第七章 正義 5
イクシーズでの自分の書き込みに対して多くの同情コメントが付いたことがよほど嬉しかったのか、修平はすぐに理恵にLINEを送ってきた。
「理恵さん、ありがとう。イクシーズに寄せられたコメントを見たけど、みんな俺たちの味方だね」
「うん、このまま騒ぎが広がってくれたら、ひょっとしてテレビとか雑誌が食いついてきたりして」
「どうしよう、服とか考えないと」
式場への攻撃があっさり成功したことがよほどうれしいのか、修平は無邪気にはしゃいでいる。六つ歳下の彼を見ていると、どこか弟のように感じる理恵だった。
「この後もいろいろ書くから、もっともっと情報教えてね」
「任せて。どんどんやろうぜ。まずはどうしよう?」
「分かりやすい項目に絞って、一個一個具体的に書こうよ。その方が絶対に炎上しやすいと思うよ。招待状、花、料理、引き出物の納品書、あと何があったっけ。青山にされてイヤだったこと、全部教えて」
青山っていうか……まあいいか、と、修平は自分なりに整理して、理恵に対し「燃料」となる情報を書き綴った。
「絞り込むとしたら、やっぱり招待状のデザイン。青山はマウスのが使えるって言ってたのに、しばらくたってから式場側が『やっぱりダメでした』って。せっかく詩絵里さんが選んでくれたのに。とにかく、向こうから提案しておいてやっぱり駄目でした、ていうのが多過ぎたよ。駄目って言われるの、やっぱり腹が立つよ」
「理恵さんにも迷惑掛けたけど、料理とドリンクの件。子供たちにケーキが出ないのとか、本当に嫌がらせだよね。こっちが会場を変えたことがそんなに気に食わなかったのか。だったら面と向かって言ってこいよ、って思う」
「あと、俺たちの貸し切りだったはずなのに、誰に許可を得て別のカップルの式を入れたんだよ。契約を取るのは青山だから、俺たちの式に別のカップルをぶつけてきたのも青山。これは事実だと思う、絶対」
「引き出物に納品書を入れられてたのもあった。あんなに恥をかかされたこと初めてだよ。あれも絶対わざとだ」
絞る、と言っておいて、何とまあいろいろ言ってくることか。しかし青山という女の性根の悪さは、一体どうだ。叩けばいくらでもホコリが出るではないか。
「分かった。この後もどんどん行くね。ハルモニアと青山を絶対に許さないから」
「よろしく。楽しみだ!」
理恵とて会社勤めの身だ、ツイッターに張り付いているわけにはいかない。しかし彼女はネット内に灯した火を、こまめな書き込みで大切に育て始めた。修平から提供された写真も重要な「燃料」となった。
「A山に勧められるまま、友人はこの招待状のデザインを選んだそうです。見ての通り『三月挙式まで』と書いてあります。それをA山に指摘したら『三月まで大丈夫ですから』とゴリ押しされました。しかし後日、代理プランナーから『無理です』と言われましたとさ」
「コース料理に加えて手巻き寿司をオーダーしていたけれど、その手巻き寿司、何と一番端のテーブルには最初から出されて、私たちのテーブルには食事後のコーヒータイムで提供されました。その時差、二時間!」
「ちなみに同テーブルの子供たちには切り分けたケーキが出されず、隣の私のをあげましたよ。私も食べたかったわ」
ここで書き込みを止め、様子を見る。反応は思いのほか良かった。
「このプランナーのA山って本当に日本人か? 言葉が通じてないんじゃないの?」
「料理の配膳ミスとか、プランナーだけでできることじゃないだろう。式場全体からの悪意も感じる」
「全額返金は当然、慰謝料もがっつりもらおう。元の書き込みも見たけど、詐欺だよこんなの」
「夕べの告発から見てるけど、このA山、新郎の元カノで捨てられたとかじゃないか? でないと考えられないレベルの嫌がらせ」
「このA山っていうのを特定しようぜ」
延焼は止まらない。なすびに対してダイレクトメールを送ってくる者も現れた。
「みんなのためにもA山を叩きましょうよ。名前とかSNSとか、ツイートに乗せてくださいよ。一応聞いておきますが、全部本当なんですよね?」
「A山らしき名前をハルモニア仙台のスタッフブログで見つけました。青山って女ですよね」
なすびはフォロワーの多そうな者を数人選んで、返信した。
「友人夫婦に『泣き寝入りしたくない』と頼まれて、いろいろつぶやいています。私の情報は、すべて友人夫婦から直接聞いたものであり、また、私自身がこの耳で式場側から聞かされたものもあります。すべて真実です」
「こちらから『誰』と言うことはできませんが、彼女が担当したブログはまだ消えていないようですね。まだのうのうと働いていることが腹立たしいです。私の友人は精神的に参ってしまって仕事にも行けていないというのに」
「こいつだろう」
「いや、この女じゃないか」
午後に入り、ツイッター上ではひかるの顔を特定しようと数人がやっきになっていた。彼ら彼女らによって何人かの「容疑者」が特定された。しかし、なぜかすでに退職したベテランプランナーが「第一容疑者」にされている。なすびはあわててツイートした。
「違います、青山は、もっと……」
かわいい、とは書きたくない。そうだ。
「青山は、もっとあざとい感じです」
つい、なすびはひかるの名字を出してしまった。
「青山!」
「ハルモニア仙台のウェディングプランナー・青山ひかる」の名前、仕事の様子は、こうして特定されてしまった。この時、まだひかるの担当ブログは削除されていない。その担当ブログには、スタッフ個人個人の写真はそもそも掲載されていなかった。ところが、優秀プランナーの表彰式での記念写真がまだウェブ上に残っていたのだ。夜になって、それを発見した男がなすびにダイレクトメールを送ってきた。
「プランナーの集合写真を見つけました。この中にいますか? もしいれば、こっそり教えてほしい!」
いいぞ、お前はなかなか積極的だ。なすびは思わず笑ってしまった。
「はい、真ん中に写ってますね。こいつで間違いないです」
すぐにこの男はツイッターで「青山ひかるの顔を特定した!」と、得意げに騒ぎ始めた。
特定方法を聞かれると「名札から画像解析して」などともっともらしいことを言っている。何のことはない、なすびが裏で教えたのだが、彼女としても、自然発生的に特定されていく方がありがたかった。
どうやら、青山は完全に炎上したようだ。
夜、家に帰った理恵は、すぐにスマホで青山の状況を確認した。順調に燃えている。ツイッターには青山ひかるのフェイスブックやインスタグラムが張り出され、皆がそれをつつきまわっていた。
また、この炎上騒ぎをまとめ上げたサイトや掲示板もいくつかでき始めた。ネットに散らばる皆の非難が集約され、騒ぎはより大きく、そして分かりやすくなっていった。
「おい、青山のフェイスブックの顔写真、誰だこれ?」
「別人の写真じゃん。多分これ、国会議員か誰かだ。てことは炎上するの分かってたんだな」
「あの夫婦に対する嫌がらせは、やっぱり青山が仕組んでたんだ」
「青山、見てるんだろ! 計画炎上だろ、これ!」
「リアルタイムでこんな事件に遭遇するって、ラッキー!」
「あれ? 青山のインスタにコメント書けなくなったぞ。どうやらアカウントを削除したな」
「確信犯! 確信犯!」
なすびの見ている前で今日のツイートは拡散を続け、この時点でリツイートは一万を超えていた。
「やった、万超え」
理恵は修平と詩絵里に「ネットの中はみんな二人の味方だよ。青山、絶賛炎上中」と、喜びのLINEを送信した。




