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魔法のない世界に転生して14
トムは久しぶりにスージーとあった。完全に普通の食事をしている。もう赤ん坊とは言えない。しかし可愛らしい。一緒にいると、すぐに膝に座りたがる。
スージーがボールを持ってきてトムに投げつける。トムがそれを空間で受けとると、スージーに軽く投げ返す。ボールはスージーの手に戻ることなく、消えた。スージーはきょとんとしている。
遅れて、スージーは飛んでくるボールを頭に受けた。スージーは何が何だか理解出来ない。
スージーは突然笑い始めた。よほど面白かったのだろう。澄んだ鈴のような笑い声は、自然が奏でる音楽のように聴こえる。
新築されたばかりの、トムとエリカとスージーと自動人形と、狼の家。ここ一年ほどでトムは大工仕事を覚えた。ほとんどの庶民は自分達の家は、自分達で作る。ここは、最初の街。現在辺境候の領地の中でもっとも整備された街だ。
トムはここで騎士団の医師をしている。エリカは街の医師をしている。自動人形はエリカの助手兼家政婦。狼は街の防衛と家のガードマン。すぐそばには鍛冶屋がある。時間があくと、トムは鍛冶の仕事を手伝う。親方とは顔見知り。トムは必要に応じて自分の道具を自分で作る。
トムの重要な仕事のひとつに、薬草採取がある。姉と必要薬剤の確認して、手に入らないものは自分達で取りに行くしかない。スージーも手伝いに駆り出される。スージーは短期に収穫出来る野菜、穀物の研究を任されている。
スージーは薬草と同時に、食用となりそうな野草を集める。土壌から毒素を抜く方法もスージーが考えた。
森の中は、街と違って、まだ当時の臭気が色濃い。その影響下の中の植物の特性をトムもエリカもスージーも興味がある。その興味がより臭気が強いダンジョンへと向かわせた。魔獣がいる。かなりいる。トムは撤退を考える。まだ幼いスージーもいる。「姉さん、魔獣の群れだ。出口に向かって逃げろ。」エリカはトムの肉声とも念話とも、はっきりしない声に、全身の泡立つほどの恐怖を押さえて、スージーの手を取り、走る。「トム、出口の外よ、スージーも一緒だよ、あなたは大丈夫?」エリカの声に隠しきれない恐怖が宿る。
トムの念話が聴こえる。「大丈夫です、少し調べます。」安全なはずの薬草採取が、飛んでもないことになっている。しかし騒げない。ここはみんなで手にいれた、たったひとつの人間の拠点、下手に騒ぎ立てて、パニックを起こすのだけは避けたい。
エリカは念話で自動人形と狼を洞窟の入り口まで来させる。トムは女神エリカが強靭な肉体を与えてくれたお陰で、暗視が出来る。当然洞窟にたむろする魔獣たちも、暗闇でも目が見える。この状況下で、手品の応用で、魔獣を操れるか疑問もあるが、死ねば神の領域に、また再生するだけだ。そう考えると気が軽くなる。「おっと、危ない。」魔獣が急に襲いかかってきた。
トムはいつものように、手品の応用の影走りや和妻の胡蝶の舞で戦えない事に気がついた。「影が無い。」トムもこれほどの魔獣の出現に、なかばパニックになっていたと、自省する。火を使えば良いだけだ。自分の未熟さにあきれる。
魔獣の突進に合わせてトムも走る。距離は一瞬で縮まり、交差した瞬間、トムは魔獣のからだに隠れた。この場合、魔獣がトムを見失ったと思うことが重要であり、トムの姿が魔獣から見えていようが、いまいが、どうでもよいのだ。気殺、殺気、トムの命がけの戦いが始まった。
戦闘というより、トムは絶体絶命の状況下では、ひたすら逃げるしか手がない。出口に逃げては街に誘導するようなものだ。むしろ逆に、洞窟の奥に、奥に、逃げた。洞窟は複雑で、無限のわかされの回廊を有した。
トムは念話で姉とスージーに話しかける。姉さん、いま出口に逃げたら魔獣を外に誘導することになる。このまま、奥に逃げます。しばらく単独行動で、この洞窟の調査をします。どのくらい時間がかかるか、わかりませんが、必ず帰ります。姉の返事はすぐにあった。「わかりました。あなたの状態は街にいてもわかります。そうして下さい。」女神は洞窟の入り口に人よけの結界を張って、街に戻った。始まりの街はエリカを必要としている。帰らないわけにいかない。
エリカとスージーは落ち着かない気持ちを持ち続ける。あれだけいた魔獣が、まさかこの大地の眞下にいるとは。エリカはこの事を誰にも語らない。語っても仕方がない、打つ手が無いのだ。エリカはせめて、領主に概略だけ知らせておこうと思った。騎士団の決まり事は、詳細にわたりめんどくさい。このままほっとくと、最悪の場合脱走者になりかねない。
トムの失踪は、領主がトムに隠密の調査のため、任務につけたことにした。領主も魔獣の危機が去ったわけでないことを、当然と解釈している。どちらにしろ、もう王都に戻ることは出来ない。




