日常
朝、6時40分にアラームによって起こされた。リビングに行くとお母さんがもう朝ごはんを準備してくれていた。おはよう、と挨拶してから、朝ごはんを食べる。
食べ終わったら、自分の部屋に戻り、学校の準備をする。それが、終わると、歯を磨いて、顔を洗ってと朝は大忙しである。
全ての準備が整ったとき、インターホンが鳴った。ナイスタイミングである。ドアを開けると、私の好きな人が待っていた。
「おはよ」
私があいさつすると、彼も「おはよ」と返してくれた。
「じゃあ、行こっか」
私の言葉を合図とし、私たちは歩き始めた。まず、向かうのは駅だ。そう、電車通学である。私は前にいた学校を辞めて別の学校に転校した。航汰が通う学校へ。
「また、航汰と通学できるなんて夢みたい」
私はそう言葉を漏らした。
「そうだな」
それに対して、返してくれる彼。
ああ。今、私は幸せだ。そう感じざるおえなかった。幸せは、後になってから幸せだったなと気づくとも言うが、私は今の幸せを感じることができた。
航汰と話しながら歩くとすぐに駅に着いた。目的の駅までは二駅らしい。普段は歩いて通学してた私にとって、電車での通学は新鮮に感じた。
電車に乗っている間、私は気になっていることを航汰に訊くことにした。
「私ね、航汰は7年前に死んだと思っていたの。両親からも、そう聞いていたから。最初の1年は全く信じることができなかった。信じたくなかったからだね。でもね、次第に航汰のいない生活が普通になって、信じざる負えなくなったの。それでね、なんで7年経ってから帰ってきたのかなーと気にしちゃうんだ。もう少し、早く帰ってきてくれたらいいのにって。なにか理由があるなら教えてくれないかな?」
私は自分の疑問をすべて口にした。これは航汰が帰ってきてからずっと気になっていたことだ。
航汰は、少し困ったような顔をして口を開いた。
「実は、俺が目覚めたのは1年前だったんだ」
「えっ、、1年前」
私は思わず言葉がもれてしまった。思いもよらない言葉を聞いて。
「うん、1年前。それまではずっと昏睡状態だったらしい。いつ目が覚めるか分からなくて、一生目が覚めることはないかもしれない状態。でも、俺は6年後に目を覚ました。だが最初は、記憶が混乱してて親のことも思い出せなかったんだ。優莉乃のことも……」
電車が大きな音をたてて走っていく中、航汰は単端と語っていった。
「目が覚めてから、まずリハビリを始めたんだ。6年間寝たきりで、筋肉はほとんどついてなくて、歩くことも出来なかったからさ。それで、もう十分に歩けるようになった時に、何か運動をしたほうがいいって医者に言われて、人気が高いバトルマッチを始ることにしたんだ。そして、最初にバトルマッチを習いに行ったら、体が航乃流のことを覚えていて、すぐにその道場で一番強くなった。その時ぐらいから、昔の記憶が蘇ってきて、昔住んでたこっちに戻ってきたんだ」
航汰は、悲しい顔をするわけではなく、でもまた、嬉しい顔をするわけではなく、ただ真剣な顔をしていた。
「正直に言うと、そのときはまだ優莉乃のことを思い出してなかった。前の試合でお前とぶつかった時に、やっと思い出したんだ。でも、そのときはまだ曖昧にしか覚えてなくて、混乱してた」
「だから、なんで航乃流を使えるか聴いたときに『なんでだろうな』と言ったと?」
私の言葉にこくりと頷く彼。私はなんだか恥ずかしくなってしまった。私、理由も知らないで、怒って殴りにかかるなんて……。
思わずため息が出てしまう。
「まあ、結果的に優莉乃と出会えて俺は幸せだよ」
航汰が何気なく言った言葉に私は赤面してしまった。そして、「ほら、もう駅に着いたから!」と言って、電車から飛び出た。
学校に着くと、まず職員室に向かう。そこまでは、航汰がついて来てくれたが、ここでひとまずお別れだ。担任となる先生と少し話してから、教室に向かった。もうすぐ、私が転校生として紹介されるということだ。
そして、ついにそのときが来た。廊下で待っていると、先生の「入ってきなさい」という声が聞こえた。私は一度深呼吸してから、ガラガラと扉を開ける。すると、生徒たちの視線が一斉に私に集まった。
私は、一歩ずつ足を踏み出して教卓へと上がった。先生の「自己紹介をしなさい」という声で、私の緊張は一気に高まる。
言葉が出てこない。自己紹介だから、まずは名前を言わないといけない。
「えっと、わ、私は……」
嫌な記憶が蘇る。クラスの人たちから白い目線が向けられたあの時のことを。逃げ出したくなった。怖くなった。
私がうろたえていると、視界に男の子の姿が目に入った。航汰だ。彼は、口パクで、「がんばれ」と言って笑った。その姿を見た瞬間、緊張が一気に解けた。
「私の名前は、川岸優莉乃です。趣味は~~」
一度緊張が解けると、言葉がすらすらと出るようになり、考えていたことがすべて言えた。最後に先生が「川岸さんに何か質問はありますか?」と言った。
すると、一人の男の子が手を挙げて言った。
「僕、前に仲森バトルタワーにいたんだけど、川岸さんってバトルマッチできるんですか?」
その瞬間、私の体は止まってしまった。まるで、凍りついたように。なにか、言おうとしても口がぜんぜん動かない。頭に浮かぶのは、「化け物」という言葉。7年前にも、つい先日にもクラスメイトに言われた言葉。
ここから始まろうとした新しい生活なのに、ここでもう終わってしまったのだろうか。
そこに、クラスの女の子が口を開いた。聞きたくなかった。また、化け物と言われてしまうのが。だが、彼女が口にしたのは、思いにもよらない言葉だった。
「川岸さん、バトルマッチできるの! すごいね!」
まさかの賞賛に私は固まってしまった。だが、さっきとは違う固まり方だ。
彼女の言葉を先頭に「俺もできるようになりてー」「今度、バトルしよーぜ」「私にもできるなら、教えて欲しいな」と、いろんな声が出てきた。そこには、誹謗中傷の言葉は全くなかった。航汰のほうを見ると、彼はすごく安心した様子だ。心配してくれたのだろう。そこで、私はクラスみんなに向かってこう言った。
「うん、私、バトルマッチが大好きなの!」
と。
この時は私は、大嫌いが再び大好きになったのだった。
終わり
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




