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第六章 烈火 4

 明けて四日。その日どうやって出勤したのか、もはやひかるは覚えていない。気が付けば、会社の事務所に到着していた。

「向井さんは……」

 タイミングの悪いことに、向井は以前から申請していた有給休暇のため出勤していなかった。

「じゃあ、衣装室へ行こう……」

「青山、ちょっと来てくれるか」

 大森に呼び止められ、ひかるは会議室に入っていった。そこには大森、高橋支配人、親会社ウェディング・ワールドの西山本部長がいた。大森が最初に話し始めた。

「今朝から会社にたくさん苦情の電話が入ってきててね。どうやらツイッターっていうの? それで苦情がたくさん書かれてるらしくて。そのあたりは青山の方が詳しいよな」

「はい……」

 高橋が続ける。

「青山さんのこともたくさん書かれているらしいんだけど、気にしないでいいからね」

 今度は西山だ。

「とにかく、青山くんは気にしないでいい。会社で青山くんのことは守りますから。私たちはその……ツイッターとかインターネットとかよく分からなくてね。でも、そんなに気にしないで。すぐに時間が解決してくれると思う」


 この人たちは何と言っているんだ?


 気にしないでいい? 


 インターネットのことは分からないけど? 


 時間が解決? 


 駄目だ。この人たちは本当に分かっていないんだ。

「向井さんを呼んでください」

「向井は今日は休みなんだ」

 有給を取っ

「向井さんを呼んでください」

 ひかるは大森の言葉を待たなかった。気圧された大森は、その場で向井に電話を入れた。ほんの一時間ほどで向井は会議室に現れた。

 五人になった会議室で、大森と高橋が昨日の披露宴で起こったことを向井に説明した。

 説明など受けるまでもない。幸か不幸かたまたま有給を取っていた彼は、今朝まで見ていたツイートの数々で、そのあらましを把握していたのだ。

「インターネットのことは詳しくないが」「時間がたてば怒りも収まる」という言葉は、ひかるだけでなく向井の神経も逆なでした。

「かなりまずいことになってますね。理解できてます?」

 一言付け加えるあたり、向井はやはり向井だった。

 五人は企画部に移動し、向井が仕事で使っている大きなモニターの前に座った。ブラウザを立ち上げイクシーズの掲示板を開く。すぐに肥後修平が書き込んだトピックが見つかった。その内容はといえば、先日ファミレスで修平がハルモニアにぶつけた苦情そのものだ。「出席者の移動が激しく動きを追いきれなかった」「ドレス用グローブの取り違えはなかった」「花は事前に説明した通りで適正の値段だった」といったハルモニア側の釈明は反映されていない。ただ、そんな釈明を反映したところで、とても正当化される式・披露宴でなかったことは確かだが。

「ただちに会社の公式サイトから青山さん担当のブログを削除しましょう。あと、イクシーズに連絡してこのレビューは一旦停止してもらった方がいいでしょうね」

 いいですね、消しますよ、と言いながら、向井はひかるの顔と名前が出ているブログを削除していった。高橋たち年長者は、事ここに及んでも事態を飲み込めていないように見える。向井としては、彼らの決定を待つ気はなかった。

「青山さんは社のフェイスブックの中で、自分の写真や文章を削除していくんだ。ここのパソコンを使っていいからすぐ取り掛かって。あと、自分のプライベート用SNSのアカウントは全てロックして他人から見られなくするか、いっそのこと消去した方がいい。もうやってると思うけど」


 昨日、自分のフェイスブックとインスタグラムは削除した。今はとにかく、社のSNS群から自分が担当した投稿を消していこう。

 ああ、思い出した……。「ずんだ」の名義で動画サイトにゲームのプレイ動画を上げているんだった。あっちのサイト、こっちのサイトに自分の動画が上がっている。どうしよう。ずんだ名義のツイッターも、いずれバレる。いや、怖くて見ていないが、もうバレているかもしれない。何とかしなければ。でも先に実名が出ている投稿を……どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 ブブ……スマホが震えた。LINEだ。そういえば夕べからメッセージがいくつか来ていたようだ。

「今日、何時からゲームする?」

「ずんだちゃん、ツイッターに出てこないね。風邪? お見舞い来てほしい?笑」

 そして今届いたのが、次のようなものだった。

「ちょっと聞きにくいんだけど、昨日からインスタとか消してない? ごめんね、嫌なら答えなくていいよ」


 それはフレンド、いや、友人の「葉月」からだった。仙台と大阪、遠く離れてはいるがゲームを通して親交が深まり、いつしかお互いにネットのフレンドという枠を越え、友達として話す間柄になっていた。そのため彼女は誰より早く、ひかるの異変に気付いたのだ。

 ああ、葉月ちゃんだ!

「ちょっと通話できる?」

 スマホの向こうにいる葉月に向けて「あのね、助けて!」と呼び掛けた。


 今、自分が炎上していること、しかしそれは人違いであること、会社に数十件の苦情の電話が入っていること、そして社のSNS類にはそれに数倍する苦情コメントが殺到していることをまくしたてた。実のところ、葉月は多少、事情を知っていた。夕べの擁護派「アリス」こそ、この葉月だったのだ。彼女は聞かされた実情に改めて驚き、やがて「何か手伝えることある?」と聞いてくれた。

「ずんだの名前でネットに上げてるあたしの動画とかツイッター、全部消してほしいんだ。パスワードも全部教える。お願い」

 インターネットの世界でパスワードを教えるというのはよほどのことだ。それが分かっている葉月は力強く答えた。

「分かった。任せて」

 ようやく、向井以外にも味方を得た。少しだけ落ち着いたひかるは、自分の作業に没頭することができた。


 この日の午後には、ひかるの痕跡は、インターネット上から消えていた。唯一残したのはLINEだけだ。LINEでつながっているのは家族や親しい友人だけだ。彼ら彼女らが、ひかるのIDを外部に漏らすことはないだろう。

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