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夢を諦めた私は  作者: こっち
3/4

航汰

 なんで。なんで、航乃流を使う人がいるの。私と航汰を繋いでいた唯一の証だったのに……。


 フードの男に倒された後、いきなり舞台に上がってきた私を係の人が下りるように指示してきたので従った。その後も、試合が続いていたが、彼が出てくることはなかった。

 その日、私は2時間待ったが中川君が戻ってこなかった。そりゃ、そうだろう。会わす顔がないに違いない。だが、正直そんなことどうでもよかった。2時間待たされようが、3時間待たされようが気にしない。フードの男の正体以外のことに興味ない。やがて、疑問は怒りに変わっていた。私と航汰を繋いでいたものを盗られた気がしたからだ。絶対に倒してやる。いつの間にか、心の中でそう決心していた。


 次の日の朝。私は寝ている体を起こした。全く寝れなかった。何度も眠ろうとはしたのだ。だけど、フードの男のことが気にかかって仕方が無かった。


「優莉乃、もう起きなさいよー」

 お母さんがドアをノックして、私に起こすように言った。こっちは一寸も寝てないっていうのに。

 私は学校に行く準備をさっと済ませてから朝食を食べにダイニングに向かった。私が朝食を食べにきた姿を見たお母さんは目を丸くして慌てた様子で私に声を掛けた。


「優莉乃、大丈夫なの! 顔色がとても悪いわよ。 今日は学校に行かなくていいから休んどきなさい!」

 何を大げさな。そう思って洗面所で鏡を見てみると驚愕した。真っ青。言葉そのままの意味である。私の顔は真っ青そのままであった。ついでに髪はぼさぼさである。これは心配されるね。納得。


 ということで、私は学校を休むことにした。少し嬉しい。学校に行かなくていいからではなく、それによって昨日のことを考える時間を手に入れたからだ。

 お母さんに流されるまま軽く朝食を取ったあと、布団のなかに入った。


 よし、これからまた昨日のことについて考えよう。まず、なんでフードの男は私の名前を知っていたんだろうか。知り合いの中の一人なんだろうか。それとも、相手が一方的に私のことを知っているのだろうか。それなら、一体誰なのだろ――――。そこまで考えたとき、私の意識は暗闇の中へと消えた……。


 夢を見た。

 私と航汰が一緒に学校に通う夢。今ではもう叶うことのない夢。

 だからこそ、もう少し見ていたかった。もう少し航汰と一緒に過ごしていたかった。夢でもいいからっ! お願い、いさせて! そこで夢が覚めた。残ったのは航汰が死んだという事実だけ。それは、私のせい。その時また、泣いてしまった……。


 泣き止んだあと、私は、体を起こして時間を確認した。時刻は午前7時。つまり、丸一日寝ていたということだ。もちろんのように、お腹がぐ~と鳴った。1日何も食べてないもんね。


 空腹をなくすためにダイニングまで行くと、私の存在に気付いたお母さんが駆け寄ってきた。

「もう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫だから」


 私はそう言ってご飯を食べた。お母さんは今日も学校に行かなくていいと言ったが、私は行くと決めた。考えることに疲れたからか、まず外に出たかったのだ。


 休み明けの登校は少し緊張した。今、思えば一昨日はいろんなことがあったもんね。そういえば、人生初の告白を受けたんだ。まだ、返事してないな。やっぱり、したほうがいいのかな。もし、会ったらどうしよ。絶対気まずいじゃん。


 1日休んだからか、心に余裕を持つことができていた。一人で悩んでいるといつの間にか学校に着いた。起きるのは普段より少し遅かったが、登校時間には間に合ったようだ。


 教室の前にきた。何か言われるのかな。誰かは昨日休んだことを心配してくれるのかな。そんなことを考えて、入った教室で向けられた目は思いも知らなかった冷たい目だった。


「えっ、!」

 その自分に向けられた目を私は知っている。小学校の頃に向けられた目。忘れたくても忘れたれなかった目だ。

 中川君が席を立って私に近づいてきた。先日、彼は私に好きっていったんだよ……。彼の口が開いた。私に好きって言ったんだよ! だからっ!


「この化け物……」

 ひどく冷たい声だった。分かっていた。その目も。その声も。そう言われることも。だって、小学4年生の時、7年前、航汰が死んだ時もそう言われたから。


 だから、もう経験済みだもん。もう体験したもん。もう知ってるもん。なのに、なのに、なんで涙がいっぱい溢れてくるの。なんで嗚咽が止まらないの。なんでこんなに胸が痛いの。こんなの昔よりひどいよ。……そうか。昔に比べて私は弱くなってしまったんだ。だって、今はもう…………航汰がいないから。昔はいくらしんどくても航汰がいた。話しかけようとしてくれた。でも、今はいない。だからもう、私は……耐えられない!


 私は教室を勢いよく飛び出し、走って学校を出ていった。そのままスピードを落とすことはなく走り続けた。無我夢中で。そして、やがて足を止めた。顔をあげるとそこは、あれから7年間一度も来なかった場所、私と航汰の思い出の場所、私がもう来ないと誓ったはずの場所、つまり、航乃流の練習場所の野原だった。


「もう来ないって決めたのに、また来ちゃった……」

 ここに来ても、もうあの時みたいに慰めてくれる航汰はいない。そうわかっているはずなのだ。

「でも、心のどこかで期待している自分がいたんだろうね……」


 久しぶりのその野原で私は寝転がった。なぜだか、安心できた。目をつぶると気持ちよく感じる。あれだけ寝たのに、まだ寝れそうだ。何もすることがない私は寝ることにした。カサッという草を踏む音に構っている間もなく、気持ちよく眠りに落ちたのだった。


 夕方、目が覚めた。少し肌寒くなってきた。太陽の方向を見ると、見事にきれいな夕日を見ることができた。私は家に帰ろうと、立ち上がった。すると、するっと体に乗っていたものが落ちた。なんだろう、思って拾い上げてみるとそれは服だった、フード付きの。


「まさか、そんなことはないよね」

 自分に言い聞かれるように私は呟いた。偶然に決まっている。もう期待はしたくない、外れたら怖いから……。

「よし!」

 難しいことを考えるのは一旦やめよう。キリがない。

 もう家に帰らないとお母さんを心配させてしまう。学校を出て行ったのも連絡されてるだろうし。


 人生は予期せぬことに左右されることが多い。予期せぬことだから左右されるのだろうか。そんなことはどうでもいい。今、私に予期せぬことが起きている。


 何故だろう、今日は昔と同じことが繰り返されてばかりだ。隠していた力を知られ、「化け物」と呼ばれ、野原で落ち着いた。そして、車にひかれそうになった。

 そう、今私は車にひかれそうになっている。赤信号を無視した車に。でも。なんでこんなに冷静でいられるのだろう。そこは昔と違うところ。


 頭をフル回転させる。走って避けるか。それだったら、もう間に合わない。あえて、吹き飛ばされて受け身をとるか。受け身をとっても重症は免れない。それだったら、最後の手段。イチかバチかやってみるか。


 私は構えた。あの日、航汰が私の前で構えたように。そして、両手を突き出した。だが、その瞬間感じた。なんとなくだけど、分かった。無理だ。あの日の航汰のように車を止めても衝撃で吹き飛ばされると。でも、もう遅い。実行するしかない。

「「はぁっ!」」

 お腹から声を出して、全力で車を止めた。結果、車は止めた。私は…………吹き飛ばなかった。なぜか、衝撃が少ない。その時、横から声がした。

「あぶなっ! 久しぶりにやったけど2人でならできたな!」


 ああっ、これは夢か。それにしては、手に残る痛みはなんなのだ。そこで、私は現実を理解した。

「こ……こうた? 航汰なの?」

「ああ、そうだよ、優莉乃」

 生きてたんだ! 航汰は生きていた! 無駄だと思っていた期待通りだった。

 顔は昔の可愛らしさは消え、その分男前になって

いる。声はだいぶ低くなっているが話し方は変わってない。

 ふいに、私は彼の胸に飛び込んだ。体が勝手に動いたのだった。本当は抱きつこうとしたが、航汰の身長が伸びててできなかった。あの時は、私のほうが高かったのに。

「会いたかった。会いたかったよ……」

「ああ、俺もだよ」

 今日、何度目か忘れた涙を流した。そして、軽く私たちはキスをした。ほんの1秒だけのキスだったが、航汰のいない7年間が帰ってきた気がした。

 それから、警察が駆けつけるまで私たちの体は離れることはなかった。

読んで頂きありがとうございます。

次で最終話です。

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