第2話『みしらぬせかい』
まだ2話なので、なんとも言い難いと思うのですが、感想を頂けると泣いて喜びます。
いや、泣くのは嘘でした。
それでは、楽しんで頂ければ幸いです!
「黙ってんなよ。何か用なんだろ?」
見た目は可愛らしいのに、口が悪い妖精だった。
真人は妖精を見たことはないが、羽の生えた手のひらの大きさほどの人型の生き物とくれば、妖精に間違いなかった。
妖精はさっきから「なんだよ」「おい」と声をかけ続けるが、真人は難しい顔をして腕を組んでいる。
少しだけ目を閉じ、また開いて目の前の存在を確認すると、眉間に皺を寄せて首を振るのだった。
話し相手と出会えたのはラッキーだった。
この場所がどこか、尋ねることができる。
しかし、相手は妖精らしき異形。
ここが、交差点ではないどこかの森だと思い込みたかった真人にとって、困る展開だった。
場合によっては、地球ではないかも知れない。
妖精の質問を無視して、真人は唐突に自分のほっぺたをむぎゅっと引っ張った。
痛い。
というか、腕もさっきからずきずき痛む。
痛みが夢と現実を分かつ基準だとすれば、とっくにここは現実だった。
ぱんっ!
両頬を両手で挟み、迷いを断ち切る。
ここは現実だ。ただし、妖精のいる。
「さっきから、何だお前……?」
真人の奇っ怪な行動に、妖精は怯え始めていた。
「そんじゃ、アタシは行くぜ」
「ま、待って!」
思わず掴みそうになったところを、妖精がするりと浮遊して避ける。
「あ、アタシを殺す気か!?」
「ちがうちがう! 聞きたいことがあるんだ!」
「聞きたいことぉ〜? それで、あんなに必死に追いかけてきたってのか?」
うんうん、と真人は頷く。
「聞いてやらんこともないけど……その見苦しいもんをしまってからだな」
妖精が小さな手で真人の下半身を指差す。
そういえば、真人は全裸なのだった。
◆
妖精に案内されて森の中を進むと、白骨死体が散乱している場所にたどり着いた。
「まさか、俺を殺し……?」
「ちーがーう! 誰が人間なんて食べるかよ!」
どうやら、死体から服を剥ぎ取れということらしい。
よく見ると、ところどころ赤黒い腐肉がこびりついている。
はっきり言って、見るのも触るのも嫌だった。
「子どもじゃねーんだ、死体ぐらいでビビってんじゃねーぞ」
子どものような容姿の妖精に言われて、真人はムカついた。
ムカついたが、相手に悪気が無さそうなことは伝わってきたので、息を止めながら、死体から布製の服を剥ぎ取っていく。
「うげ、血が……」
「気にすんな。あとで池で洗えばいいだろ」
さっき見た池か。
真人が来た道を振り返っても、まったく道を思い出せそうになかった。
どうやら、妖精の後を付いていくしかないらしい。
「お、剣があるな」
剣――?
考えまいとしていた事実が積み重なっていく。
ここに死体があり、血だらけで、そして剣があるという事実。
つまり、ここは人殺しがうろついている森ということになる。
妖精に促されて、死体の裏に隠されていた剣を、そっと掴み取る。
重い。
このサイズの金属だから、当たり前に重い。
包丁ですら、手に持つと緊張する男子高校生にとって、むき出しの大型の刃物は、身震いするほど恐ろしかった。
「だ、誰がこの人たちを殺したのかな?」
「おいおい、腰がひけてんなぁ。んー……骨はひしゃげてるけど、切り傷は無さそうだな。多分、獣か神じゃね?」
「か、神?」
「そ、神。お前、変なヤツだな。人を殺すのは、人か獣か神に決まってるだろ?」
「人と獣は分かるけど……神って?」
「無知すぎてめんどくせぇな……ほれ、さっさと池に戻るぞ」
そう言い放って、妖精は素速く飛んでいってしまう。
取り残されまいと、真人は抱えた剣に気をつけながら慌てて走り出した。
◆
池で洗うと、服と剣は思ったよりも綺麗になった。
神聖な雰囲気を漂わせた池で、汚れものを洗うのは気が引けたが、妖精が「じゃぶじゃぶ洗え、見苦しいもんを引っ込めろ」とうるさいので、気にするのをやめてじゃぶじゃぶ洗ってやった。
びしょ濡れの服を着るのは気持ち悪かったが、裸でいるよりはマシだった。
それに、剣を持った状態で素肌を晒すのは危険だった。
「せめて、鞘でもあればいいんだけど」
おっかなびっくり剣を持っている真人を見て、妖精がため息をつく。
「欲しいもんがあったら、村なり街なりで買えばいいだろ? もっとも、お前が金を持ってるようには見えないけど」
また新しい情報だ。
人里があるというのは嬉しい情報。
それに、貨幣があるということは、ある程度の経済が存在し、それを扱えるだけの文明が存在することになる。
「さて、身なりは整ったな。それで、聞きたいことって?」
そうだった。
ようやく情報を得られるとあって、真人は姿勢を正した。
「ここは、どこ?」
「名も無き森って呼ばれてるな」
しまった。質問が曖昧すぎた。
「名も無き森なのに、名前があるってのはおかしな話だよなー!」
キャハハと妖精が笑うが、はっきり言ってぴくりとも面白くない。
「いや、それはいいんだ。この世界の名前は?」
妖精は、可哀想なものを見る目つきで、真人を見た。
「お前……自分の名前分かる?」
「……都賀真人だけど」
「ツガマコトぉ? 変な名前だな。まぁ、いいや。お前、自分の名前は分かるのに、この世界の名前は分かんないの?」
「恥ずかしながら、教えて欲しい」
「頭下げんなって! 分かった分かった、教えてやるよ」
妖精が空を見上げる。
つられて、真人も顔を上げると、
――亀裂の入った、空。
ガラスが砕けたように、あるいは卵がヒビ割れたように、青空に黒い亀裂が走っていた。
「ここは『オルダ・ノテラ』。かつて神々に支配されていた世界だ」
主人公を裸にするか迷いましたが、文字通り裸一貫でがんばって欲しかったので、押し通すことにしました。
真人よ、すまぬ。
異世界の名前を考えているときは、まさかこんなこっ恥ずかしいとは……色々勉強になります。