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第六章 烈火 3

 一方、帰宅したひかるも、すぐにパソコンの前に座った。食事も取らず、着替えすらしていない。

「向井さんにはネットを見るなって言われたけど」

 言われたけれど、こちらにもフェイスブックやインスタグラム、ツイッターやスカイプ、LINEなどいろいろなアカウントがある。もちろんゲーム機だってインターネットに繋いでいる以上、自分のアカウントがある。それらが一体どうなっているのか。もしかしたら友人や家族に迷惑が及んでいるかもしれない。自分のアカウントを向井が全て知っているわけでもない。何がどうなっているか自分の目でも確かめなければならなかった。

 パソコンを起動し、インターネットブラウザを開く。

「うわあ……」

 恐る恐る「#A山を許さない」で検索すると、ひかるへの悪意は烈火のごとく吹き荒れていた。

「A山ってヤツ、どんな顔してプランナーとか名乗ってんの?」

「SNSが発達した昨今、特定されるのは早いんだから、このA山ってプランナーは逃げられないと思う。転職することになるだろうけど、まずは出てきて誠心誠意謝るべき」

「被害者ご夫婦が報われる日が早く来ますように。A山は死ね」


 最初こそ「A山」とぼかされていたようだが「A山を特定しろ」「どんな顔をしてるんだ」「青山っていうプランナーなら在籍してる模様」「青山って女がハルモニアの公式ホームページに載ってた」と、彼ら彼女らの好奇心は凶暴なまでに膨れ上がり疾走し始める。おそらくは知らない者同士のはずだが、リアルタイムかつ共通の話題に触れ、連帯感が生まれている。そんな中で、ひかるの個人情報は、まるで安物のおもちゃのように乱暴に扱われていった。

「こいつのインスタグラムを特定した」

「フェイスブックも特定したぞ。結構年配だな」

 この直後、顔写真は載せていなかったものの実名で使用していたインスタグラムとフェイスブックにダイレクトメールが届き始めた。スマホがブブ、ブブ、と震え始める。

 ところが、情報検索の猛者を気取った輩が、ついにひかるの顔写真を特定した。

「こいつだ! 顔写真判明! お前らだまされるな、フェイスブックで使ってる写真は別人だ」

 その後、ひかるが社内表彰された時の写真が、モニターに映し出された。

「すごいなどうやったんだ?」

「ハルモニア仙台で結婚式を挙げた人の写真をしらみつぶしにして、そこに写ってるプランナーの名札を解析した」

「絶対、新婦への嫉妬に決まってる」

「おーい青山、インスタグラムにコメント出せよ。こんな騒ぎを起こして、見てるはずだろう」

 ひかるの顔写真がツイッターに出回ると同時に、ダイレクトメールは急激にその数を増した。ひかるのスマホは壊れたアラームのように鳴動し続ける。ブブブブブブブブ……。


「うわあああ!」

 昼間はじっくり見られなかったが、ここまで「自分の存在」が悪意を持って晒されるとは、昨日までは思ってもみなかった。これはまずい。身バレしない程度のフェイクを交えた上司の愚痴、友達に対してふざけて「バカだ」「アホだ」と書いたコメント……友人知人であれば笑って読み流す文章が、見ず知らずの者たちによって「青山ひかるなる人物は悪人だ」という材料に使われ始めた。「きっと」「多分」「だろう」「はずだ」でひかるの人物像が出来上がっていく。そして、焼き尽くされていく。

「駄目だ、これは駄目だ!」

 ひかるはインスタグラムとフェイスブックから、自分のアカウントを消し去った。それがどういう結果を招くかは分からない。それでも自分の私生活がどんどん侵食されていくのを見ているのが怖かった。ものの数分で、ネット上の彼女の存在は消えた。急いでパソコンの電源を落とした。

 ツイッターなどのSNSが一番活発なのは、早朝から夕方だと聞く。夜、皆が夕食を終えて一息ついているであろうこの時間帯は、実はそこまで盛況ではないはずで、それでもこのありさまだ。明日には一体どうなっていることか。親しい友人からであろうLINEの通知すら恐ろしくなり、ひかるはスマホの電源を切った。

 音も振動も無くなった部屋の片隅にへたり込む。この部屋はこんなに静かだっただろうか。ひかるはまんじりともせず、夜を過ごした。

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