第四章 連鎖 7
二十二日夜、披露宴後。ハルモニアの会議室では支配人の高橋、婚礼部からは大森と美濃が、肥後夫妻の前に座っていた。
怒り心頭の修平は、うまく言葉を選べなかった。
「一年間、楽しみにしてきたのに、なぜこんなことになったんですか? 試食会の時、うちの両親もいる前で高橋さんに『接客には絶対の自信があります』って言われたから信頼してたのに」
「本当に申し訳ございません」
高橋は美濃と大森からある程度の報告は受けているが、すべてを把握しているわけではない。そもそも結婚式の業務にそこまで詳しいわけでもなく、とにかく彼としては、ここでは頭を下げるしかなかった。
「とにかく、一度全部書き出して、きっちりと説明してもらいます。ホテル側の誠意を見せてください」
修平の言葉が、エアコンで冷えた部屋に響く。高橋と大森は押し黙り、美濃はすでに涙を流し鼻をすすっている。
「本当にすみませんでした。詩絵里さんの旧姓を伏せることは知っていましたが、印刷物、案内板に書かなければいいのかな、って。開式宣言で司会者が呼んだり言ったりする分にはいいのかなって、理解してて」
「そんなわけないでしょう! 旧姓には絶対触れたくなかったんです!」
「ちょっと司会者さんをかばうと、そんなわけ、なくはないんだな。だってご本人たち、招待状とかでは奥さんの旧姓をずーっと出してるんだもん。まあでも、美濃さんが司会者さんにちゃんと伝えてなかったことは、どうにも言い訳できないけどね」
式場側の三人、特に美濃は、ひたすら頭を下げる。
「本当にすみません」
これまでのらりくらりとかわしてきたが、このときばかりは修平に圧倒され、怒りを受け止めるしかなかった。
美濃の嗚咽はますます大きくなり、夫妻はついつい憐れみを感じ始めた。高橋が言葉を挟む。
「本当に今回の失態は許されるものではありません。ただ、本当に美濃も精いっぱいやったんです。どうも、もう一人の担当・青山との連携がうまくいかなかったようで。これはハルモニア仙台全体で追うべき責任です。美濃だけを責めないでやってください」
「青山さんはどういうポジションだったんですか?」
「何と言いますか、美濃がお二人の前に立っておりましたが、青山は最初の担当ですから……美濃のご提示した物や事などは、すべて最終的には彼女が確認する立場に、とでも言いましょうか」
「二人体制で」という高橋の説明は、事実とは異なるものだった。彼は単に、矛先を分散することでこの場をしのごうとしたのだ。しかしこれが下策だった。個人名を出されたひかるなど、たまったものではない。
「うまく進められず、申し訳ございませんでした……」
自分より年上の美濃に涙を流して謝られるのは、修平としても居心地が良いものではなかった。
「美濃さんにはこうして謝ってもらってますが、とにかく、僕たちも信頼できる人を交えて、話し合ってきます。次は青山さんにも会わせてもらいますから」
さすがに「それはちょっと」とは言えず、高橋は大森に向かって言った。
「婚礼部で、誠心誠意、お話を受け止めていきましょう」
「はい」
ハルモニア内にはあるが、婚礼部はウェディング・ワールド社の傘下だ。「ハルモニア本体を逃がしたな」。大森は高橋の立ち回りに舌を巻いた。
「細部を担当スタッフたちに確認し、なるべく早い段階で改めてお詫びとご説明に上がります。少しだけお時間をください」
「分かりました。僕たちだけでは何ですので、第三者、というわけではないですが今日参列してくれた友人にも同席してもらいます。よろしいですよね」
「もちろんです。今日はお疲れでもあるでしょうし、近日中に、必ずお伺いいたしますので」
夫婦がホテルの部屋へと引き取った後、大森と高橋は会議室のテレビで写真部が撮影した披露宴ムービーを見始めた。
「手巻き寿司の配膳の様子は、映像では分かりませんね」
「細かい部分は明日検証しよう。ご夫妻が言っていた友人というのは……この人かな」
「そのようですね」
残業を終え、帰り支度をしたひかるが会議室の前を通りかかったのは、ちょうどその友人が映った瞬間だった。
「お先です……」
声を掛けて良いものかどうか迷いつつ開いたままの扉から、ひかるは二人に挨拶をした。
「おお、青山。今日はお疲れさん」
大森はムービーを止める。
「お疲れさま……ああ肥後さんの。それ肥後さんのムービーですか?」
「うん、ちょっといろいろあったからね」
静止した画面には、賑やかそうな披露宴会場が映っている。歩いている者、隣の人と笑い合っている者、おめかしした子供たち。そして、うつむき加減でスマホを触っている、女。
「……お先に失礼します」
「また明日もよろしくな」
嵐のような一日が、こうして終わった。しかし、と大森は高橋の横顔を盗み見る。その場しのぎとはいえ青山の名前を出されたのはまずかった。まずかったが、先のことは明日以降に考えよう。客商売に苦労はつきものだ。これまでもそうだった。そう、これまでは。




