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第七章 正義 8

 ワイドショーという燃料を得たツイッターユーザーたちの攻撃は、さらに過熱していた。

「青山、逃げてばっかで責任取れないならお前この業界辞めた方がいいぞ!」

「『サッパリ!』見たぞ! ハルモニアと青山は新郎新婦に全額弁償&慰謝料払え!」

「#A山を許さない」「#青山ひかる」というハッシュタグを付けたツイートがネットを席巻し、ついに拡散数は十二万件。たった数日間で、のべ十二万もの人間が、ひかるのことを話題にしていたのだ。ひかるは罵詈雑言を浴びせ掛けられるだけではなく、自宅の住所や家族構成まで書き出されるなど、いよいよ居場所がなくなりつつあった。

 もちろん、先頭で煽っているのはなすびだ。

「友人(新婦)は鬱状態で、もう立ち直れないって言ってるのに、A山はいまだ謝らず。ホテル側も何であんな女をかばってるのか、訳が分からない」

「マネージャーの男性が謝ってたけどお前の土下座には一文の価値もない! 私たちが求めてるのはクソ女A山の土下座!」

 なすびの言葉遣いは初期と比べてずいぶん荒くなり、一部には「このなすびという人の言い分も少しおかしいんじゃないか?」という声も見受けられたが、ネット内に巻き起こった悪意の火災旋風は、今のところ、強くなり続ける一方だった。


 炎上から六日目の火曜日、ワイドショー放送の午後。支配人室にはひかると高橋支配人、大森が集まっていた。

「会社の弁護士は、何か動いてくれているんですか? プライバシーもどんどん暴かれてて、本当に怖いんです」

「きちんと依頼して動いてもらっているよ。だから私たちもこうして青山くんから情報を聞いて、弁護士の先生にお伝えしてるんだ」

 大森が発言する。

「肥後さんから二回目の話し合いについて連絡がありました。支配人、和解条件を整えましょう。前回の……十〜十五%の値引きという、いわゆる業界の一般的な線では、もはや収まりがつかない状況です」

「こうなれば、もう全額お返しして……そうだ、グローブの毛玉のことなども言ってたな。キレイなグローブをプレゼントしても仕方ない。新しいドレスを一着作って差し上げよう。後はそうだな、もう一度式を挙げたいとおっしゃってるなら、ワールドさんとの相談になるが、あちらの海外挙式プランを一つ、取り付けてみようか」

「そうですね、破格の対応ですが、その線で肥後さんとお話ししてみます。これでダメなら、白井先生に間に立っていただくしかないですね」

 二度目の会合は七月十二日に設定された。

「青山、しばらく会社は休んでいいからな。これでは仕事にならないだろう。後の話は俺と高橋さんで進めるから、今日は企画部に戻って、そのまま帰っていいぞ」

「分かりました……ではこれで失礼します……」

 確かに、自分が契約を取った式はほとんどがキャンセルになったし、出勤しても、できること、すべきことがない。時々、高橋や大森、ウェディング・ワールドの幹部からの事情聴取(というより単なる事情の説明)が行われるが、この日から数日間、ひかるはプランナー業務から外されることになった。

 ひかるが廊下を歩いている時に、前を通りかかったのは千夏だった。これまで何本ものクレーム電話に対応させられおり、相当のストレスを溜め込んでいた千夏は、嫌味の一つも言わずにはいられなかった。

「あんたはいいよね逃げてればいいんだから。現場のこっちは大変だよ」

 いつもなら敢然と言い返すひかるだが、今の彼女にそんな気力はない。ただ黙って歩いていくだけだった。抜け殻のような背中を見送る千夏の気分は、かえって重くなるのだった。


「実は肥後夫妻から『自分たちは前乗りして、十一日に青山に会いに行く』と言われているのですが」

 ひかるが部屋を出た後、大森が小声で言った。

「肥後夫妻には青山と美濃の二人体制だった、とは言ったが、こうも青山、青山、ということになるとは」

「そうですね、ああでも言わないと収まりがつかなかったでしょうが……。とりあえず、青山と肥後夫妻は、全てが終わるまで直接会わないよう取り計らっておきます」

「まあ、上手くやってくれ。しかしずいぶん大変なことになってしまった……」

 美濃がしでかし、皆が少しずつ事態をかき混ぜ、出来上がった「混沌」。二度目の会合が持たれることになったのは、そんな混乱の中でだった。

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