9 <余韻>
「・・・」
僕は、しばらくその場に何をするでもなく佇んでいた。
少し前にあったことに思いを馳せて、何気なく空を見る。――――青い。少し寒々しいくらいに澄んだ色だ。
・・・彼の瞳も青かった。・・・否、青というには派手な、金が混じった、まるでラピスラズリのような輝く色をしていた。
「・・・あんな、宝石みたいな瞳の色があるんだなあ・・・」
僕の弟は僕と同じ生粋の日本人で、何の変哲もない黒い瞳をしていたから、いよいよ彼が弟であるはずないというのがそれでわかった。
もちろん色付きのコンタクトレンズをしていた可能性もあるけれど、サングラスなしで直に見たその顔には僕の家系の色が微塵も感じられず、僕や両親、親戚の誰もと似ても似つかないどころか、予想通り日本人とは思えない類のものだった。
だが、流暢に日本語を話していたのを考えるとやはり日本人なのか。日系、ということもあるだろうか。
「・・・低くてよく通る、格好良い声だったな」
僕は声の仕事とかそういったものには疎いが、ずっと聞いていたくなるようなとても良い声だった。声も容姿も、まるで僕とは違う人種のようで、あれだけのイケメンなら、もしかしたら本当にモデルか俳優だったのかもしれないと今更ながらに思った。
「そんな人を僕なんかの兄弟かもしれないと思うなんて、どうかしていたなあ」
あはは、と乾いた笑いが呟きと共にこぼれる。この場所で会って、しかも弟と同じ名前で。状況だけで見たら自分の勘違も不思議じゃなかったと改めて思うけれど、あれはどう贔屓目に考えても、
「・・・ないよなあ」
はあ~、と長いため息が漏れて、僕は思わずその場にうずくまった。
今になってみるとどうして彼を弟かも知れないと思ったのかわからないけど、もしかしたらと一瞬でも期待してしまった分、違った今の反動は大きかった。
「・・・苦しいなあ」
つい、呟いてしまう。何年経っても慣れない、むしろ年月を追う毎に彼の生死に諦めが強くなる分、少しの期待で揺れ動く心が、潰れてしまいそうに脆くなるのを感じる。だけど苦しいとか辛いとか、言葉にして口に出すると自覚してもっと自分を苛むから、いつもは言わないようにしているのに。それでも、
出てしまう。漏れてしまう。・・・こんな時には、特に。
「礼威、お前ホント、何処にいるの・・・?」
もういないなんて、思いたくない。・・・思いたくないのに。
「・・・」
再び立ち上がるには、もう少し時間が必要そうだった。
数十分後、家を後にして歩く由季の姿を、後方の離れた場所からじっと見つめる二つの影があった。一人の視線には見守るような温かさがあり、もう一人には、特に感情は見られないように思えた。
「どうだった?久方ぶりの対面は」
「・・・」
問われて、それには答えず無言で由季の遠ざかる後姿を見付け続ける彼の心に今あるのは、一体どんな感情か。表情の変化は元々乏しく育ってしまっている上、今は目元をサングラスに阻まれて余計にわからなかった。
「ライ?」
「・・・不用意に俺の名前を呼ぶな、余暉」
目線はそのままで、心底不機嫌そうな声で言うライに、余暉ははた、と思い返して、ふふっと笑う。
「ああ、ごめん、まさか彼と一緒に居るとは思わなくてね。どうしたの?君の名前を聞いて、何か彼に言われた?」
楽しそうに、からかう口調で言う余暉に、ライは、ち、と舌打ちする。いくら建物に阻まれて姿が見えなかったからと言って、あの距離でそこに誰が居るのかくらい、彼らに気配でわからないはずがないのだ。
『狐め』
心の中でそう毒づいて、ライは由季が廃墟ばかりの区画を抜けて人通りの多い場所へ入るのを確認してから、
「行くぞ」
と余暉に告げて踵を返した。