僕が君に恋をした
ナツコイ企画の小説です。よろしくお願いいたします!!
僕は向井涼介。18歳。高3。花屋で働く憧れの女性に会いたいがために、毎日、少しだけ遠回りをして高校から帰宅している。憧れの女性はとても美しいんだ。2、3回は挨拶くらい話した事があるけど、正直、今のところはその程度で精一杯。合う度に会釈はしているけどね。まぁ、ささやか幸せを感じているから凄く嬉しいんだ。僕は涼しくなった夜風に心地好さを感じて空を見上げた。夕闇が迫る夏の空は深いクリムゾンレーキ色に染まっていた。
彼女の名前は桐島優奈。20歳。大学生の女の子。なぜ知っているのかって?隣の席の紗英っていう女の子のお姉さんだからだ。今から1週間前、僕がコンビニでバイトをしていた時に、偶然、姉妹揃って買い物に来ていた事があったんだ。お姉さんがいるっていう話しは前から聞いてはいたけど、その時に初めて御目にかかったんだ。綺麗な人だった。紗英は可愛いタイプだけど、お姉さんは美人のタイプ。潤んだ魅惑的な瞳をしていた。あの瞳に見つめられたら僕は溶けてしまいそうだった。何処と無くシャム猫みたいな感じもした。エレガントでノーブルで一度見たら忘れられない印象を心に残す女性だった。僕は平静を装っていたけどね、動揺した心は隠せなかったよ。なぜなら、紗英にお釣りを渡した時なんだけど…。
「ちょっと!涼介!120円も足りないんだけど?」と紗英に言われて僕は珍しくパニクった。美人のお姉さんが隣に居たせいもあるんだけど。
「あぁ!すみません間違いました」とあたふたしていたら、お姉さん、僕を見てクスッって笑ったんだ。可愛い笑顔だった。僕は一瞬ニヤけそうになったけど、仕事中だからなんとか堪えた。
「涼介、気をつけてよぉ」と紗英が言ってくれたことが凄く助かりホッとしたのを覚えている。
「紗英、またおいでね!」
「うん。涼介、頑張って!」
「ありがとう!お姉さんもありがとうございます」と僕は言った。
「ありがとう」とお姉さんが初めて発した言葉が、声が僕には天使のような声に聞こえた。清涼感が溢れていて、クリスタルの輝きみたいな透き通った声をしていたんだ。聞き惚れるとはこの事だと考えてたら、僕はハッ!と気付いて紗英を見た。紗英は僕の様子を見ながら、ずっとニヤニヤして笑っていた。
「なんだよ」と僕は言った。
「ふふふん。別に、なんでもないよ♪」
「なんだよ」と僕はまた言った。
「お姉さんに惚れたなっ」と紗英が冷やかすように言った時には、僕は顔が梅干しよりも赤くなったと思う。汗が一気に毛穴から滝のように出そうな感覚に襲われてもいた。
「バ、バ、バカたれっ!」と僕はありふれた乏しい言葉を使って紗英を叱った。
「涼介、顔に出すぎだぉ。あははは」と紗英は笑った。お姉さんは僕らのやり取りを楽しそうに優しい眼差しで眺めていた。
「紗英、この先、道路工事で舗装されていないからコケるなよ」と僕が笑って言った。
「もうすでに、さっき、コケたよ。あははは」と紗英は照れて笑っていた。
今日は優奈さんに話かけてみるだけじゃなくて、花を買おうと思っていた。花屋はもうあの角を曲がった商店街の中にある。花屋が近付くといつも胸がドキドキしてくる。商店街は人で賑わっていた。夕食の買い出しに来ている主婦の姿が多い。フランクフルトを食べながら歩く女子高生の口にはケッチャプがベッタリ付いていた。
「奥さん、秋刀魚が安いよーっ!旦那に食べさせなさいよ」と魚屋の店員が50代の女性に大声で話しかけていた。
「ごめーん!今日はカレーなのよ〜ん。また今度にするわん。がははは」と笑いながら店員の肩を何度も何度も叩いていた。
「おい、奥さん痛てぇよ」と店員は揺れながら言った。
「男ならこれくらい我慢、我慢。ガハハハ」と女性は笑っていた。
僕の胸は高鳴るばかりだった。魚屋の隣の隣が花屋さんだ。花屋に着くと僕は中を覗き込んでみた。店員が花を束ねていた。優奈さんは居ないみたいだ。僕は扉を開けて中に入った。
「こんにちは。あの、優奈さんはいらっしゃいますか?」と僕は勇気を出して話し掛けてみた。
「桐島は今日はお休みなんですよー。明日は来ていますよ」と教えてくれた。僕は落胆して肩を力なく落としてしまった。
「そうですか…、分かりました。失礼致します」と店を出た。花屋の外に並べられている花を眺めて、一輪バラの花を手にしてレジに再び向かった。
「今日入ったばかりの貴重なバラなんですよ」と店員は言ったが、僕は落ち込んでいて、そんなことはどうでも良かった。
僕はバラの香りを嗅ぎながら商店街を歩いた。『優奈さんに会いたかった。今日も会いたかった。話したかった』と思いながらカフェに入り、イチゴケーキとチーズケーキとメロンソーダを頼んだ。僕は切ない気持ちを抑えることが出来ないでいた。やるせないとはこの事だ。店内ではビートルズの「恋する二人」が流れてきた。良いスピーカーだなぁ、と感心しながら耳を傾けていた。
「お待たせ致しました」と店員がテーブルの上に置くと、隣の席の女子高生が僕を見てクスクス笑っていた。僕はバラの香りを嗅いでからメロンソーダを飲んだ。バラをテーブルの端に置き、音楽に耳を傾けた。ジョンの歌声が堪らなく胸に響く。僕は哀しくて心で泣いていた。
「チーズケーキから食べよう」と呟いてフォークを口に運ぼうとしたら、「コン、コン」と窓を叩く音がした。見ると優奈さんが笑いながら手を振っていた。
『そっちに行っていい?』と口を動かして僕の向かいの席を指さした。僕は頷くいた。
優奈さんは席に座った。
「今日はお休みで買い物をしていたのよ。そうだ!涼介くん、この前はありがとう。妹が生意気な口を聞いちゃったね。ごめんね」と言った。僕は首を大きく横に振った。
「その花どうしたの?」
「優奈さんの所で買いました」
「貴重なバラだよ」と優奈さんはバラを手に持った。バラを持つ手が美しかった。
「そうみたいですね」と僕は言った。
何て言う名前か知っている?」と優奈さんは言った。
「分からないです」
「マッカートニーって言うだよ」と優奈は笑った。
「マッカートニー!?」
と僕は驚いた。
「ビートルズのポール・マッカートニーに捧げたバラの花なんだよ」と優奈さんは言った。優奈さんが僕にバラの花を渡した時、僕と手が触れた。僕は稲妻に打たれてしまった。スピーカーからビートルズの「恋におちたら」が流れていた。
終
ありがとうございました!