第三章 火種 3
「もうさ、ほのかちゃんなんて大森さんの大声とか陛下のきつい言い方とかに怯えちゃってて。美濃さんのミスが重なるたびに事務所の空気も重くなっていったんだよね。正直、肥後さん夫妻はちょっとデリケートなところがあって、例えば一般的には新郎のタキシード選びなんかは三十分とか一時間で終わるんだけど、修平さんの場合は四時間、あれもこれも、って。詩絵里さんも、来られる回数が多い割には、何かこう、楽しそうじゃなくて。笑わないんだよね」
人間の性格や仕事のクオリティーが急に向上することはない。美濃のミスは一度や二度では済まなかった。ほのか、千夏も一度ずつ肥後夫妻の話し相手=場つなぎに動員されていた。もはや恒例となりつつある美濃のミスに、その都度麻衣や大森からの叱責が飛ぶ。
「何度注意させるんだ。いい加減、自分の予定ぐらいきちんと管理しろ」
「リスケはかまいません、このホワイトボードは皆の予定を共有するためにあるんです。どうしても打ち合わせに入れないならここに書いてヘルプを求める決まりでしょう」
ひかるが信じられないのは、こういう場合の美濃の態度だ。
「すみません……。自分の予定表には入ってなくて。衣装部の打ち合わせに肥後さんの名前があったので、急に」
どこか他人事だ。美濃の言葉に大森の声はさらに大きくなる。
「自分の予定表に書いてないって、お前が書き忘れただけだろう。衣装部の打ち合わせ? それはお前との打ち合わせ予定に合わせて衣装部が後から入れたものだろうが!」
「今回もヤバいね美濃……」
デスクに座っている千夏が、ひかるに聞こえる程度の小声で言う。式や披露宴で大きなトラブルが起こるなど、あってはならない。ひかるにとっては自分が営業の末に契約を取ったカップルだ、ぜひともすてきな式にしてほしいが、どうにも美濃自身の当事者意識が薄すぎる。何をどう聞いても、現状が今ひとつ伝わってこない。これではフォローの手からいろいろなことが滑り落ちそうだ。
一方で「担当は美濃だから出しゃばるな」という大森からの再度のお達しもあって、身動きの取りにくい状態が続いた。




