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第三章 火種 7

「来生から聞いた」

 ミーティングで、大森が妙に静かな口調で話し始めた。

「美濃、発注が一カ月前、確認が一週間前と三日前だろ。こんなんじゃ事故が起こるぞ、何をしてるんだ。青山、サンキューな」

「いえ」

「一度ちゃんと美濃さんに責任取ってもらいましょうよ。婚礼部はお客さんとじかにつながる部署ですよ、会社も適材適所の意味が分かるでしょ」

「藤田、そういうのは後にしろ。美濃、ほかに抜かりはないかご夫妻に再確認しろ。責任を持って事故なくやり遂げるんだ。みんなも自分の案件を再確認してくれ。『慣れ』で進めるんじゃないぞ」

「この後は大丈夫だと思います」

 美濃の危機感のなさが本当に恐ろしい。何なんだろう、この怪物じみたメンタルは。ひかるが割って入る。

「私も美濃さんと一緒に打ち合わせに行きましょうか」

「ダメだ。前も言ったが、そういうことをするとお客さんが不信感を抱きかねない。担当は一体どちらなんですか、青山さんの方が良かった、となると美濃の顔を潰すことにもなる。お前のポジションは、美濃からヘルプ依頼があった時のフォローだからな」

「アイテムなどの発注は無理を聞いてもらいました。ペーパー類も間に合わせてくれるそうです」

「分かった、来生もサンキューな。じゃあとりあえず皆、抱えてる仕事もあるだろうからそっちに掛かってくれ」

 嫌な空気の事務所から先頭を切って逃げ出したのは、ほのかだった。

 しかし大森のデスクの前から、麻衣だけは動かない。

「あの時、私も藤田さんも言いましたが、やはり美濃さんはこの部署に向いていません。担当者としての意識の薄さもさることながら、報告やトラブルを隠されては対応のしようがありません」

「社内の政治はいろいろあるんだよ、分かってくれとは言わないが、知っててくれ」

「これから二週間、マネージャーの方で美濃さんの管理を徹底してください。お客さまにご迷惑をお掛けするわけにはいきませんので」

「分かってる」

 とは言いつつも、大森もサブチーフたちもプランナーたちも、人手のない中で毎日忙殺されていった。それは婚礼部だけではなく、企画部もレストラン部も、そして披露宴の配膳や引き出物のお世話をするサービス部も同じだった。


 サービス部チーフ・高円寺秀子とプランナー美濃の組み合わせは相性が悪い、というのは現場での共通認識だった。ハルモニアの婚礼部はウェディング・ワールド社の傘下で、サービス部はまた別のグループ会社だということも、有機的なつながりを阻害している要因だったかもしれない。

 六月十九日、式の三日前の確認ミーティングでも、二人のやりとりはどうも空回りしていた。念押しのように高円寺が確認事項を読み上げる。

「ビッグスプーンなどの使用アイテム類のいくつかは前日納品で聞いています。料理の順番はこうなっています。引き出物の発注が遅かったようですが、今日これからお菓子の納品です。お菓子を頼んだこちらの会社は、あまりお付き合いのないところですね」

「僕も頼んだのは初めてですね」

「特別メニューとして、コース以外に手巻き寿司のリクエストを頂いてます。順番はどこで出しますか?」

「どのタイミングで、とは言われてないなあ。お任せします」

「先方に確認だけは入れておいてください、何かあっては困るんですよ」

「当日聞いておきます」


「美濃は相変わらずダメ、いつも細部があやふやだ。なのに話が長い」

 ミーティングの後、倉庫室に向かう高円寺は、イライラしていた。高円寺は気分のムラが大きいタイプで、美濃やほのかと組んだ時は、いつも不機嫌だ。サービス部はアルバイトが主戦力だけに、事前にマニュアルはしっかり組まなければならない。そのため、ミーティング時に頼りない答えを返す美濃とほのかに対しては、特に当たりが厳しいのだ。婚礼部から言わせれば「サービス部からも何か提案してくれてもいいじゃないか」ということになるのだが。

 その点、ひかるだけはその性格もあって「新郎新婦も決めかねててこちらも迷ってるんですが、何かいい案はないですか?」と素直に聞いてくるので、高円寺は彼女のことだけは気に入っているようだった。

「美濃さんのところのお菓子、届きました」

 倉庫に到着したその時、引き出物の焼き菓子が届いたようで、アルバイトの女性が三段ワゴンで運んできた。二段目、三段目に焼き菓子が入ったダンボールが収まっている。これから、事前に届いていたカタログギフトブックと縁起物を、このお菓子とワンセットにして紙袋に詰める作業だ。高円寺は、手にした書類の作業担当者名の欄にアルバイト女性の名前を書き込みながら時計を見た。

「ここ任せていい? 婚礼部との打ち合わせがちょっと長引いて、すぐにレストラン部との打ち合わせに行かないと。納品書は?」

「え、どこでしょうか……。ああ、一番上のダンボールに張ってありました。ここに置いておきます」

 ワゴンの一番上に、アルバイトが置いた。いつも納品書は配達時に手渡されるのだが、いつもとは違うこうした小さなやり取りすら、美濃に時間を奪われたようで腹立たしい。

 アルバイトに作業を任せ、高円寺は小走りで出ていった。残されたアルバイトは黙々と袋詰めに没頭した。一時間もすれば、ワゴンは空っぽになっていた。最上段にあるはずの、納品書も含めて。

 倉庫とサービス部は大騒ぎになったが、納品書はついに見つからなかった。

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