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第六章 烈火 1

「今日も蒸し暑いなあ」

 六月二十八日。今日はウィークデーだしそんなに忙しくもならないだろう。受付カウンターで書類を整えていると、隣のブースにいた麻衣が大森に呼び出された。結婚式でハルモニア仙台を利用した客が書いた「利用者の声」がレビューサイト「イクシーズ」にが届いものの、その内容が少しネガティブなものらしい。そこでイクシーズ運営会社から「掲載しますか?」と確認が入ったのだ。

「ちょっと大森さんと話してくる」

 そう言って席を外した麻衣が戻ってきたのは、たっぷり二時間ほどもしてからだった。

「例の肥後さんからの感想が届いたみたい。ほぼ苦情みたいなものだけど」

 ただ、かなり内容が偏っているように見受けられたため、麻衣としては「イクシーズへの掲載は断るべき」と進言したが、社としては「人の口に戸は立てられぬ」「人の噂も七十五日」ということで掲載に踏み切る、ということだった。

「美濃さん、かなりやらかしてたみたいですけど、そんなレビューが出るのを許して、大丈夫でしょうか」

「どうかしらね……でももう会社は決めたみたいだから」

 ひかると話している間、麻衣は整えられた眉を終始ひそめていた。


 七月三日。ひかるはいつもの電車、いつものルートで出勤していた。

 そろそろ会社に着こうかというころになって、急にバッグの中のスマートフォンが鳴動し始めた。

「LINEかな……違う、ハルモニアの公式インスタからの通知だ」

 バイブレーションの鳴動パターンから、それが分かった。向井に頼んでスマホの振動パターンを、自分用と会社用で別々に設定してもらったのだ。

 ハルモニア仙台は、公式のインスタグラムを開設している。式場の様子や新婦のドレス姿を週に一回程度、写真で紹介するのだ。インスタグラムのようなSNSは、ブランディングのツールとして今や必需品になっている。ひかるたちも交代で、自分たちの奮闘ぶりや、お客さまの幸せそうな姿など(顔を伏せ、許可を得た上で)を掲載している。「いいね」の数は、そのままモチベーションに繋がるものだ。

「今週、何のお知らせを掲載したのかな? リアクションが多い……え……何……?」

 携帯の鳴動が止まらない。どうやらインスタグラムにコメントやダイレクトメールが次々と届いているのだ。その通知が鳴り止まない。普段は数件のコメントや「いいね」が届くだけなのに。ブブ、ブブ、ブブ、ブブ……。

「何なに何?」

 フロントには苦情の電話が入っているようだ。お詫びの言葉が聞こえてくる。一体何が……ひかるは鳴り続けるスマホを握りしめて、小走りで事務所に入っていった。周囲の物々しい様子に不安を禁じ得ない。

「あの、これ、何ですか……?」

 すでに出勤し、制服に隙無く身を包んだ麻衣が答える。

「青山、今日はいいから、とりあえず衣装室に行ってなさい」

「はい……でも」

「いいから。早く」

 麻衣は反論を許さなかった。当然、事情の説明もない。バッグを置いたひかるは、とにかく衣装室へと向かった。


「青山さん、大変ねえ。インターネットのことはよく分からないけど、来生さんから連絡を受けてるから。しばらくここに居な」

「すみません、おじゃまします」

 年配女性スタッフ・堂島が鷹揚に迎えてくれたが、左手に握りしめたスマホと頭の中の警報は鳴り止まない。

 部屋の隅の丸いすに座り、ようやくスマホの画面を見た。

「何だこれは……」


「ハルモニアは最悪だ」

「どう控えめに言っても『惨劇』」

「あの夫婦に謝れ」

「A山はすぐ謝罪しろ」

「A山、死んで詫びろ」


 震え続けるスマートフォンから吐き出され続けるのは、ハルモニアに対する呪詛にも似た非難の数々だった。

「な、一体何事……?」

 え? 待って。「A山は謝罪しろ」「A山は死んで詫びろ」って何? A山ってあたしじゃないか?

 寄せられたコメントやダイレクトメールをさかのぼって見てみると、皆が皆「A山を許さない」を合言葉に、ネガティブな言葉をぶつけてきている。「誰が一番、文字でひかるを傷付けられるか」を競い合っているかのようだ。

 涙が溢れてきた。怖い。分からない。ただただ画面の向こうで自分をなじってくる者たちからの憎悪を、受け止めきれないでいた。私が何をした? 怖い、怖い、怖い。

 ひかるは衣装室を飛び出した。


「向井さん、これ、これ……!」

 泣きながらひかるが飛び込んだのは、企画部だった。向井はモニターにインスタグラムやツイッターの画面を広げ、せわしなくマウスを動かしていた。

 ひかるの手にあるスマホは、いまだ震え続けている。

「大丈夫大丈夫、分かってる。事態はだいたいつかんだよ。大丈夫」

 とにかく大丈夫、と繰り返す向井の言葉に少しだけ安心したひかるは、ついに号泣し始めた。そんなひかるを自分の隣に座らせ、向井は自分のデスクにもたれるように腰を掛けた。

 ひかるの嗚咽は、たっぷり三十分は続いた。

「スマホが鳴り止まないね。電源切っちゃおう」

 泣き疲れて少し落ち着いたところで、向井がひかるのスマホをゆっくり取り上げた。

「こないだの肥後夫妻が、週末に自分たちの式で起こったことを掲示板『イクシーズ』に書き込んだんだ。そこから何かに火が付いたみたいで、急にハルモニアへのアクセスが増え始めた」

「ああ、肥後さんの……」

「うん、それでね。落ち着いて聞いて。どうやら炎上したのは青山さん、キミみたいだ」

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