第四章 連鎖 2
六月二十二日の午前中。ハルモニアに訪れた参列者は、フロントに集まり始めていた。駐車料金は? 荷物はどうすれば? 着替えはどこで? フロントスタッフと、小さい列を成した客の間でやりとりが行われる。
「結婚式にご参列のお客さまは、駐車料金はサービスになっております」
「駐車券をもらえばいいの?」
「髪のセット、お願いしたいんだけど」
「ご案内します」
慌ただしい。
広いロビーには案内の者もいるが「トイレはどこ?」「喫煙所は?」「席の感じを見たいんですけど」との声にあちらへこちらへと歩き回ることになり、持ち場を離れることも多かった。そこに新たにやって来た客は、肥後夫妻の会場案内行灯を見つけられず、また、案内スタッフを見つけることもできず、イライラすることに。
「俺らの席、どこですかあ?」
新郎の友人数人が受付に群がった。柄がいいとは言いにくいその口調に、スタッフたちは、気取られることなく身構える。
「後ほど席次表をお配りします」
「いやあ、先に知りたいんです。気まずいやつの隣だったら嫌じゃないですか」
この瞬間、ロビーにいる職員たちは皆、脳内の警報を鳴らし始めた。今日のお客さまは難しい、と。
「少々お待ちください」
受付スタッフは短く答えた。やり取りを見ていた別のスタッフが、席次表を持って戻ってきた。
「間もなく記念撮影です。あと二十分ほどしましたら、会場前にお集まりください」
彼らはプロらしく笑顔を作り、座席表を配り始めた。
一方、早くから来場していた夫妻は、披露宴会場の飾り付けのため、ミノアの間に入っていた。自分たちの事情でいろいろ制約があるとはいえ、参列者である友人たちをもてなしたい、というのは以前から言っていたことだ。先週になって美濃から「飾り付けの量は控えめにしてください」と連絡があったことに多少疑問を感じなくもなかったが、そんなものなのだろうか。ともかく、大小いくつも持ち込みんだ「くまさん」のぬいぐるみを、せっせと並べていく。
披露宴担当の高円寺とアルバイトの女性がパタパタと動き回る。
「受付の大きいぬいぐるみは、披露宴のパーティーが始まったら新郎新婦席の隣に移動させるんですよね? 右、左、どちらに置くの? ちょっとこれじゃあ全然分からないんだけど!」
しかしどうにも美濃の指示は鈍い。新郎新婦がいるにもかかわらず張り上げられた高円寺の怒声は、通路にまで響いた。たまたまその声を聞いたひかるは、急いで参戦した。
「五分ほど手が空いたので! 手伝いますよ」
飾り付けの図面を探す。壁に張られていない。机にも、ない。
「図面どうしました?」
「メモなら……」
「メモ……?」
本来、打ち合わせで最も時間を割くはずの「披露宴会場の飾り付けとその段取り」。紙面に細かくぬいぐるみなどのアイテム配置や動線が書き込まれているはずだった。スタッフはその図面を頼りに設営を進めるのだ。しかし美濃は、この図面を作らず、簡単なメモ書きで済ませていた。
美濃が後輩ならしかり飛ばしているところだが、時間がない。それに幸い、ミノアはそこまで大きな会場でもない。ひかるや高円寺は、新婦に判断を委ねた。ただ、あれだけ打ち合わせをしていたはずなのに、何をどう飾り付けるかは新郎新婦側でも把握していないようだった。
「このぬいぐるみ、どこに置きます? こっちに飾るとソファーが映えてかわいいですよ」
「風船は頭の高さまでくるようにしましょうか、とても素敵ですよ」
何を思っているのか全体を眺めるように立っている美濃。彼以外のスタッフたちは、新郎新婦の希望を聞きながら、手際よくアイテム類を配置していった。
「あとはお花が入って、完成ですね」
「ご希望のフラワーボックスは、Lサイズのものがこことここ、Sサイズのものがこことここ、そしてここに置かれます」
美濃は取り繕うように饒舌になった。その甲斐あってか、修平たちは彼の雑な仕事ぶりに気付くこともなく、満足げに次の予定である「記念撮影」へと向かった。
たった五分しかその場にいなかったひかるだが、不安を感じるには十分な三百秒だった。
受付の終了後、そして飾り付けの終了後、参列者と新郎新婦が合流し、記念撮影が行われた。
「プランナーさんに聞いていたのと立ち位置が逆ですけど」
「いえ、その位置で大丈夫です」
フォトグラファーと新郎の間で短いやりとりがあった。全くもって、美濃のエラーは悪い意味で隅々まで行き届いている。
そうして、いよいよ式が始まる。ところが、なぜかチャペルへの案内は遅れた。客の中からはひそひそと声が漏れ始めた。
「先にこっちが受付をしたのに、どうしてあっちの式の人たちが先なんだ?」
チャペルの隣にある神前式用の神殿でも別のカップルが式を挙げるのだが、そちらの参列者たちが先に入場していくではないか。もちろん「早い者勝ち」ではないが、待たされている客が納得できないのは当然のことだろう。「先に席を教えてくれ、気まずいやつの隣は嫌だ」などと言っていた友人たちを思い出し、現場スタッフたちは「ただでさえ人手が少ないのに、一体どうなっているんだ」と、美濃の手際の悪さを呪った。




