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転生  作者: まつ
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17

魔法のない世界に転生して17


 やっとトムは壁のてっぺんに手を掛けた。ここまで来るまで、ハーケンを打ち込んだり、足場になる岩棚、手がかりとなる岩、ひとつひとつを全て暗記している。いまならこの絶壁を使って、とんでもないもサーカスを演じることも出来る。


 おあつらいむきに飛行型魔獣が飛んできた。トムは伸縮性のあるロープを取り出す。この岩棚を使って、一世一代のサーカスを演じる。トムはヤル気満々である。3次元空間把握能力を十分に発揮する。飛行型魔獣は飛行でトムに負けると思っていなかった。伸縮鞭はハーケンの位置を正確に捉え、トムに複雑な軌跡をあたえた。飛行型魔獣はトムの姿を見失った。


 飛行型魔獣の肉は鶏肉に似ていた。壁のてっぺんにいて、昼飯にする。絶壁の上は草原だった。「姉さんのところに帰ろう。」自宅の方向はわかる。エリカとは常に連絡をとっている。トムは女神エリカの眷属神けんぞくしん、常にエリカの方向、距離を感じる。それは女神エリカもトムやスージー、自動人形、灰色狼の方向、距離を感じる。


 トムは歩き始めて、すぐに違和感を感じ始めた。操られている。精神波の攻撃だ。最近進歩著しいスージーとの超能力の攻防のお陰で、この程度なら簡単に防御できる。トムと何者か知らぬものとの対峙は続いた。トムの足は止まった。命をかけなければ、命を取られる。額にうっすらと汗が流れる。恐怖が全身を包む。


 敵の姿が見えない。敵の姿がイメージできない。単独なのか、複数なのか。トムは超能力の戦いになれていない。妹との児戯に等しい、戦いが精々だ。もう何時間も、トムは動けない。トムは魔獣の素材から作った伸縮自在の鞭。二本の鞭を左右の手に持った。


 敵の精神波を防御しながら、トムは自分の得意分野での戦いに持っていけないか考える。回りを丹念に観察する、身を隠すもの、防御になるもの、二条鞭のアクロバットな動きに利用できる樹木、岩、あらゆるもの、手品、体術、僅かの超能力、勝てない。無理だ。


 トムは防御戦に徹底することにした。洞窟で採取した魔獣蜘蛛の糸を森中に放つ。一つ一つの作業が、薄氷を踏むように、意識を集中する。来た!咄嗟に気殺、樹木に擬態する。同時に気配で、気配を偽る。敵の注意が偽った気配のほうにむかう。トムが手裏剣を構えるが、打てなかった。放った瞬間、確実な反撃に合う気がした。


 敵は複数いる。トムは確信した。動きを封じられた。トムは動かなかった。また精神波で索敵探査をしている。気殺は仮死状態と同じ、いかなる精神波でも索敵されない。トムの武器は大地に張り巡らされた魔獣蜘蛛の糸と、二条鞭の伸縮性を利用した、空中でのアクロバットな動き。あと手品だ。


 トムは遠くに見える枝を念力で折ってみる。トムの超能力は未熟だ。しかしこのままでは膠着状態、トムの能力一杯に、枝に力を加える。枝はしなってなかなか折れない。しかしそこに不自然な雰囲気を醸し出したのは確か。そこに気配を上乗せする。数十の攻撃が枝目掛けて、襲いかかる。枝から影が暗殺者に向かって走る。トムも見えない敵に向かって、攻撃を繰り出す。殺気、とんでもない殺気があらぬほうこうから攻撃者を襲う。トムは気絶した小柄な攻撃者を横抱きに抱えたまま、断崖の底にむかって、飛び込む。鞭を手がかりとなる岩に巻き付け、反動で飛躍して、手近の洞窟に身を隠す。


 攻撃者は人間だった。いや人間とは種を異にする、もっと美しい女性だった。トムには精神波の攻撃パターンから、知性を持った人間種に近いものを考えたが、想像通りだった。トムは捕虜の肉体の情報を徹底的に調べた。殺されそうになったのだ。当たり前である。外見的特徴からは人間と変わりがなかった。ただ強靭な肉体をもつ。僅かの傷であれば、すぐに治癒する。欠損まで再生するか、興味があったが、やめた。


 意識がもどった。攻撃者は自分の衣服が脱がされ、真っ裸なのをさとる。「ひぃ。」トムが女の瞳を見ずに、冷たく見つめる。瞳を見なかったのは精神攻撃を警戒したからだ。拘束に使った縄は、洞窟で見つけた魔獣の神経組織より編んだもの。トムの精神波に同調している。トムは死の恐怖で女に遠慮のない調教をほどこす。使役奴隷のように、精神を屈服させるつもりだ。


 女との精神波の攻防は続いた。油断をすれば、トムは女に操られる。そうすれば死だ。女を裸にして拘束しても、トムには自分の優位性は信じられなかった。こんな敵を複数相手にして、生き残ったのだ。自分の幸運に感謝した。


 調教術は何週間も続いた。成功しなければ、此のまま殺して、もと来た道を引き返すつもりだ。こんな化け物相手に、生きて草原を抜け出せると思うほど、トムは楽天家ではない。まだ洞窟の魔獣相手に戦った方がよい。


 トムは神の眷属神、この肉体は女神エリカにもらったもの。本来食わずとも永遠の命が約束されている。この女は?食わずに生きられるのか?傷を負えばすぐに修復する。皮膚全体が、人間と違い、常に再生している。激しい新陳代謝をしている。弱った気配はない。どこもかしこも美術品のように整っている。最初は他の神の眷属かとも思ったが、女神エリカはこの世界の神の存在に否定的だ。これだけの新陳代謝、山のように食らわねば生きていけるはずがない。ならどこからエネルギーを補充している?


 トムは女が人間の言葉を話せるのか、話せないのかも知らない。しかし言語は確実に持っていると思う。あれだけの集団戦闘をこなせる知性を持っている。


 トムには女との精神波の戦いは、真っ暗な大海を相手にしているように思える。勝てる気がしない。トムは女を見つめる。飛んでもない敵を相手にしたのかも知れない。


 トムは女との会話を試みた。本当は会話することに危険を伴う。催眠術は会話から入る場合が多い。トムも催眠術の名手だが、女と比べると児戯に等しい。しかし女と会話を選んだのは、最低限の意思の確認をしたかったのだ。


 言語の種のような、基本パターンから、簡単な会話を試みた。まずトムは自分の精神に、自分が知る限りの防御をほどこした。下手すれば、会話がなったときに精神が乗っ取られることもある。


 女との会話は簡単になりたった。原始的な、言語パターンを女が理解して、トムも及びもつかない応用言語を瞬時に開発した。それは女の知性が、人間をはるかに越えた、たかみにあることを示している。


 トムは女にこれ以上の戦いを避けるのであれば、仲間のところに戻す。これ以上戦いを続けるなら、殺すと、話した。

 女はトムに、おまえのあるじに会わせろという。「帰らなくっていいのか?」「大丈夫、行きましょう。」


 トムは女を抱えると、二条鞭を自在に操り、空間をアクロバットな動きで降りていく。落ちていくといった方が、より正しいだろう。そんな状況で、女は恐怖でからだが硬直するかもしれないと、トムは心配した。しかし女はまぶたひとつ動かさなかった。あきらかに女はトム以上に、空間の3次元の動きになれている。


 洞窟の道は、同じ道とはいえ、往路と帰路では見る景色も違って見える。小型魔獣だ。この間食ったときは美味しかった。トムは二条鞭を使い、小型魔獣を捕らえる。その場で調理して、残りは収納袋にいれる。女はトムの手際の良さに感心して、見いっている。トムの作る料理は一流の店に負けていない。香ばしいかおりは、女の食欲も刺激した。こうやって、見ると人間の女と変わりない。しかしこの女一人で、人類を全滅さす能力がある。人間とはなんと脆弱な生き物か。いつわざるトムの感想である。この女が本気になれば、自分では勝てないと思う。丸裸にして、拘束したときすら、怖くって仕方がなかった。


 お湯が沸いている場所があった。トムが裸になってからだを清める。女も同じにする。互いに羞恥心はなかった。だいたいトムは女が人間だと思っていない。つねに猛獣と旅する危うさを感じている。こんなのが何十人も、敵となって向かってきたのだ。よく命があった。


 半年の時間をかけて、トムと女は洞窟の出口に出た。出口にはエリカ、スージー、自動人形、灰色狼が待っていた。さすがに街の中での会見はさけたかったのかも知れない。灰色狼は女にあった瞬間、唸り声をあげた。スージーは健気にもエリカを守ろうと前に出る。


 「あなたがこの世界の神ですか?」エリカが少し困った顔をする。「私たちはこのお世界の旅行者、けしてこの世界の神ではありません。しかし人間と生活を共にしています。」女は女神エリカの言葉に、少し意外そうな顔をする。


 半年の洞窟のトムとの道中は、女の言語能力は、トムと同程度になっている。トムは目立たないように、女にたいする警戒をゆるめなかった。灰色狼は初見から恐怖を感じている。スージーも女神の前に出るが、それが幼いスージーに出来る精いっぱいである。


 エリカはトムと女を近くに建てた小屋に案内した。この小屋はエリカが領主にお願いして、建ててもらた小屋である。領主はエリカの正体をしらない。しかしモンスタースタンピードの時、この医師の兄弟がいなければ、領民も自分も死んでいたことを確信している。この付近は通常の人間が手を出してはいけない土地であることを知っている。


 小屋は当面は薬草採取、人間がここ数年をなんとしても乗り越える必要上、あらゆる研究のためにエリカが欲したと領主は思っている。そして人間界と魔獣界の境界線上にあることを、領主はエリカに聞いている。なにもするな。それがエリカが領主に提案した言葉だ。領主も同意見である。もともと人間の世界と魔獣の世界は、いつ均衡が崩壊してもおかしくない世界だ。領民に何も知らせない方がよい。


 女神が案内した小屋は大きな気持ちの良い小屋だった。エリカやトムたちが暮らすのに、丁度良い小屋だ。炉辺の火が気持ちよく、おこっている。自動人形が着替えを持ってきて、女を浴室に案内した。洞窟の道中は湯あみすることもままならない。自動人形は甲斐甲斐しく、女のゆあみを助けた。髪を洗い、からだを洗った。女神は賓客をもてなすように、女をもてなした。


 調理はトムも手伝った。トムは時間があると姉であるエリカと自動人形の三人で、街に美味しいものを食べに行った。その味を家庭の厨房で復元するのが3人の習慣だった。スージーはまだ産まれてなかった。いま猛獣のような女がいるが、トムにとってエリカとスージーと自動人形と灰色狼がいるところが、我が家である。久しぶりに魔獣を警戒することなく眠りにつく。

 


 


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