなの。胸に栄養持っていかれたんじゃないの?」


 追随する者の言葉も容赦がない。A山が雲隠れしたというトピックは「ワイドショー放送」以来、飽きつつあった批判者たちを再び勢いづけた。

「実際はポンコツマネージャーと一緒になって、嫌がらせしてたんじゃないか? きっと『この新婦、ワケアリ臭いから何しても大丈夫だろ。日頃のストレス発散がてら思い付く限りの嫌がらせをしてやろう』って感じで、裏で笑ってたと見た!」

「まともな神経してたら議員の写真なんかアイコンにしてないよ、頭おかしいんだよ。おかしくないなら、ただの極悪人!」

「マグロ漁船に乗って、その給料を全部夫妻に差し上げろ青山!」


 この流れを見かねた葉月もアリスとして参戦を決意する。先日こそ袋叩きにあったものの、ひかるから式・披露宴のあらましを聞いていたため、反論せずにはいられなかったのだ。今回の件もひかるに聞いたところ、次のような返信があった。

「あの人たち、ずんだちゃんにすっぽかされたって言ってるけど……」

「肥後夫妻が会いに来るなんて聞かされてなかった。こっちだって聞きたいことはいろいろあったのに」

 確認を取った葉月は「今度こそ」とスマホを手の中に構え、ツイートを始めた。その怒りを指に込め、矢継ぎ早にツイートしていく。

「ご夫婦、A山さんにちゃんと直接アポ取ったの? 式場側に言っただけでしょ? 式場側が彼女に伝えなかったって可能性を考えてる? そこまで裏取って攻撃してるの? ねえ」

「おかしいなあ。担当プランナーは男性のはずなのに、どうして式場側もなすびもA山さんの名前出してるの? どういう意図があるの?」

 なすびとその取り巻きが答える。

「誰が担当というより、ミスして迷惑を掛けまくったプランナーが謝るのが当たり前でしょうが。あんたたまに噛み付いてくるけど、A山本人じゃないの?」

「コイツ前も見たな。本人確定だろ」

「関係者であることは間違いない」

 しかし今日のアリスは折れない。折れないどころか、怒っていた。

「話の流れ見てたら本人とか関係者でなくても分かるじゃん。例えば、仮にA山って人が途中で変わったとしても、旧姓を呼ばれたのが当日なんだったらミスったのは直前まで打ち合わせしてた後任の男性プランナーってことでしょうが。バカしかいないの?」

「そもそもツイッターアイコンの顔に自分の写真使ってなかったら悪人とかどういう理論よ。なすびのアイコンもゲームキャラじゃん。批判してる人もみんな、猫だの犬だのハリネズミだの動物ばっか。人間いないの?」

「風船もぬいぐるみも自分たちで用意させられた、とか誰かが言ってたけど、当たり前じゃん、どこの式場だってそう。普通のこと。結婚式のこと知らないで批判してんじゃないわよ」

「参列者のマナーだって相当悪かったって聞くよ。ウロウロしたり当日の受付カウンターでスタッフの人に絡んだり。式場側も悪かったんだろうけど、あたしは新郎新婦側にも落ち度が多いと思う」


「式場がミスった以上、言い訳無用だろ」

「一生に一度の式を破壊したことには変わりない、逃げてるのは青山だ」

「A山自殺しそう(期待するぞ)」

「なすびにも夫婦にもクレーマー臭を感じる。このなすびってやつの言葉遣いはまともな大人じゃない」

 ネット上は乱戦状態に陥った。


 当然、この騒ぎはハルモニア婚礼部のメンバーも見ていた。

「内情を知らない人たちが騒いで変に盛り上がってしまっている。危険ね」

 麻衣が自身のスマホに見入っている。

「ダブルブッキングなんてなかったし、他のカップルと鉢合わせしたのだって、あのご夫婦が規定を守ってくださらなかったことで起こってしまったわけだし」

「ご夫婦、青山さんに会いに来られる予定だったんですか? 青山さん、休暇中なのに?」

 スマホの画面を目で追いながら、ほのかが誰ともなく問いかけた。当然、大森がそのアポを握り潰したことなど、この場の誰にも分かるはずがなかった。

「情報が錯綜してるね」

「披露宴会場も、あれほど参列者の方があちこちに動き回ったり出入りされたりするのって、ちょっと聞いたことないですもんね」

「お花の件も、四谷フラワーさんから美濃さんがスケッチをもらって、説明してるわけだし……」

「飾り付けアイテムの本人持ち込みなんて、それが普通ですもん! ほんと腹が立つ!」

「ダメだからね、この騒ぎに参加しては。会社からも通達が出てるんだから」

「分かってますけど」

 キャンセルが相次ぎ、話題にすることすらはばかられる事態。ホテル内では居心地の悪さばかりを感じる婚礼部員たちだった。そんな中で、何の作業をしているのか式場内をあちらこちらと歩き回っている美濃。自身は無関係とでもいうような様子の男を、麻衣は無言で一瞥するに留めた。

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