表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

第7話『ひとのぬくもり』

更新の間が空いて申し訳ありません。

 ロウソクを持った男が、真人まことに近づいてくる。

 光源の弱さから、はっきりと容貌ようぼうを知ることは難しいが、明るい髪の色、ややくすんだ宝石のようなひとみが印象的だった。

 声の様子から言って、30代くらいだろうか。

「エドラの言ってた通りだな。まるで夜みてえな黒い髪だ。顔は……へえ、目の中まで真っ黒だ。ちゃんと見えてんのかね」

 真人は最初、男が話しかけてきているのかと思ったが、どうやら違うらしい。物でも調べるかのように、ずけずけと思ったことを口に出していく。

「にしても、子どもじゃねえか。なんでエドラが押し倒されたんだか。なんだこりゃ、筋肉がほとんどないぞ? まさか、どっかのお偉いさんの息子じゃねえだろうな」

 次第にラフになっていく口調を聞きながら、真人は社会人の従兄弟を思い出していた。

 飲食店で働いているという彼は、歳相応の包容力と、年齢の割に間の抜けた気さくさを兼ね備えていた。

 目の前の男も、乱暴な物言いが、むしろ親しみやすさを感じさせる。

「お、なんだ包帯か。怪我してんのか、どれ」

 言って、真人の無造作に腕を持ち上げる。

「いたっ」

 走る痛みに、思わず声をあげる。

「うわっ」

 猛獣にでも出くわしたかのように、男が後ずさる。

 男の驚きに従うように、手に持っていたロウソクが激しく揺れ、部屋の中を乱暴に照らした。

「お、お、お前……話せるのかよ!」

 今度は真人が驚く番だった。

 本当だ、相手の言っていることが分かる。

 あまりに自然に聞こえていたので、気が付かなかった。

「は、はじめまして」

「お、おう。はじめまして」

 奇妙な沈黙が二人に落ちた。


 ◆


「俺はな、シャンメルってんだ。お前は?」

 真人は正直に答えるべきか少し迷ったが、リーファに本名を告げている以上、結局正直に言うことにした。

「都賀真人です……」

「チュガマコト? 変な名前だな」

「いや、都賀……」

「テュガ?」

「……マコトです」

「マコト、だな。ようし、覚えたぞ、よろしくな!」

 シャンメルはマコトの怪我していないほうの手を握り、激しく上下に振り回した。

「いてて」

「おーう、悪い。怪我してたよな。いやほら、面白いヤツが出たっていうんで、気になってさ」

「面白いって?」

「だってよ、あのエドラを押し倒そうとしたんだろ? そんで、股間を蹴られて悶絶もんぜつって……うはは、エドラにもついに婿むこができるかもな! ……待てよ、まさかお前、もう潰れて役立たずになっちまったってことは……」

「いや、潰れてないって!」

 憤慨ふんがいするマコトにシャンメルは再び、うははと笑う。

 異世界に来て心細かったマコトにとって、シャンメルの気さくさはひどく温かく感じられた。

 少しばかり荒っぽい気がしないでもないけれど。

「質問してもいいかな?」

 相手につられて、自然、マコトも口調が軽くなる。

「おう、答えられる範囲では。ところで、なんで腕を上げてるんだ?」

 マコトは授業中、教師に質問するように右手を直立させていたが、どうやらこのジェスチャーはシャンメルには通じないようだった。

 何事もなかったように、マコトは静かに腕を下ろす。

「エドラって言うのは、弓矢の少女のこと?」

 シャンメルの口ぶりから言って、間違いないだろう。

「おう、村一番の弓の使い手と言えば、エドラのことだ」

 どうりで鋭い攻撃だった。

 相手を的確に射殺そうとする殺気を思い出し、身震いする。

「よく生きてたな。昔、村に逃げ込んできた傭兵ようへい崩れが、村の娘に乱暴しようとしたことがあってな。叫び声を聞きつけたエドラが放った矢は……」

 シャンメルはにやりと笑うと、指で自分の額を指す。

「まるで最初からそこにあったみたいにな、ずっぽり刺さって、抜くのが大変だったぜ」

「そ、その相手は?」

「もちろん一発で冥界めいかい送り。自分が死んだことすら気が付かなかったんじゃねえかな」

 冥界?

 あの世、じゃないのか。

「あの、冥界ってのは?」

「はて、悪いヤツは死んで冥界に行くのは常識だろ」

「善人は?」

「天界に行くんだろ? 変なこと訊くヤツだな。伊達だてに髪が黒くないってか」

 マコトはそっと自分の髪の毛に触れる。

 そういえば、少女……エドラは赤い髪だった。シャンメルは灰色めいた金髪だ。黒い髪は珍しいらしい。

 そのことを問うと、シャンメルはうははと大笑いした。

「珍しいどころじゃないって! 見たことねえよ、そんな色! ていうか、書物の中でしか聞いたことねえ!」

 書物、か。

 マコトが更に質問を重ねようとすると、

「今度はこっちの番だ。質問するけど、構わねえよな?」

 こちらが質問してばかりだった。ここは相手の要望に応えるのが筋だろう。

 マコトの無言を肯定と受け取ったのか、シャンメルが話し始める。

「まずは言葉についてだな。エドラからは、通じねえって聞いてたけどよ、普通に会話できてるよな。エドラが間違ってたのか、お前が演技でもしてたのか、どっちだ?」

 どっちも何も、急に会話が通じるようになってこっちも困惑してるんだが。

≪だから言ったじゃん、会話できるようにしてやるって≫

「うわ」

「うわ?」

 突然のリーファの声にマコトがのけぞると、シャンメルはいぶかしげな顔をする。

「う……うわ言だったんだ」

「うわ言?」

「実は俺、記憶喪失で」

 他の世界から来たと言っても信じないだろう。

 なにせ、マコト自身まだ信じられないのだ。

 とはいえ、この世界について知識がゼロなマコトにとって、辻褄つじつまを合わせた嘘を吐くこともできない。ここは強引にでも記憶喪失の線で押すしかなかった。

「ふむ。そんで死後の世界について質問してきたのか……でも、自分の名前は覚えてるんだな」

 しまった。いきなりほころびが。

「名前と……部分的な知識は覚えてるんだけど……それ以外は」

「なんとも都合のいい感じだな。俺も記憶を失った人間になんて会ったことねえし、詳しいことは知らねえけど、さ」

 急に声のトーンを落とし、シャンメルはマコトにずいと顔を近づける。

「お前は悪人か?」

 くすんだ瞳に捉えられて、マコトは身じろぎできない。 

 自分が悪人かどうか。

 考えたこともなかった。

 善人か、と問われれば違う、と言える。

 過去を省みて、他人を傷つけたことが皆無かと言えば、嘘になる。

 小学生の頃、いじめにあっていた少女を無視する周囲の流れに逆らえず、間接的にいじめに加担したことがある。

 席を譲って欲しそうにしていた老人を、寝たフリをしてやり過ごしたこともある。

 母親が作った夕飯を、難癖なんくせつけて残したこともあった。

 他愛ない悪かもしれないが、確かにひとつひとつの悪が、マコトの心に棘となって突き刺さっていた。

「なるほどな」

 シャンメルの声に意識が戻ってくる。

 ひとつの言葉が、こんなに心を揺さぶるなんて、知らなかった。

「どうやら、お前は悪人じゃねえみたいだな」

「……なんで、そう思うの」

 うはは、と笑う。

「だってよ、悪人だったら、悩まねえって。私は悪人じゃありませんって言っておしまいよ。それをお前、真剣に考え込んじまって……おい、泣いてんのか?」

「え?」

 マコトは知らず、涙を流していた。

 なぜ、俺は泣いてるんだろう。

≪えーと、な。そんな思いつめなくてもいいと思うぜ。≫

 リーファが優しい声で慰める。

 そうか、俺は――。

 この世界に来たことを、トラックに轢き殺されたことを、罰だと思ってしまったのか。

 因果応報、過去の悪事が、未来の自分に返ってくる。

 当時はそれぞれの罪を軽く捉えていたけれど、その結果が異世界送りだとすれば、今となってはどれも重大な悪だった気がしてくる。

≪よくわかんねーけど、自分を責めるなって。≫

 違う、責めてるんじゃない。

 気がついてしまったんだ。

 自分が、あの世界を愛していたことに。

 愛していた世界に、二度と戻れないかも知れないことに。

「あーもー泣くなって」

 シャンメルがマコトの頭をわしゃわしゃとかき乱す。

「そんな子どもみてえな顔で泣かれると、こっちが悪人になった気がしてくるぜ。ほら、エドラを襲った度胸はどこにいった?」

 自分でも面白くない冗談だと思ったのか、言った後シャンメルは盛大に顔をしかめた。

「悪かったよ。とりあえず、お前の言うことを信じてだな……だあ、笑えって!」

 ロウソクを置いたシャンメルが、マコトの頬を無理やり引っ張る。

「い、いたひ」

「おっとぉ、悪い!」

 あまりに乱暴な振る舞いに苦笑していたマコトは、本気でうろたえるシャンメルの顔を見ているうちに、本当に笑い始めた。

「お、おい、大丈夫か」

 更に困惑する顔が面白くて、マコトは笑い続ける。

 この男は良いヤツだ。

 それに、リーファだって。

≪けけ、お前のピンチに逃げ出したけどな。≫

 確かに。鮮やかな逃げっぷりだった。

 それでも、この見知らぬ世界で、心が安らぐ相手がいるというだけで、ほんの少しだけ、マコトの心は癒やされた。

うーん、当初のイメージよりも、マコトのキャラがか弱い感じになってきたような……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ