02
魔法のない世界に転生して02
新しい世界は人間がかろうじて魔獸と戦い、勝利を納めている世界だった。7つの大陸のうち人間が住んでいる大陸はひとつだけ。三つの王国が覇権を競っている。残念ながらこの世界には魔法は存在しなかった。
「みだれた世界ですね。」トムが率直に感想をのべる。歩く街道には死体がごろごろ転がっている。トムも自動人形も高貴な姫ぎみのお供という出で立ちである。前方に砦がある。「どうします、このままではエリカ様が砦の男たちにさらわれますね。」エリカはすばやく男に変身する。3人とも変身する。どう見ても貧しい商人の3人組である。
砦の私兵たちは、トムたちから、おかねを取れないと思ったのだろう。たいして注意を払われずに通り過ぎることができた。すすむたびに、むごい景色がみえる。見せしめだろう、木に吊るされた人間たち。それをむさぼり食う魔獸たち。いたるところにゆすり、たかりがある。「むごい世界ですね。」トムの感想である。「そうしなければ国が維持できないのでしょう。」トムはゆうつそうにエリカの言葉を聞く。
トムは村の商店の品揃えをみてまわる。世界をみてまわるのに、なにか仕事をしているほうが良いのかもしれない。三人にはおかねが無い。しかし自炊できないわけでばない。雨が降ればわずかに位相をずらした亜空間に身を置けばいい。回りの環境にかかわらず、大気も温度も湿度も最適化される。食料も本来、かみであるエリカやそのけんぞくであるトム、自動人形にはかならずしも必要ない。しかし食べる楽しみがある。食欲もある。
「姉さん、医者になりましょう。」トムの言葉にエリカもうなずいた。薬草を集めて医師としてこの世界を旅するのはわるくない。エリカは空間収納庫から医療に使う道具を取り出す。馬車を亜空間から取りだし、このあたりで使役している牛に馬車をひかせた。簡易な雨よけがされていて、なかに薬草を収納できる。馬車のなかで薬草の加工や、ばあいによっては、手術も可能である。少し窮屈であるが、大人3にんが寝ることも可能である。しかしそれは見てくれだけだ。なかは亜空間になっていて、いくらでも空間を拡大できる。「この世界では、医師の需要がおおそうですね。」
砦の前で止められた、「お前たちは医者か?」いかつい兵隊が顔をだす。「はい、医者です。」トムが短く答える。「怪我人がいる、治せ。」問答無用である。馬車を砦のなかにいれて、怪我人の多さにびっくりする。エリカはトムと思念を共有する。これでエリカの技能がそのままトムにも体験できる。技術を学ぶには、これ以上ない環境である。エリカは治療行為を見せながら、同時進行でトムに学ばせている。エリカがなにをやっているのか、くまもおとさず、よくわかる。エリカはトムに学ばせると同時に、トムの頭脳にひとつひとつの技術をリアルイメージとして刻み込んだ。
トムは、すぐに姉のもとを離れて、ひとりで兵隊の治療をはじめる。頭脳に医療技術のリアルイメージを刻まれた瞬間、すぐに同じ治療なら出来るようになる。
「トム。」姉がよんでいる。「来ました。」「いまからすることを、見ていてください。」姉が兵隊のからだをメスで切る。血管を繋ぎ、神経を繋ぐ。むごい傷跡が流れるような作業で治療されていく。切断された筋肉をつなぎあわせていく。切断された骨を整形してつなぎあわせる。「終わりました。トムは作業に戻って。」エリカはトムに医療技術を教え込んだのだ。
3にんが治療にあたったおかげで、短時間に治療を終えることができた。トムに疲労はなかった。女神が与えてくれたからだは強靭で、治癒力もたかい。徹夜で医療行為をしても疲れを覚えることはないだろう。姉も自動人形も疲れた様子はなかった。
この砦にすでに1週間いる。その間、トムは兵隊に武術をならった。すでに初級の武術をマスターしているトムは、瞬く間に実践的な戦い方を覚えた。トムは隊長より、戦場における野戦病院の設置をお願いされた。
女神は許可してくれた。三人で野戦病院に詰める。隊長の指揮は見事だった。このときトムは女神より、相手の意識と意識を共有する遣り方を教えてもらっていた。隊長がなにを考えて指揮を取っているのか、自分が指揮を取っているようにわかった。
戦いは砦の兵隊に利はなかった。圧倒的な数の敵に、徐々に後退せざるをえなかった。戦いは進撃するより、後退するほうが、はるかに難しい事をトムははじめて知った。むごい戦いになった。トムも弓を抱えて戦った。負傷兵を先に砦にいれる時間を稼がなければならない。
隊長が何を考えているか、トムにはよくわかる。夜、城壁にすわって、ひとり物思いにひたっている隊長の苦悩がわかる。降伏するか、砦に籠って玉砕するか、自分ひとりの死ではすまない。




