昔話
「優莉乃、早く来いよ」
航汰は野原の中を走り、私に声を掛けた。私は全力で走っているが、航汰に追いつきそうがない。
「航汰。はぁ。待ってよ……。はぁはぁ」
息を切らせながら私たちが着いたのは、見晴らしがとても良い場所である。私たちは毎日そこで新しい流派を作っていた。三大流派と呼ばれる流派はどれも百年以上伝わる伝統的な戦い方である。だが、どの流派にも弱点があって、強いと言えても最強と言えなかった。そこで半年前、航大が『それなら僕たちで最強の流派をつくろうぜ』と言ったのだ。航大にはバトルマッチの才能があって、次々に新しい技を考えて身につけていった。私も負けまいと頑張っているのだ。今日は、最近毎日している航汰との真剣勝負をひたすらやるだけだ。
「優莉乃、準備はいい?」
「オッケー。かかってこい!」
私の返事が合図で勝負が始まったのだった。
「はぁはぁはぁ、やっぱり、はぁ、優莉乃は強いね」
「はぁはぁ、航汰には負けるよ」
私たちは2人で野原に寝転がっていた。航汰との勝負を終えた私は腕時計を見た。
「あっ、もう学校に行かなくちゃ! 航汰、早く行こ!」
私は彼の手を取って、走り出した。航汰は慌てた様子で私に引きずられるような格好をしている。
「えっ! あ! ちょっと!」
そうして、私たちは学校に向かったのだった。
「ゆりのー、早く行こー」
「待って、美穂ちゃん。すぐ行くから」
私はリコーダーを急いで取って、美穂と一緒に音楽室に向かう。
「優莉乃ってほんと航汰君と仲がいいんだね。今日も一緒に走って登校してたでしょ。ラブラブだねー」
「み、美穂ちゃん、そんなんじゃないよー」
私たちは廊下を話しながら歩いていた。いつも、移動教室の時は美穂と行くのは習慣になっている。
「毎日、航汰君と一緒に朝来るけど、その前に何か一緒にしてるの? 例えば、ジョギングとか。あっ、一緒に朝日見てイチャイチャしてるのか。優莉乃ったらロマンチックだね」
「もう、そんなんじゃないって。ただ、朝一緒に…………なんでもいいじゃない」
言葉を濁したのには理由がある。私は航汰としか戦ったことがなくても、一応バトルマッチのプレイヤーだ。しかし、普通の女の子はプレイヤーであるどころか、戦い方など学んだりしないのだ。そして、もし誰か女の子がプレイヤーが判れば、多くの人がその子と関わるのをやめるだろう。それほど、女の子が戦うことは異常なのだ。
「あっ!」
不意に美穂が声を出した。驚いた表情の彼女が見ている方をみると、そこには同じ学年の男の子が6年生数人にいじめられていた。
「おい見ろよ、これ。高そうなペン、こいつ持ってんぞ」
男はそう言いながら、持ってるペンを自分のポケットに入れた。
「や、やめてください。それはおじいちゃんがくれた……」
「うるせぇーんだよ」
男の子は顔を思いっきり蹴られ、地面に這いつくばっている。
「み、美穂ちゃん。先生呼ぼ」
私は目の前でおきていることに怯えて、か細い声で美穂に話した。だが、美穂は首を横に振り、私にはっきり言った。
「ごめん、優莉乃。私、あいつらが許せない。私のことはいいから、あなたは早く先生を呼んできて」
「美穂ちゃん?」
美穂は堂々とした様子で6年生の方に向かって歩く。でも、美穂は彼らに勝てない。相手は6年生で、しかも男子だ。美穂は勝てなくても、自分はどうだ。毎日、航大と戦っている私なら余裕で勝てるだろう。けれど、それをしてしまったら私がいじめられるかもしれない。
「あなたたち、何をしているの!」
美穂がそう言うと、男の子をいじめていた男たちは同時に美穂の方に振り向いた。
「なんだよ。お前。こいつのお仲間か? こいつと同じ目にあいたいようだな。思い通りにしてやるぜ」
男はそう言うと、美穂を殴った。
「きゃっ!」
美穂はその場にうずくまるが、男は彼女の髪を掴み、持ち上げた。
「うぅっ」
「威勢がいいのは最初だけか、おい!」
彼女は涙を流して泣いており、私は思わず名前を口にしてしまった。
「み、美穂ちゃん」
「おいおい、まだ仲間がいたんだ。お前も2人と同じようにしてあげるよぉ」
そう言って、近づいてきた。私は逃げることもせず、ただそこに立ち尽くしていた。男は目の前にくると止まって、立ち止まった。それは私が1人ごとを言っていたからだろう。
「使いたくない。使いたくない。使いたくない。使いたくない。使いたくない。使いたくない…………。でも使うしかない!」
私は構えた。毎日、航汰と戦っている時の、航汰と一緒に考えた流派の構えだ。
「うぉーーー」
私は6年生たちに向かって本気で倒しに行った。
勝負はすぐについた。1分とかからずに、私は6年生数人を倒した。今、彼らは地面に倒れ、うずくまっている。私はいじめられていた男の子に近づいた。
「大丈夫?」
私は彼に声を掛けたが、彼は体をガタガタ震えていた。まだ、先程の恐怖が残っているのだろうと思ったが、彼は恐れた様子で叫びながら逃げて行った。
「ば、ばけものだー!」
彼が言った言葉だ。悲しい。すごく悲しい。助けたのに……。助けてあげたのに……。そう思った。
(そうだ。美穂ちゃんなら)と思って、彼女の方を見たが、美穂も私を恐れていた。
「ごめん!」
そう言って、彼女は走り去ってしまった。
「だから、使いたくなかったのに……」
私はそう言って、学校から離れた。授業開始のチャイムがなっていたが、どうでもよく感じたのだった。
私は泣いていた。大声で。一人、野原で。
人を助けたのに恐れられ、その上、一番仲の良い友達にも恐れられ、逃げられたのだ。
「航汰……」
彼の名前を呼びたくなった。不思議なことに、その名前を呼ぶだけで心が軽くなる。
「航汰。航汰。航汰。航汰。航汰。航汰!」
私は思わず何度も彼の名前を呼んで、最後はなぜだか楽しくなり、大声で叫んでしまった。あんなに悲しかったのに、今は楽しく感じていた。
「航汰ですが、何か?」
「うあっ!」
不意に声がしたせいで、驚いてしまった。声の方向を見ると、笑顔の航汰がいた。私は顔をリンゴのように赤くし、手で顔を抑えながらしゃがんだ。
「なっ、なっ、なんで航汰がここにいるの!? がっ、学校はどうしたの!?」
「なんでって言われても、お前が学校から飛び出たからだろ」
「そりゃ、そうだけど……」
航汰は私の横に座ると、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。そのせいで、顔を一層赤くしてしまう。
「心配してたけど、その様子じゃ大丈夫かな。まあ、泣きたくなったら泣けよ。僕がいつでも付き合うから」
照れくさそうに言う彼に、私の胸の鼓動は早くなった。
(なんだろう。このドキドキは……)
「うん……」
「どうした? まだ落ち込んでるのか? 心配するな。誰がお前になんと言おうと、僕はずっと味方だよ。っていうか、僕も共犯みたいなものだけどね」
「ありがとう。もう大丈夫だから」
「大丈夫ならその泣き顔を拭いとけよ。ほら、ハンカチ貸すから」
私はとっさに自分の顔を触った。その手には涙がついており、とっさに航汰のハンカチを取って言葉を放った。
「泣いてなんかないもん! 航汰のくせに偉そうなこと言って」
口調は少しきつかったかもしれないが、それでも私の顔は笑っていた。航汰はいきなりのきつい口調に戸惑っている。
「でも、ほんとありがと」
その時、私は自分の気持ちに気付いた。
私は航汰が好き……
次の日、私はいつも通り学校に通っていた。教室に入ると皆が私を見つめ、沈黙が続いた。
「おはよ……」
私は勇気を出して挨拶をしたが、誰も返事を返そうとしなかった。美穂のほうを見てみたが、彼女は目が合うとすぐに顔をそらした。私はその場に立ち尽くして、下を向いた。涙が出るのを必死に我慢しているのだ。分かっていた。こんなことになるくらい簡単に予想できた。それでもやらなきゃと思った。もう好きな人に心配させたくなかった。
「おはよ! 何立ち止まってんの? 早く座れよ。どいてくれないと僕は席が座れないんだけど」
不意に大きな声が後ろから聞こえた。誰かはすぐに分かった。航汰だ。
「う、うん」
私は小さな声で返事をすると、何も喋らずに席に着いた。
その後、先生が来たので一度重い雰囲気はなくなった。
私は誰にも気づかれないように泣いていた。クラスの皆から白い眼で見られたからではない。また、航汰に情けない姿を見せてしまったからだ。
(また航汰に迷惑かけちゃった……)
そう思っていた。
それから2週間が経った。私の状況は変わらず、誰とも口をきけてなかった。唯一、話そうとしてくれたのは航汰だった。だが、私は彼に「話しかけるな」と強い口調で言った。本当は話したかった。とても話したかった。でも私と話せば、彼は私と同じ状態になるに違いなかった。それだけは嫌だ。たとえ、航汰に嫌われても、そんな状態にはなって欲しくない。
私は今、ベットで横になっている。時刻は午前5時。毎日、航汰と戦っていたせいで目が勝手に覚めてしまうのだ。でも、何もすることがないので二度寝に挑戦してみた。結果は失敗。ていうことで、ぼぉーとしてる。そんな時、インターホンがなった。
ピンポーン
無視しとこう。そう思って、二度寝にリベンジしてみた。だが、その最中にまたインターホンがなった。
ピンポーン
もう一度無視しよう――と思ったが出来なかった。理由は簡単。
ピンピンピンピンピンポーン
私は頭にきて、玄関まで走ってドアを勢いよく開けた。
「うるさい!」
そう叫び、目の前にいる人物に目を向けた。その人物はいきなり私の手を取って走り出した。それにつられて私も走るが裸足だったため、足がとても痛かった。でも、嬉しかった。理由は決まっている。
航汰が来てくれたから。
「優莉乃! 聞いて驚け! 新しい技を考えたんだ。これをちゃんと使えれば、車が走って来ても生身で止めれるんだぜ。もちろん、無傷でな」
いつも来ていた野原に連れてこられて、航汰が最初に言った言葉だった。彼はとても嬉しそうな顔ではしゃいでいる。
「うん……」
私の小さな声での返事を聞いた航汰はそのままのテンションで新しい技とやらを説明する。
「こうやってだな。体全体を使って受け止めるんだ。その時に、衝撃を地面に逃がす為に――」
体を大きく使って説明する彼を私はなんとなく聞いていた。いつもなら興味津々な私だが、今はそこまで聞く気になれなかったのだ。
私は不思議だった。なぜ航汰は私に構うのだろうか。私なんかと話したら、私のように彼の友達がいなくなることもありえるというのに。
一通り説明を終えた彼に訊いてみた。
「航汰、なぜ私なんかに構うの? 私が学校でどんな状態か知ってるでしょ」
その質問を聞くと、「うーん」と少し考えてから答えを口にした。
「やっぱり、優莉乃がほっとけないんだよ、どうしても」
航汰は恥ずかしそうな表情をしていた。その様子を見た私は、胸の中で温かいものを感じて思った。やっぱり彼が好きなんだと。
今日も私は嫌な空気の学校にいる。いつもと違うところといえば、私の気分が良いところだ。その理由は簡単、航汰と話してから学校に来たからである。
昼休みの時間になった。美穂と一緒に食べることが無くなった今、私は1人で昼食を食べている。何も考えることもなく、ぼーとしていた。
その時だった。誰かが私に近づいて来た。航汰が来たと思い、少し笑みをこぼして顔を上げる。だが、そこには彼がいなく、代わりに年上の男がいた。
「なんですか」
「なめてんのか、おい! 俺をこんな目にあわせておいてよ!」
私の冷たい口調に対し、男は睨みながら怒鳴った。よく見ると、その男は前に私が美穂を助けるために倒した奴だった。
「あー。あの時の人ですか。あれは自業自得だと思うんですけど。あっ、すみません。自業自得という言葉はバカなあなたには理解できませんよね」
棒読みでそう言った。航汰が来たという期待を裏切られたからなのだろうか。やけに腹が立ったので、ついつい挑発してしまった。我ながら完璧な挑発だろう。
「喧嘩売ってんのか! ちょっとこっちこいや」
そう言って、男は教室を出ろと指示してきた。従うのは気に食わないが、これ以上クラスの人達に迷惑を掛けるのが嫌だったので、無口に言われるとおりに歩いた。
連れてこられたのは、人目の少ない校舎裏だった。
「なっ」
思わず声を出してしまった。なぜなら、そこには30人程の人がいたからだ。多分、男の仲間だろう。もしも、今の時間にここで告白をしようとしてる人がいたらどうなっていたんだろうか。少し気になる……。
「でも、ざまーみろだよ。友達を助けたのに恐れられ、その上、クラス全員からも避けられているんだろ。化け物さんよー!」
男がそう言うと、周りの奴らがクスクスと笑い出した。私の心は少し気が付いていた。特に最後の化け物呼ばわりされた時は。
「この前の借り。返してやる!」
叫ぶと同時に全員が私を襲ってきた。
「ちっ」
私は舌打ちをして、構えた。
6年生たちは本当におバカさんなんだろうか。また、一分とかからずに全員を倒した。彼らは、何の策もなく、連携もとれてない状態でかかって来た。それを返り討ちにした。だが、私は泣いている。
力は強かった。しかし、心はまだ弱かったのだ。彼らは、かかって来たときに、「化け物め」「死ねや」と叫んだ。罵声を浴びた私はその場にうずくまり、涙をながしていたのだった。
もう嫌だ。もう傷つきたくない。もうつらい。もう…………死にたい。
そう考えてながら、道路を歩いていた。もし私が死んだら、このつらい気持ちから逃げれるのではないか。航汰にもう迷惑を掛けなくていいんじゃないか。
その時、車のクラクションが聞こえた。横を見ると乗用車がブレーキ音を上げながら突進して来ている。
(えっ! このまま死ぬの? なんで、死にたいなんて思ったんだろう。死にたくないよ。まだ死にたくない。航汰に私の気持ちを伝えたい。それまでは……)
避けないといけないと分かっていたが体が動かず、ただ震えていた。車は3メートル程先まで迫っている。もうだめだ。そう思い、目を閉じた…………が、
「ゆりのーー!」
目の前で私を呼ぶ人間が現れた。それが航汰と気づくと同時に彼は車と接触した。
出来事は一瞬だった。航汰は車に向かって両手を突き出していた。止めようとしているのだとすぐに分かった。
(そんなこと、できるはずがない)
そう思うと、同時に朝の航汰の言葉を思い出す。
「新しい技を考えたんだ。これをちゃんと使えれば、車が走って来ても生身で止めれるんだぜ」
確かに、そう言っていた。
結果、航汰は車を止めた。そう、止めたのだ。ぴたっと。だが、代わりに航汰が吹っ飛んだ。放物線を描くように10メートルほど飛んだ後、頭からコンクリートの地面に突っ込んだ。
「えっ」
無意識に声が漏れた。私の視線の先には血だまりの中に倒れている彼の姿がある。
一瞬、何が起きたのか頭が追いつかなかったが、すぐに理解した。そうだ。航汰は私を助けようとして死んだのだ。つまり、私のせいで航汰が死んだ…………?
「こうた……」
私は意識を失った。
ある夢を見た。
それは、私と航汰が結婚して夫婦でバトルマッチのチャンピョンになる夢だ。
だが、目が覚めた瞬間、気付いた。その夢は絶対に現実になることのないんだと。
私が目を覚ましたのは病室でであった。私は泣いて泣いて泣きまくった。そして、嫌いになった。彼を殺した自分と彼と自分を繋いでいたバトルマッチを。
読んでくださりありがとうございます。
次話投稿がいつになるかわかりませんが、また読んで頂ければ光栄です。




