第二章 組織 4
十一月。冷える季節になっていた。肥後夫妻の住んでいる地区では、雪が舞ってもおかしくない時期だ。
「肥後さんご夫妻、大丈夫? 今日もお見えだったけど、多くない?」
もう一人の新規班、来生麻衣が美濃に声を掛けた。麻衣は三十二歳と美濃より年下だが、アルバイト時代からのキャリアもあって、大森の下でサブリーダーを務めている。
「ええ、何とか、進んでいます」
麻衣の言葉を聞くまでもなく、ひかるもそう感じていた。打ち合わせのペースが少々早い。
「ウチは『丁寧さ』が売りだし、それに肥後さんが住んでるのは雪が深い地域で冬場は来られないから、早めに始めました」
美濃が答えた。
実際、仮契約の際に「冬場は雪のために来られない」という話題が出ていた。だから美濃の言葉に少し予感めいたものを感じながらも「確かに」とひかるは自分を納得させた。
「丁寧に進めるのは結構なことだけど、ご夫妻は三時間以上もかけて、しかも雪の中を来られるんでしょう? お二人のご負担も考えるように」
美濃は黙るしかなかった。
二〇一九年の五月に挙式予定で、招待状の打ち合わせが今月すでに二回目。六月の顔合わせを含めればすでに、思い付くだけで六回目だ。きっとほかにもあっただろう。通常、式直前までの打ち合わせは五回程度。もちろん、カップルの性格や希望内容に合わせて、多少回数を増やして距離感を詰めることもあるが。
打ち合わせ以外にも精力的に来館する肥後夫妻。月に一度、ハルモニア仙台が開催するブライダルフェアでは、すでに常連だ。
「お二人も遊び感覚なんですかねー。フェアでは必ずと言っていいほどお見かけします」
空気を読んでか読まずか、ほのかが言う。
「楽しみなんだよ。結婚式に対する価値は人それぞれだし、ほのかちゃんも相手ができればいろいろ分かるかもよ」
「衣装合わせの回数もかなり増えてるみたいですよ」
「あんまり失礼に当たる言い方はしないように。納得がいくドレスを見つけてもらいましょう、それが一番。それより青山もほのかちゃんも、書類が出てないよ。原簿提出は一カ月前だと言ってあるでしょう。研修ノートを見なさい」
「すみません」
釘を刺す形で、麻衣は雑談の場を締めた。
結婚式を心待ちにするカップルにとって、おそらく大切な日であるクリスマスも、肥後夫妻は来館して美濃と打ち合わせをしていた。ひかるも顔を合わせるたびに挨拶を交わしていたが、このペースと、そして担当の美濃。一体、何を話し合っているのだろうか。不安は少しずつ大きくなる。
そして年が改まって二〇一九年一月始め。ひかるは大森に呼ばれた。
「佐々木さん夫妻、いるだろ。お前が契約取って、美濃が担当しているあのお二人。あちらが『美濃さんじゃなく、受け付けしてくれた青山さんに最後まで担当してほしい』と言ってきたんだ。どうだ?」
「今からですか? 日程的にまだ余裕もあるし、ご指名ならやらせていただきたいです」
大森は言葉にしないが、美濃との打ち合わせで「前回話したことが通じていない」ということが幾度もあり、カップル側が不安を覚えたようだ。
「これ、お二人の原簿。渡しておこう」
「サプライズ内容も演出もほとんど決まってますね。大丈夫です、いけます」
ふと、もう一方のカップルのことが気になった。
「肥後さんのところ、順調でしょうか」
「気になるか? でもあんまり前に出るなよ。お前は受付担当。美濃もあれで一人前のプランナーなんだ。お前が前に出て、肥後夫妻まで『やっぱり美濃さんより青山さんに担当してもらいたい』ってなると、ちょっと困るんだよ。やっていいのはフォローだけだぞ。ただでさえ……」
「分かってます。でも、ちょっと気にかけておきます」
大きい会社はこういうところがもどかしい。
フォローと言っても、何かあった時の手伝い、調べ物などが中心だ。
「美濃さん、順調に進んでますか?」
「ああ大丈夫大丈夫。打ち合わせもしっかり重ねてるし」
麻衣が割って入る。
「美濃さん。肥後夫妻の招待状の内容確認、書類にお二人の名字しか入ってなかったよ。フルネームで書く決まりでしょう。気を付けて」
「やっぱ心配だよー」
帰宅後のゲーム中、集まったフレンドたちにこぼす。
「どうしたどうした」
「また会社?」
「給料分だけ働こうぜ」
そうだそうだ、フォローだけはしっかりすればいいんだ。皆の声で気分を切り替え、ゲーム内で銃を撃つ。……外れる。
「当たらないんだけど! やっぱり気分が乗らないわ!」
「いやいつもどおり」
「そのとおり」
「通常運転」
コミュニティーも、通常運転だった。




