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第七章 正義 7

「ええ、会場案内も手際が悪いし、披露宴の飾り付けも十分やらせてもらえなかった。式の一週間前になって、急にだめだ、と言われたんです。自分たちでおもてなしの飾り付けができるということで契約したのに」


「式でも披露宴でも、妻が伏せたがっていた旧姓を何度も何度も……。こんな嫌がらせ、なぜ受けないといけないんですか? ホテル側は、話し合いの場に出てきて誠意を見せてほしい。そもそも、プランナーはずっと詩絵里の字を間違ってるんです。詩絵『理』じゃなく詩絵『里』です。悪いな、と思ってずっと言わなかったんですけど。そういうこともあって、一体私たちとどう向き合ってくれてたのかな、って不信感はずっとありました」


「その日は私たちの貸し切りだったのに。別の披露宴が入ってるなんて聞いてませんでした。飾り付けでドタバタしたのも、他のカップルがいたからではないか、という気がしています。三カ月前の段階で『披露宴に使う会場は、午前中には会議の予定が入っている』とは聞いていました。ところが飾り付けはできないし、着替えの時は他のカップルがいるし妻が衣装として借りたグローブは毛玉だらけだったし。どうしてここまで嫌がらせされないといけないのでしょうか」


「花の飾りも、イメージしていたものと全然違いました。金額にはとても見合わない少なさというか。読まないでほしいと伝えていた電報は読まれるし手巻き寿司も変なタイミングで出されるし、デザートのケーキは子供たちの分がなかった、と友人から聞かされました。そして極めつけは、引き出物の明細書です。そんなものがお客様の紙袋に入りますか? 聞けば引き出物の箱の下にあったとか。こんなの、嫌がらせとしか考えられない」


 うんうん、と、取材に来たワイドショーのリポーターが、まるで自分のことのように悲しげな表情でうなずく。背景から、インタビューの場所はどうやら肥後夫妻の自宅のようだ。

「一年間、準備をしてきて、思いのこもった結婚式だったんですよね。一体、プランナーはどうしてそんなにミスを重ねたんでしょうか。貸し切りのはずが、他のカップルがいたというのは……ダブルブッキングということですか?」

「まあ、そうですかね。その女性プランナーからはいろいろ提案を受けていましたが、でもどれもタイミング的にはギリギリで、別の男性プランナーから『ご希望のコレはできない、アレも無理』と言われるようになったんです。女性プランナーに説明を求めたかったのですが、三カ月前から私たちの前に姿を現すことはなくなり……。結局、式も披露宴も大失敗で、私たち夫婦は、来てくださった全てのお客さまにお詫びしたい気持ちでいっぱいになりました」

 テレビ画面はワイドショーのスタジオに変わる。事件の流れをまとめた風のパネルには「女性プランナーによるダブルブッキング」「プランナーが急遽三カ月前に交代」と派手な文字で書かれていた。

 司会者やコメンテーターが、式場と担当プランナーに怒りの声をぶつけ始めた。

「これ、三カ月前に担当プランナーが急に変わったってこと? ありえないでしょ! 無責任にもほどがある!」

「三カ月前というと、ちょうどキャンセルもできない時期に差し掛かってますよね。これは式場側というか、この女性プランナーは、出てきて説明をすべきではないでしょうか」

「式場側も、弁護士を通さないと話さないって言ってるって? 何考えてるんだろう、こんなの訴えれば式場とプランナーに勝ち目はないんじゃないか?」

 この様子は、ハルモニア仙台婚礼部や社員食堂のテレビでも映されていた。ほのかなどは「一方的過ぎます!」と珍しく怒っていた。


「ついにテレビにも出たな……。なすびってのは煽るのが上手いわ」

 向井は社員食堂で、よっちゃんと一緒にワイドショーを見ていた。

「ひどい言われようだねえ。これ、ひかるちゃんだろう? あの子がそんな悪いことするわけないのに」

「不景気な昨今、大衆は叩ける対象を求めてるんでしょうかね」


 企画部に戻ると、同じくテレビを見ていたのであろうひかるが、また机に突っ伏して、鼻をすすっていた。

「いよいよワイドショーでも取り上げられたね。午後、高橋支配人と大森さんを交えて話した方がいいよ。記者会見も開かないし、社としてホームページで事情を説明するでもないし、このままではいつまでたってもこちらが加害者の立場に置かれてしまう」

 向井も向井で忙しい。なにせ企画室には向井しかいない。たまり始めた仕事を片付けるべく、パソコンで黙々と作業を始めた。自分は何をしようか……とぼんやりしていると、スマホが鳴った。見ると、親戚のおじさんだった。

「テレビ見たぞ! あれお前のことだろう、今すぐお詫びに行くんだ! ウソ? テレビがウソを言うわけないだろ! 一人で行けないならワシも青山の名前を持つ者だ、一緒に行ってやる!」

「いいんだ、会社がまとめてくれるから。違うって、テレビもたまにウソを言うんだって! いいから! じゃあね!」

 向井が手を止めて振り返る。

「テレビの反響、いきなり出てきたね」

「年寄りはテレビ is 正義、ですからね。両親には説明してあるけど、親戚やご近所さまには正直手が回らない。こっちから言うのも変だし」

 実は親戚やご近所さまへの対応どころではなかった。ワイドショーの放送後、ハルモニアに「式のキャンセル」の電話が何本も入ってきたのだ。それもそのはず、予約のほとんどはひかるが取っている。テレビを見た者にとっては、自分の受付担当者がこの「青山なるプランナー」なのだから無理もない。式を挙げるのはネットに親しんでいる世代だ。「テレビで取り上げられた! ハルモニアと青山の悪行は本当だった!」という情報に触れるのは速かった。

 この時、ハルモニアは五十件を超える結婚式の予約を抱えていたのだが、この日と翌日だけで、四十件近くのキャンセルが出た。

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