第三章 火種 5
マネージャーの大森を中心とした毎週のミーティング。麻衣とひかるは仮契約の進行状況を中心に、千夏とほのか、美濃は、それぞれ担当する婚礼のプランについて、問題点の有無などを報告していく。ほのかが担当するカップルを怒らせたらしい。
うつむくほのかの隣に立っていたひかるは、唯一の後輩を肘でつついて言う。
「一緒に謝りに行こっか」
「青山、頼むな」
大森にとっては、面倒見のいいひかるの存在はありがたかった。実際、ひかるが一緒に謝りに行くと、まず間違いなく怒りが収まる……どころか、なぜか今まで以上に雰囲気が良くなることも多いのだ。
「美濃、肥後夫妻の件はその後どうだ? 今のところ、人数縮小から会場変更、あと祝電読み上げもNGだったな」
「『ウェスト(WEST)』もお使いいただけなくて招待状も手書き名簿から起こしているので、少し時間を取りました。でも今は、うまく、はい。進んでいます」
ウェストとは結婚式用に提供されているシステムで、ひかるもよく覚えていないが「ウェディング・エスコート・システムズ」か何かの略らしい。要は参列者への招待状や引き出物の送り先、席順などを一括で管理するためのものだ。最初にいろいろとデータ入力が必要ではあるが、一度打ち込んでしまえば、以降の新郎新婦の負担はかなり軽減する。今や多くの新郎新婦にとって、なくてはならない代物だ。
「今回もウェストを使ってないの? 参列者は少ないそうですけど、それでも使った方が安心でしょう」
「お二人とも、機械が、苦手のようで、はい」
機械が苦手なのは実は美濃自身だ、と誰もが知っていた。そのため、新郎新婦が少しでもウェストへの打ち込みを敬遠する素振りがあれば、美濃も積極的に利用を促さないのだった。
麻衣の「今回も使ってないの?」は「そろそろ苦手意識をなくしなさい」という、美濃への注意の意味合いを多分に含んでいた。
ホワイトボードに書かれる美濃の予定から察するに、通常の五倍ほどの打ち合わせ回数をこなしている肥後夫妻のブライダル。ウェストの件はさておき、それ以外に特に大きなトラブルも聞こえてくることなく、ひかるも少し安心していた。どうやらうまくいきそうだ。
しかし結婚式まであと少し、五月も下旬に差しかかったところでサブリーダー・千夏が気付いた。
「そういえば美濃さん。肥後夫妻の原簿確認だけど、まだ提出してなくない? 来生に出したのならいいけど」
各プランナーは、担当する式の原簿を一カ月間にサブリーダーに確認してもらうことになっている。肥後夫妻の原簿確認は、そろそろ締め切りを過ぎようとしていた。しかし焦るふうでもなく、美濃は答えた。
「まだご夫婦が決めきれてない部分も多くて、司会者さんとの打ち合わせが進んでないんだ。あと少しで出すよ」
「あんまり遅いともう見ないよ? それでもいいの? 事故ったら、あんたじゃ責任取れないよ」
千夏の言う事故。それは式・披露宴での「大きなトラブル」を指している。
「千夏さんからも注意が入ってたから『まあ大丈夫だろう』って、油断したっちゃ油断したかなあ。まさか五月末の段階で『披露宴進行』の書類がほとんど埋まってないなんて、普通、考えられない。その後の美濃さんとの雑談とかミーティングの中でも特にトラブル報告やら相談もなかったし、あたしも仕事を抱えてるし……。難しいお客さんだとは思ってたけど、もう少し情報共有できてれば、また違った結果だったかもしれない」




