06
魔法の無い世界に転生して06
トムは魔獸肉のお土産を持って、エリカのもとに帰ってきた。「随分、よごれたのね、傷の治療をしましょうね。」エリカはやさしくトムを浴室につれていくと、傷口を丁寧に洗い、大きな傷から治療をしていく。魔獸の爪痕が深くトムの体をえぐっている。「いたそうね。」「大丈夫です。姉さん。」ここは人間の世界で、魔法もない世界だが、エリカの医療術は神であるエリカの神威による恩恵もあり、傷ひとつなく、治療を出来る。トムにはそこまでの技術はない。神と、神のけんぞく神との差であるかも知れない。
「なにか、収穫があった?」エリカの問いに、「手品で魔獸を二匹、倒してきました。」という。やさしくトムの体を抱き締めて、「おもしろそうだね。」と姉はほほえむ。トムは、はにかみながらも、「まだまだ未熟です。」でも、という顔をして、「手品は、まだまだ応用ができます。」確信に満ちた顔つきで語る。
トムは誰かが話しかけてきたような気がした。ふと姉のお腹のほうを見る。姉が面白そうに、トムをみて笑う。「あなたの妹が話しかけてきたのよ。」トムが声に出して、姉のお腹にはなしかける。「こんにちは、えぇと、僕がきみの兄さんのトムだ。よろしくな。」すると明瞭な声で、「こんにちは、お兄さん。あと4ヶ月したらあえますから、そのときはやさしくしてね。」念話である。トムはびっくりした。姉のほうを、おそるおそる見る。「あなたの妹は天才なの。」
トムは狩りで得た、魔獸の肉を調理する。調理は自動人形に教わって、かなり熟練したが、もうひとつ上を目指したい。姉と一緒に、街の食堂を、勉強のため、いつも食べ歩いている。おいしいものがあると、その調理の再現のため、自動人形もふくめて、3人で何時間も研究する。再現できた時には、うれしくってレシピ帳面にかきとめる。調理場のかまどの火は、鍛冶場の火とは違うが、どちらもトムは好きだ。鍛冶場の火は心のなかの炎、一人で見る火。調理場の火は家庭の暖かな火、家族と見る火。
姉は音楽家の指導をうけてピアノを習っている。トムが進めたのだ。トムもバイオリンを習っている。これから産まれる妹にはチェロを習わせる積もりだ。家で歌劇を3人で演じてもよい。トムが姉のピアノ演奏を嬉しそうにみる。姉もトムに微笑みかけてくれる。
騎士団が魔獸の間引き討伐に出発する。トムも調理師兼医師として同行する。食用になる魔獸は、おもにトムが狩る。姉のお腹には妹がいるため、自動人形も騎士団の手伝いにこれない。騎士団もトムがいるのと、いないのでは、安心感が違う。先頭が魔獸と遭遇した。出会い頭の遭遇で騎士団の何人かは重症を負った。「大丈夫か、」負傷者に騎士団のなかまが声をかける。トムが負傷者の傷をあらためる。大丈夫、かたわになることはない。トムがほっとする。傷口を切開して、血管を縫合する。切れた神経をつなぎあわせる。しばらくは使い物にならない。怪我人を後退させる。トムはこのまま騎士団と同行する。
昼飯は団で支給されたサンドイッチ、トムが野獣の肉を調理してスープを作る。薬草のハーブ入りなので、体が暖まる。団員はトムを頼りにしている。自分達の作る素人料理と違い、トムの作る料理は、簡単だが食堂で食べるような、素人ばなれしているところがある。「トムの作る料理を食うと、疲れがすっとんでいくよ。」「そういって貰えると、うれしいよ。」トムが照れる。トムも騎士団の訓練にはよく参加させてもらっている。
このまま魔獸の間引きを騎士団はつづける。トムと当番は宿泊地を設営して、夕食の準備をする。トムは常に魔獸の気配に注意しながら、包丁を動かす。大鍋に大量の肉を塩をいれて、煮込む。ものすごい悪臭がする。沸騰したお湯で一時間煮込み続けて、湯を捨て、ゴボウとニンジン、大根をいれて、味噌と醤油、みりん、酒、砂糖をいれて、長時間煮込む。もつ煮込みの出来上がりである。
夜間は交代で見張りを行う。この辺りは不思議と魔獸が出現しない。この辺りに自生する植物が魔獸を近づけないというが、確かなことがわからない。気を抜くことなく、トムも交代まで緊張して、任務につく。「トム、寒いな。」「トイレが近くってかなわない。」何でも喋っていると、眠気が飛んでいく。




