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第8話『おまえはなにものだ』

また更新に間が空いてしまいました。

お楽しみ頂ければうれしいです。

 シャンメルが小屋を出ていった後、気疲れのせいかマコトはいつの間にか寝入っていた。

 シャンメルに声をかけられ目を覚ました時、窓の外からは日差しが入り込んでいた。

「腕の怪我はどうだ?」

 マコトはそっと腕をさする。

 少し痛みが残っているが、昨日よりは随分(ずいぶん)マシだ。

 包帯に練りこまれた薬草というのは、なかなか(あなど)れない治癒(ちゆ)能力を持っているらしい。

「起きたばかりで悪いけどな、村長が呼んでる」

「村長が?」

 村長というのはこの集落の責任者、トップだと考えていいだろう。

 そのトップが、一体何の用なのか……。

 マコトがシャンメルに(うなが)され小屋を出ると、村人が小屋を囲んでいた。

 二十人は超えるだろうか。

 それで全てとは限らない。小屋の中から(のぞ)き見ている村人もいるだろう。

 いずれにせよ、マコトを見つめる目は(するど)く、明らかに危険人物を警戒(けいかい)する視線だった。

「な、なんで(にら)まれてるのかな?」

 マコトは小声で先をゆくシャンメルの背中に問いかける。

「まあ、おいおい分かるよ」

 大した返答も得られず、マコトは不安な心地のままシャンメルについていった。


 ◆


 村の中央から少し離れた丘の上に、村長の住居はあった。

 村の他の小屋に比べてサイズが大きく、壁と屋根も心無しか豪華に見える。

 ドアはノブがなく、内側外側のどちらからでも押し開けるような構造だった。風雨(ふうう)を避けられるように、くり抜かれた石枠にぴったりと収まっている。(かぎ)という文化はないのだろうか。

 ドアを抜けると、日差しが(さえぎ)られ、すうっと暗くなった。

 壁にはサイズの異なる窓が開いているため、真っ暗というわけではないが、それでも暗い。

 土足のまま玄関のような場所を抜けると居間があり、正面にある扉を抜けると大広間だった。

「おう、来たかよ」

 薄暗い部屋の奥で、小さな老人が椅子(いす)に座っていた。

 周囲には、老人より若干若い程度の男たちが、強張(こわば)った顔をしながら数名立ち並んでいた。

 その中に、一際鋭い目があった。

 弓を放った少女――エドラだった。

 出会った時と同じように、こちらに敵意を向けている。

 殺気とまでは行かないが、路上であったら目を()らしたい程度には恐ろしい。

「シャンメル。おまえさんが言うには、この坊主(ぼうず)、しゃべれるらしいな」

 村長らしき人物が、マコトをじっと見つめながら話し始める。

「エドラから聞いた話とは違うが……どうなんだ、何か言ってみろ」

 居心地の悪さを感じながら、マコトは自己紹介をする。

 といっても記憶喪失という設定である以上、名前と性別程度しか言うことができない。

「ふん、話せるったって、ほとんど話せねえのと一緒じゃねえか。おい、なんでエドラを襲った?」

 威圧的な態度に身が(すく)みながらも、正直に説明する。

「彼女が弓を打ってきて、やむを得なく反撃したんです」

「嘘だ、こいつ、嘘をついてる!」

 エドラが(つか)みかからんばかりの勢いで怒鳴(どな)る。

「私は止まれと警告した。でも、コイツは(わけ)の分からないことを言いながら襲ってきたんだ!」

「だが、坊主はマトモに話せるぞ?」

「それは……」

 エドラが言葉に詰まる。

 マコトはほんの少しエドラに同情する。

 村の外で対峙(たいじ)した時、確かにマコトはこの世界の言葉を聞き取ることが出来ず、話すこともできなかった。

 今はリーファのおかげでコミュニケーションが取れているが、エドラからすれば狂人に見えたかもしれない。

≪感謝しろよ。≫

 リーファが頭の中で(ささや)く。

 ああ、感謝してるってば。

「そもそも坊主はなんで(わし)らの村に来た?」

 リーファから教えてもらって、というのは妖精が見えない人々にとって不審がられるだけだろう。

 マコトは森を出たあと偶然に村を発見し、情報を求めて(たず)ねただけだと説明した。

「名も無き森から……か。確かに、あの森には、儂ら人間じゃ説明のつかねえことが起きる」

 リーファのような妖精以外にも、奇妙な現象が起きるのだろうか。

≪奇妙って言うな!≫

 マコトがリーファの声に顔を歪めると同時に、村長が言葉を区切った呼吸を見計らってシャンメルが進み出る。

「記憶喪失の少年が近場の村に辿り着いた。そこで不審者扱いされて襲われた……うん、筋は通ってる。それじゃ、マコトは無罪放免ってわけで?」

 シャンメルが話はこれで終わりとばかりに問いかけるが、村長はしかめっ面を浮かべた。

「そう簡単にはいかねえよ。シャンメル、アンタがなんで坊主に肩入れするか知らねえが、まだまだ坊主は怪しいまんまだ」

「エドラさんに怪我を負わせたのは謝ります。でも、俺は……」

「気安く私の名を呼ぶな! それに、誰がお前なんかの攻撃で怪我を負うか!」

「エドラ、お前は黙っとれ!」

 村長に一喝(いっかつ)され、エドラが不本意そうな顔をしながら押し黙る。

「村長さんよ、俺がマコトに肩入れするのは、マコトの無罪を信じてるからだ。そりゃエドラにちょっかいは出したかもしれないけどさ、それだって身を守るためにしかたなくだろ?」

「儂には村人を守る義務がある」

 村長がふん、と鼻を鳴らす。

「シャンメル、商人であるアンタをなんで呼び寄せたか言ったよな?」

「そりゃ聞いたよ。武器が必要なんだろ。だから商売しに来たんだ」

 シャンメルが商人だと聞いて、マコトは少し驚く。

 そういえば、村の人々に比べると洗練されているというか、馴染(なじ)んでいない。

「なんで武器が必要か分かるか?」

「なんだよ、問答か? 凶暴(きょうぼう)(いのしし)が出たって言ってたじゃないか」

「表向きはな。実際は盗賊を殺すためだ」

「は?」

 村長からの予想外の返答に、シャンメルが驚きの声を上げた。


 ◆


 村長が言うには、一週間ほど前、村人が村の外で盗賊らしき集団を見かけたらしい。

 盗賊らしいと判断する根拠は、いずれも武装していたことと、隣村など近隣住民で見かけたことのない男たちだったからだそうだ。

 発見者の村人は慌てて村長に伝え、村長は虫を街に飛ばしてシャンメルを呼び寄せたらしい。

「虫って?」

 マコトは話を聞きながら、頭の中でリーファに質問する。

≪ああ? 虫は虫だろ。≫

「いや……虫が知らせるって……虫の知らせ?」

≪分かってるじゃねえか。虫に手紙を(くく)りつけて、伝えたい相手のところに飛ばすんだよ。≫

「それって……待てよ」

 マコトは何かに気がついたように手を打つ。

 打った後で、周囲に見られていないか焦ったが、幸いエドラ以外、誰にも見られていなかったようだ。

 エドラの視線を意識しつつ、リーファに(たず)ねる。

「虫をこっちの世界の言葉に置き換えてもらえるかな?」

≪虫は……サジェマ・セヴだけど。≫

 なるほど、明らかに虫という単語に対して情報量が多い。

 リーファの能力は言語の強制翻訳(ほんやく)なのだろう。

 助かる反面、今回のように単純化されると、情報がこぼれ落ちて逆に分かりづらい。

 サジェマ・セヴという得たいの知れない存在なら、伝令(でんれい)くらいやってくれそうな気がする。

「リーファ、これからは伝令する虫については、虫じゃなくてサジェマ・セヴで頼む」

≪まあ、いいけどよ。≫

 マコトとリーファがやりとりしている間にも村長とシャンメルの会話は続く。

「しかし村長、盗賊相手に自衛(じえい)ってのは感心しねえな。領主(りょうしゅ)なり、傭兵(ようへい)なりに守ってもらうべきじゃねえのか?」

「領主に借りは作りたくないからな。もとより、こんな小さな村、私兵を寄越(よこ)してはくれんだろうよ。傭兵は高くつく上に村の治安が乱れる」

 マコトは村長の言葉を聞いて、エドラの弓の実力を思い出す。

 確か、傭兵崩れの眉間(みけん)に一発だったはず。

 シャンメルもその時のことを思い出したのか、村長の言葉に(うなず)いた。

「分かるけどよ……やっぱり危なくねえか?」

 不安げなシャンメルに村長は首を振る。

「儂らにはエドラがいる。矢さえ尽きなければ盗賊程度恐れるに足らん。それに、息子のジョランもいる。エドラには弓の腕は(おと)るがな」

 村長の発言に、周りにいた男のうち一人が苛立(いらだ)たしげに後頭部(こうとうぶ)をかいた。

 忌々しく(ゆが)む顔を見るに、彼がジョランだろう。

 能力を軽く見られて不満に思わない人間はいない。

 実の息子に対する冷たさに、マコトは内心(ないしん)首をかしげる。

「ったく、エドラは子どもだぜ? 頼りにしすぎじゃねえのか?」

「子どもかどうかは儂らが判断する。シャンメル、アンタは黙って矢を売ってくれればいい」

「まあ、売るけどよ……」

 釈然(しゃくぜん)としないのか、シャンメルが深く息を吐く。

「事情は分かった。こんなところで、言い合ってる場合じゃねえってこともな。で、今の話がマコトに何の関係がある?」

「坊主の服と剣よ」

 指さされ、マコトは自分の服を見る。

 森の奥で手に入れた服は、池で洗ったものの、血の()みが残っている。

 剣はエドラと出会った時に捨てている。おそらく、没収されたのだろう。

「服だけじゃねえ、剣の(つか)に巻かれた布も血で汚れてやがった。その坊主が無害って言うなら証拠がねえとな。逃がした後で、盗賊の仲間だと分かったらたまったもんじゃねえ」

 盗賊と疑っている相手に事情を教えすぎていると考えたところで、マコトは気がついた。

 この村は最初からマコトを逃がす気はないのだ。

 マコトを処分してしまえば、事情は()れない。

「おい! こんな子どもを疑いだけで殺すのか!?」

 同じことに思い至ったシャンメルが怒気(どき)を発する。

「儂には村人を守る義務がある」

「村人以外は知ったこっちゃねーってか……俺が武器を売らないかもしれないぜ?」

「エドラの負担が増えるが、何とかなるだろう」

 これまでのシャンメルの口ぶりから言って、エドラとも親しい仲なのだろう。

 村長はそれを知った上で天秤(てんびん)にかけている。

「くそ」

 シャンメルが吐き捨てる。

 このままでは、殺されるかも知れない。

 なんとか身の潔白を証明しなければ。

 いつの間にか力んでいたせいか、怪我をしていた腕に痛みが走る。

 見れば、包帯から血が滲んでいた。

 包帯、か。

 それを巻いてくれた少女、エドラに目をやる。

 こちらに敵意を向けているかと思いきや、心配そうな顔を浮かべていた。

 マコトに見られていたことに気がついて、もとの敵意ある表情に戻る。

 マコトには、心無しかその顔が照れ隠しに思えた。

 まだ感謝の言葉も口にしていない。

 疑われたままでは、それも叶わないだろう。

 考えろ、なにか突破口は……待てよ。

「ええと、いいですか?」

 マコトが手を挙げる。

 この世界では通用しないジェスチャーだが、違和感のあるポーズがうまい具合に周囲の注目を集める。

「俺、森で死体を見ました」

「なんだと!?」

 村長が身を乗り出し、場が騒然となる。

「嘘じゃねえだろうな」

 村長の息子、ジョランが険しい目を向けてくる。

「この服、それと剣は、死体から()ぎ取ったものです」

「なるほど、それなら血に汚れているのも当然だな」

 シャンメルが頷く。

 村長はそれを(さえぎ)り、

「待てよ、坊主が殺したのかも知れねえ」

 なるほど、その可能性もあるか。

 さすが村の責任者だけあって疑り深い。

「エドラとの顛末(てんまつ)を聞いただろ? 股間を蹴られて悶絶してたマコトが盗賊なんてことは……」

 シャンメルの微妙な援護(えんご)に感謝しつつ、手で制する。

「盗賊を発見したのはどなたです? ここにいますか?」

「俺だよ」

 不満げに応えたのはジョランだった。

 (くせ)なのか後頭部を激しくかきむしる。

「十日ほど前に、名も無き森の側で見た」

 十日、か。

 数字の概念があるようだ。

「死体を見れば、盗賊かどうか判別できますか?」

「どうかな。お前の服を見た限りじゃ、それが盗賊のものか分からなかったからな」

 確か、他の死体も似た服装だった気がする。

 くそ、目撃者に確認させる作戦は失敗か。

「待って」

 エドラが挙手している。

 この世界に挙手の習慣はない。マコトの仕草を真似たものだった。

 それに気がついて、エドラは恥ずかしそうに手を下げる。

「ジョラン、盗賊たちに何か特徴(とくちょう)は?」

 エドラからの突然の質問にうろたえつつ、ジョランが(ちゅう)(にら)む。

「腕に傷があった気もするが、死体からじゃ分かんねえだろうな」

 言った後、ジョランはヒヒっと笑う。

 こいつ、俺の窮地(きゅうち)を楽しんでやがる。

 ジョランの笑みは、次のエドラの発言で凍りついた。

「弓の使い手が、その程度の観察眼? ああ、だから私に勝てないのね」

「は……? な、なめんなよ! ちょっと弓の扱いが上手いくらいで……!」

 怒りに身を任せてエドラに(つか)みかかろうとしたところで、ジョランは周囲の冷ややかな視線に気がつき、なんとか押しとどまる。

「どうなの? 何か思い出したの?」

 明らかに挑発だったが、ジョランは怒鳴った手前、自身の能力を挽回する必要があった。

「くそがよ……あったぜ、特徴が。一味の一人が首輪を付けてやがった。死体になっても、獣も食わねえ。森にあるのが盗賊の死体ってんなら、見れば分かるだろうよ」

「マコト、死体に首輪があったか覚えてるか?」

 死体から衣類をはぎ取るので必死だったマコトは、残念ながら覚えていなかった。

 そのことを告げると、シャンメルが肩を落として落胆した。

「確かめるしか、ないだろうな」

 村長が口を開く。

「坊主、ジョランとともに森へ向かえ。死体のもとへ案内しろ。そうすれば、お前が嘘つきかどうか分かる」

「なんで俺が……!」

 異を唱えようとするジョランを村長が睨みつける。

「お前しか首輪を見分けられんだろうが。それからシャンメル」

「なんだ?」

「あんたも同行してくれ」

「……問題ないが、なぜ?」

「こういう時は、立場が異なるもんが混ざったほうがいい。それに、ジョランと坊主を二人きりにしたら、坊主が殺されかねん」

「んなことしねーよ! いくら面倒だって言ってもよ!」

 ジョランの(ののし)りを無視して、村長がシャンメルに再度問う。

「頼めるか?」

「あいよ、別に急ぎの仕事もないしな」

「私も行くぞ」

 エドラからの思わぬ提案だったが、村長に却下される。

「ダメだ。もし坊主が嘘つきで、盗賊の仲間だった場合、村が襲われるかもしれん」

「そーいうこと。考えれば分かんだろ?」

「なんでお前が偉そうなんだ……」

 偉そうにふんぞり返るジョランを、エドラが汚いものでも見るように睨む。

 村長が手を数回打ち鳴らし、幕引きの言葉を発する。

「では、ジョランとシャンメル、それから……マコトの三名を森の探索に向かわせる。文句のあるものはいるか?」

 反対する者がいないことを確認すると、村長はマコトに命じた。

「森へ向かえ。二人を案内しろ。決して裏切るなよ?」

 村長からの険しい視線に、マコトは深く頷いた。

前回の悪夢の塔では、別グループとの対話ができなかったので、ようやく書けて幸せです。


みんな口が悪いので、似通っていて、誰の言葉か分かりづらいかもしれません。

村人の粗暴な感じを出そうとしたのですが、難しい。

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