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第1話『さよならもいえない』

 都賀真人つがまことは高校2年生で、もちろん思春期真っ只中だった。


 1年生の春に出会った時から、ずっと思い焦がれていた同級生に、学校の校舎裏というベタな場所で告白し、相手の逡巡しゅんじゅんにやきもきしたものの、おねがいしますの一声に天にも昇る心地を味わったのが昨日の話。


 他の生徒の通り道から外れたところで、指先程度そっと手を繋いだ時、好きな人と触れあうのがこんなに嬉しいことだと知って驚いたのも昨日の話。


 帰宅後に母親から「遅かったわね」と何気なく言われた言葉に、何か感づかれたのかと慌てて「なんでもないって」とぶっきらぼうに突っ返したせいで、逆に相手の興味を引き出して根掘り葉掘り問いただされて、彼女ができたことを白状させられたのも昨日の話。


 今度ウチに連れていらっしゃいと言われ、まだ早いよ付き合ったばっかりだし別れるかもしれないし、と思ってもいないことを言って、その可能性に思いの外ショックを受けている自分に気がついてびっくりしたのも昨日の話。


 そう、昨日はたくさんのことがあった。

 今日も色んなことがあるんだろう。

 明日も、きっと――


 ◆


 話は再び昨日に舞い戻る。


 夜、トラック運送業を営む34歳の妻子ある男性は、とてつもなく疲れていた。

 法律に抵触するギリギリアウトで働かされる連日の運送業務のみならず、生まれたばかりの子どもの夜泣き、それに伴う妻からの苛立ちの混じった罵声。

 眠れぬ夜を過ごし、翌日となった今日、彼の疲労はピークに達していた。


 だからといって、彼が許されるわけではない。

 ただ、彼にも事情があったし、事故が起きた要因はいくつかあったし、その一つでも取り除かれていたら、あんなことにはならなかったのかも知れない。


 たらればの話をしても意味はない。


 とにかく男性の運転するトラックはいつものように会社が管理する倉庫を出発し、運命の交差点へと走り出したのだった。


 ◆


 真人は一人で歩いていた。


 昨日付き合い始めたばかりで、いきなり彼女と一緒に登校する度胸はない。

 幸い、彼女も似た物同士というか、クラスメイトにはまだバレないようにしようね、と約束しあっていたので、どうして一緒に登校してくれないのと責められることもない。


 二車線の道路が交差する十字形の交差点が近づいてくる。

 ふと見れば、信号が点滅していた。


 今なら走れば間に合うかもしれない。

 一瞬そう思ったが、彼女の顔を思い浮かべて首を振る。

 もし、事故に巻き込まれたらどうする?

 迂闊うかつな行動は控えよう、もう独り身じゃないんだし。

 うんうん、独り身じゃないんだし。


 朝っぱらから一人ニヤつく男子学生に周囲が怪訝な顔を浮かべたのに気がつかず、真人は赤信号に変わった横断歩道の前で待機した。

 他の学校の生徒や会社員、子連れの主婦に初老の夫婦。

 皆、いつものように、今日のこと、これからのことを思い浮かべながら信号が青になるのを待っていた。


 そして、トラックが現れた。


 その異常さに最初に気が付いたのは女子生徒だった。

 速過ぎない?

 たとえ信号が青だとしても、あんなにスピードを出してもいいのかしら?


 女子生徒が悲鳴にならないか細い驚きの声をあげたことで、ようやく人々はトラックの存在に気が付いた。

 もはや、手遅れだった。

 すさまじい質量がすさまじい速度で向かってくる。

 ぽかんと口を開けた真人の頭に、急に彼女の悲しそうな顔が浮かんだ。


 ――いやだ。


 それが、真人が最後に発した言葉。

 トラックは歩道を突き進み、人々を吹き飛ばし、ビルに突き刺さり強制的に停車させられた。


 不幸にも運転していた男性は生きていた。

 彼が愛する妻子のもとに戻ることはないだろう。

 極刑が下らなくても、その両手は血で汚れてしまったのだから。

 事件を目にした誰かがようやく悲鳴をあげ、周囲は騒然となった。


 これが、真人の日常の終わり。


 ◆


 永遠とも思える闇が、一瞬で過ぎ去った。


 真人が目を覚ますと、そこは森で、全裸だった。

 気温は寒くないはずなのに、全身の震えが止まらない。


 さっき、確かに、俺は。


 強烈なフラッシュバック。

 トラックの轟音ごうおん、幻聴となって容赦なく襲いかかる。

 当然、真人は嘔吐おうとする。

 目を閉じても開いても、迫りくるトラックのイメージ、そして音が繰り返し押し寄せる。


 苦しみながら転がりまわっていると、腕に鋭い痛みが走る。

 尖った枝が腕に浅く刺さっている。

 うっすらと血がにじみ、ぽたりと地面に落ちた。

 これが、この世界に来て、真人が初めて流した血だった。


 幸いにも、痛みは真人に若干の冷静さをもたらした。

 素肌をさらしたまま地面を転がるなど正気の沙汰ではない。


 真人は腕の痛みに耐えながら立ち上がった。

 未開の森――それが第一印象。

 足元は雑草が生い茂り、隙間からぬかるんだ土が顔を出す。

 見上げれば縦横無尽に伸びた木々が、空を格子状に覆っている。

 先が見えないほどではないが、それでも昼間とは思えないほど暗い。


 ひたすらに意味の分からない状況。

 焦燥感が全身を染め上げる間際、彼女の顔が思い浮かんだ。

 一旦、考えることを放棄する。


 こうなってしまった原因、それを考え始めると足がすくみ、どこにも行けなくなる気がした。

 全ての疑問を保留にし、ただ自身の生存を最優先する。

 北か南か、西か東か。どちらへ向かえばいいのか、少しだけでも判断基準が欲しい。

 ばかやろう、もう揺らいでるじゃないか。

 どちらでもいい、とにかく前へ――、


 その時、視界の隅に光がまたたいた。

 蛍?

 子どもの頃、見かけた蛍。それよりも少し明るく、もっと意思を感じる動きだった。


 真人は走り出した。

 ただの蛍かもしれない。

 でも、もし蛍ではない何かだったら。


 何かって、なんだ?

 真人の顔に苦笑いが浮かぶ。

 彼は気がついていた。自分が、単にあの場に居たくなくて、もっと言えば、自分で判断することを恐れていた。

 都合よく現れた虫の光に誘われて、馬鹿みたいに走り続ける自分こそ、街灯におびき寄せられる虫のようだった――だが。


 光は、明らかに真人から逃げ始めていた。

 虫の動きじゃない、意思を持った動きだ。

 裸足で走り続けたせいで、足が痛む。

 血の流れる腕も、ずきずきと締め付けるような痛みを発している。

 逃げないでくれ、別に捕まえたいんじゃない、ただ、教えて欲しいことがあるんだ。


「待ってくれ!」


 思わず叫ぶ。

 そのまま、バランスを崩し、草むらに頭から突っ込む。


「くそ……痛ってぇ」


 草がクッションになったとはいえ、全速力で走っていた勢いのまま転がったせいで、鈍い痛みが全身を覆っていた。

 呼吸を整えようと仰向けになろうとして、気がつく。

 池だ。

 目の前に、小さな池があった。

 周囲の豊潤な葉の色を映し出し、濃い緑色に染められていた。

 光は、池の中央に浮かんでいた。

 真人が立ち上がると、すーっと目の前に近づき、怯える真人に言った。


「なんだよ、アタシに何か用か?」


 光の正体は、小さな妖精だった。

完全にアドリブで、先を考えて書いていません。

ただ、読者に誠実であろうと思っていますので、書いた内容は前言撤回せずにがんばります。


……おかしい。

明るい話を書こうと試行錯誤していたのに、結局アップするのはシリアスな内容に。


更新頻度はまばらになりそうで申し訳ないのですが、お付き合い頂けるとありがたいです。

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