第4話『であいは、さいあく』
怪しげだった森に比べ、外は随分と穏やかだった。
どこからか、鳥の声が聞こえてくる。
よく見れば、咲いた花の周囲に蝶が飛んでいる。
どうせなら、ここに放り出されればよかったのに。
真人は裸で放り出された時のことを思い出してため息をつく。
「なんだよ、ため息なんてついちゃって。魂を持ってかれるぞ」
「なにその冗談」
「そういう言い伝えがあるんだよ」
ここが異世界だと思い知らされて、真人は再びため息をつきそうになり、慌てて口を押さえる。
「とはいえ、このあたりはのどかだね」
「んー、どうかな」
真人はリーファの曖昧な返答の意図を問いただそうとしたが、遮られる。
「川についたぞ!」
思ったよりも激しい流れの川だった。
丘の上から眺めた時は細く見えたが、実際に近づくと向こう岸までそこそこ距離がある。
とはいえ、濡れることを覚悟すれば、泳いで渡れそうではある。
「せっかく乾いたのにな」
「へえ、お前、泳いで渡るつもりか?」
リーファがニヤニヤと笑う。
「どういうことだよ」
「そこの石ころ、投げてみな」
言われた通り手のひらに収まる大きさの石を拾い、川に向かって投げてみる。
石は放物線を描き、川に吸い込まれるように見え――突如現れた巨大な魚に飲み込まれた。
「うわあっ!?」
「おうおう、活きが良いねえ」
「な、なんだよ、あれ!」
「モンゼだろ? 小型の」
「こ、小型!?」
あれで小型だってのか、大型の犬くらいの大きさだったぞ。
「モンゼってのは?」
「魚の名前だよ。食ったら旨いらしい。捕まえるか?」
「無理でしょ」
「まあ、そうだな。ゼホーも食われるって言うし」
「ゼホーってのは?」
「お前……」
真人の無知を思い出したのか、リーファがやれやれと首を振る。
「ゼホーは人間が乗る大型の獣だよ」
「もしかして、馬のことかな?」
「馬? ちょっと待て……ああ、一致した」
目を見開いたまま、リーファが硬直し、感情のない声で答える。
「どうした?」
「ん、気にすんな。そうだな、ゼホーは馬だ。これからは馬でも会話が通じるからな」
気にするなと言われても気になりすぎる。
ゼホーという単語と、馬という単語が一致したということだろうか。
「……モンゼは馬を食べることもあるのか?」
「ま、モンゼが大型で、馬が小型の場合はな」
いつの間にか、馬で通じるようになっている。
とはいえ、ゼホーという単語も覚えておこう。
「しかし、これじゃ渡れそうにないな……」
生きたままモンゼに食われるのはごめん被りたい。
「ちょっと待ってろ」
リーファがぴゅうっと急上昇し、すぐに戻ってくる。
「向こうに橋があったぜ」
「行ってみよう」
◆
リーファの言うとおり、川沿いに歩くと橋が見えてきた。
地面が隆起し、切り立った斜面になっている場所の、向こう岸ともっとも近くなった場所に橋がかかっている。
「橋っていうか……」
丸太だった。
丸太が3本、申し訳ない程度に寄り添って並べられている。
足で蹴ると、冗談みたいにぐらついた。
丸太の下には川が流れ、ときおり大型の魚影が見えた。
これを渡るだって?
それこそ冗談だ。
「他に道は……」
「なんだよ、ビビってんのか? こんなの簡単に渡れるって!」
そう言うと、リーファはすーっと向こう岸に飛んでいく。
「な! 子どもだって渡れるぜ!」
「お前は飛んでるだろ……」
くそ、渡るしかないのか。
真人は恐る恐る丸太に足をのせる。
ぐらぐらぐらー!
真人の足の震えに合わせて、丸太も盛大に揺れた。
「むりむりむりだって!」
足を乗せただけでも、こんなにぐらつくのに、まして剣を抱えてなんて。
「はーやーくー!」
向こう岸でリーファが煽ってくる。
真人にも渡りたい気持ちはあるが、このままでは絶対に落ちる。
せめて、丸太のぐらつきを抑えられないかと考え、手元の剣に目をやる。
「使い方が間違ってる気がするけど……」
真人は剣を箒のように下向きに構え、丸太の横の地面を掘り始めた。
◆
向こう岸でリーファか文句を言っている。
くそ、言ってろ。
そもそも、この橋を作ったヤツが適当なのが悪いのだ。
ようやく窪みを掘り終わり、丸太を押し転がす。
丸太はめちゃくちゃ重たかったが、剣をてこの原理で使うことで、なんとか窪みに収めることができた。
そこに拾ってきた小石をばら撒き敷き詰めていく。
よし、これでどうだ。
丸太を足で押すが、一切揺れる様子がない。
試しに乗ってみても動かない。
「わはは、完璧」
真人は剣を携え、悠々と丸太の橋を渡ったのだった。
◆
橋を渡ると、こんもりと森が見えてきた。
「そろそろ村だな」
リーファが言うように、低い石垣に囲まれた村が見えてきた。
周囲には柵で囲まれた畑と、のんびりと歩くゼホー、もとい馬が見える。
「待て、誰かいるぜ」
石垣の上に、小柄な人影があった。
子どもだろうか?
異世界住人とのファーストコンタクトか。
これは失敗できない。
真人は全力で笑みを浮かべ、村人らしき人物に挨拶した。
「ハロー!」
小柄な人物が、こちらに気がつき、驚いた顔をする。
よく見ると、子どもじゃない。幼い顔だが、真人と同い年くらいかもしれない。
「ていうか、なんで英語で挨拶したんだ、俺。気を取り直して……こんにちは!」
真人が再び挨拶すると、
「トゥウェイ ヨゥ!」
相手が弓を構えてきた。
新しい人物登場です。
友好的な相手ではないようですが……。