息子との再会
翌朝、セイファートは護衛の騎士たちと一緒に空に上がった。カペラは悠然と空を飛んだ。騎士団長はもちろん、騎士団のお偉方は猛反対だった。前にも幾度か、侵入の目的と意図について、問質す使者を立てたのだが、その都度、小競り合いが繰り返されたのだ。セイファートはそこを強引に押し通した。一度だけ試みて、駄目なら別の作戦を立てると誓ったのだ。不承不承の承諾を取り付けると、早速に飛び出した。グズグズしていると、やはり、危険だからとか何とか言われそうだったからだ。
「セイファート様自身がお出になる事は危険です。ここは私たちにお任せ下さい」
「私でなければならないのだ」
たくさんの騎士たちが止める中、カノープスだけは黙って、セイファートに従ってきた。今もすぐ後ろを飛んでいる。
セイファートの目の前に要塞が迫ってきた。要塞から何人かの人間が飛び出してきた。彼等はバトルスーツに身を包んで、飛翔装置を付けていた。
「攻撃をしに来た訳ではない! 私はこのリィバード大陸にあるレガゥールス皇国の皇子セイファートという者だ! 君たちの侵入の目的と意図を聞きたい!」
セイファートは声を張り上げてそう怒鳴った。バトルスーツの人間たちは、セイファートの顔を見て戸惑っているようだった。何人かが要塞に戻り、残りはセイファートたちと対峙した。後ろの騎士たちがホォッと感心したようにため息を洩らした。今までは問答無用に攻撃をしてきたのだ。だが、一定の攻撃を加えると要塞に戻って行くという事の繰り返しだった。まるで、近付くなと言うサインのようでもあった。
「セイファートという者だけ中に入れ!」
暫くしてから、要塞から直接返事が届いた。
「セイファート様、いけません! これは罠です」
カノープスが顔色を変えた。後ろの警護の者にも動揺が走っている。
「ここで待っていてくれ。私は大丈夫だ」
「セイファート様!」
「これは命令だ。カノープス、皆が暴走しないように見張っていてくれ」
セイファートは皆に笑顔を向けると、カペラを要塞に向けた。バトルスーツの男たちがセイファートとカノープスたちの間に割り込んだ。セイファートは両脇をバトルスーツの男で挟まれた。
カペラを下ろすとそのまま、幾人かのバトルスーツの男たちに囲まれた。セイファートは男たちに囲まれるように要塞の中に連れ込まれた。
要塞に入るとセイファートはプレートメイルを脱がされた。腰につけたプラズマ剣も取り上げられた。
「抵抗はしない」
セイファートは男たちに声を掛けた。彼は抵抗できないように後ろ手に縛られた。彼等はそれからゆっくりと、バトルスーツを脱いだ。セイファートは、彼等が自分となんら変わりが無い人間であるという事実を見せ付けられて、落胆した。コールドスリープ装置か核シェルターに、故障でも生じたのだろうか? では、いつ彼等は目覚めたのだろうか? セイファートは考え込んでいた。
「おい、さっさと歩け」
一人の男に小突かれた。考え込んでいたセイファートは顔を上げた。部屋から出ると、廊下が動いていた。セイファートは男に挟まれながら、ウォークロードに乗せられた。擦れ違う人々が彼に会うと、お辞儀をしていく。彼は困惑した。その様子を見て、セイファートを連れている男たちが苦い顔をしていた。
幾つかのウォークロードを乗り換えた後に、広い部屋に入った。セイファートは入り口で立ち止まった。あまりの事に足が竦んだのだ。部屋には一人の男が待っていた。年の頃は三十才ぐらいだろうか? 男は他の男たちと同じボディスーツを着ていた。金色の髪、深緑色の瞳。男は年を経たセイファート自身だった。
「アスール様、連れて参りました」
セイファートはその言葉に身体を強ばらせた。部屋にいた男をまじまじと見つめる。男の方もセイファートを無遠慮にじろじろと眺めていた。二人はしばしお互いを見つめ合った。
「セイファートと名乗ったな」
男は声を出した。セイファートはうなずいた。
「まだ、若そうだな。幾つぐらいだ?」
「十九才だ」
男はちょっとたじろいだが、急に大声で笑い出した。
「人違いだ。最も、あの男が生きているはずもないか」
男は椅子に足を組んで腰掛けた。
「おい、離してやれ」
セイファートはとりあえず身体の自由を取り戻した。部屋は会議室か作戦室らしく、目の前に大きなスクリーンがあり、中央に大きなテーブルが置かれていた。
「私はアスール=アゥスツールス。地球から来た。君たちが赤い月と呼んでいるあの星だ。元々はここは我々の物だった・・・」
アスールと名乗った男の声が遠くに聞こえた。セイファートの顔色は青ざめていた。別れた時息子は一才だった。息子の無邪気な笑顔が昨日の事の様に思い出される。目の前に座る自分とそっくりなこの男が、アスールとは到底思えなかった。
「・・・おい! 聞いているのか!」
アスールは不機嫌そうに怒鳴った。セイファートは悲しみに沈んでいた。目の前の男がアスールなら、リーファルはどうしているのだろうか? 意識が完全にアゥスツールスと同化していた。今のセイファートはレガゥールス皇国の皇子セイファートでなく、遠い過去のセイファート・アゥスツールスだった。
彼は昨日鎖を直して、首に掛けたロケットを握り締めた。アスールがセイファートの手の動きに合わせて、瞳を動かした。深緑色の瞳が険しく光った。
「それをどこで見つけた」
アスールはつかつかとセイファートに近付くと、彼の手に握ったロケットを取り返そうとした。思わず彼はそれを拒んだ。アスールがセイファートの手を捻り上げようとした。自然とセイファートはアスールに足払いを掛けた。もともとは自分の物だったのだ。それを取り上げられたくはなかった。
「アスール様」
男たちが慌てて駆け寄ってきた。セイファートは彼らによって後ろから殴り倒された。
「リーファル」
意識が薄れていく中で、セイファートは悲しげにその名を呟いた。
セイファートの額に冷たい手が当てられた。
「リーファル?」
セイファートが風邪で寝込んだ時に、リーファルはこうして心配そうに聞いた。
「大丈夫?」
「???」
セイファートはガバッと起き上がった。頭がズキンと痛んだ。彼は頭を押さえた。丁寧に包帯が巻かれている。ぼんやりとした目でセイファートは辺りを見回した。監禁されてるようだった。室内には寝ていたカプセルベッド以外には何も無かった。誰かがそばにいたような気がしたのだが、夢だったようだ。首に掛けていたロケットはアスールに取られたらしい。喪失感が絶望を引き寄せる。
「リーファル」
その名を呼ぶ度に胸が疼いてくる。会えるなら、会いたかった。
「出ろ!」
不意にドアが開いた。男の声はセイファートの頭に鈍く響いた。彼は顔をしかめて、頭を押さえる。男たちは注意深く、セイファートを後ろ手に縛り上げた。
尋問室の様なところに連れていかれたようだ。机の向こうで、アスールが険悪な目つきを向けている。セイファートの後ろには、プラズマ銃を構えた男が立っていた。
「お前は何者なんだ?」
アスールは探るような目つきで、セイファートを見つめた。
「レガゥールス皇国の皇子セイファート」
「確かにお前はそうらしいな。捕虜にした奴等がお前をそう呼んでいた」
「捕虜?」
セイファートは怪訝な顔をアスールに向けた。
「シリリュース皇国といったか? この国の者たちは、ここで保護している。別に私たちはここを侵略に来た訳じゃない。ある男がこの月をどんな風に変えたのか、調べに来ただけだ。まあ、事と次第によっては、ここへの移住も考えている」
「地球人はここでは暮らせない」
アスールはセイファートをジッと見つめた。それから、額に手を当てて頭を撫でるようにすると、金色の髪をかき上げた。
「お前を見ていると、妙な気分になる」
アスールは手にしたロケットを開けた。かつてのセイファートの笑顔がこぼれた。
「この男とお前はどんな関係になるんだ?」
アスールの声は張り詰めていた。セイファートはロケットから浮かび上がった遠い昔の自分を見つめた。
「おい! 答えろ!」
どうも、アスールは気が短いらしい。息子はどんな風に育ってきたのだろうか? 地球はどうなっているのだろうか? いくつもの疑問が浮かび上がり、セイファートは遠くを見るように目を細めた。
気が短いのかいらついたアスールがバンと机を叩いた。セイファートは顔をしかめた。頭がズキズキと痛んでくる。彼は顔を伏せながら、痛む頭を押さえた。
「では、質問を変えよう」
アスールは男に合図した。男がカード状のリモコン装置を動かした。目の前の壁が大きなスクリーンに変わった。セイファートは顔色を変えた。
「アルタ!」
スクリーンに写し出されたのは、アルタだった。白いワンピースを着て、怯えたように椅子に座っていた。
「お前の知り合いか? この子は俺の知り合いに似ている。お前もだ。これは偶然なのか? それとも何か意図された事なのか?」
「アルタを離してやってくれ。あの子はまだ子供なんだ。怯えているじゃないか」
「質問に答えろ」
「私にも何がどうなっているのか、詳しい事は分からない。アゥスツールス神が何を考えていたのか、知っているのは四体のヒューマノイドたちだけだ」
「アゥスツールス神?」
「私たちの伝説にあるこの世界を造った創造神だ。そして、君の父親だ」
アスールが立ち上がった。セイファートの胸元を掴むと、
「お前は何を知っている?」
怒ったような形相になった。
「まだ、詳しい事は何も分からない。私自身が混乱している状態だ。マーフィーたちなら、巧く説明してくれるだろう」
「そいつらはどこにいる?」
「神の塔だ。君たちが侵入してきた為に、制御装置が破壊された。彼等はそれを修復している」
「案内しろ」
「わかったから、離してくれ」
アスールは乱暴にセイファートを突き飛ばした。息子によって勢いよく押しのけられた身体は床に投げ出された。縛られている為に床を無様に転がった。再び軽く頭を打って、セイファートは呻き声を上げた。
要塞の外は眩しかった。陽の光にセイファートは手を翳した。
「おい、こっちには人質がいるんだ。変な真似はするなよ」
「アゥスツールス神の息子に逆らう者など、この世界にはいない。それよりも、皆に乱暴しないでくれ。連れて行くのは君だけだ」
「何! それはどう言う事だ」
「私も一人で君たちのところに行った。君も一人で私についてきてくれ。これは君と私に関わる問題だ。余計な者に聞かせたくない」
「お前は何か肝心な事を隠しているな」
「はっきりしている事ではないが、私は君の父親の生まれ変わりという事になっている」
セイファートは努めて穏やかな声でそう言った。アスールの動きが止まった。彼が自分をを舐めるように見つめているのを感じた。
「母さんの名を知っていたのは、そう言う訳か?」
「リーファルはどうしている?」
「死んだよ」
一瞬、心臓が止まるかと思った。胸に太い棒を突き刺されたようだ。髪をかき上げると、空を仰いだ。リーファルの笑顔が空に溶け込んで見える。
「そうか」
一言呟いた。セイファートはノロノロと動いた。身体中の力が抜けた感じだ。アスールがそんなセイファートに冷やかな目を向けていた。彼は頭を振った。リーファルの死のショックもあるが、そのことになんとなく理解もできていた気がする。リーファルとアルタが重なった理由。それが答えになるのかもしれない。
「行こう。君に安全は保証する。その代わり、アルタたちの身の安全も保証してくれ」
アスールは暫し目を閉じた。腕組みをして、考え込んでいるようだった。
「わかった。約束しよう」
顔を上げると短く答えた。それから、男たちに指示を出すと、
「年下の父親か。変な気分だな」
小さな声で呟いた。
セイファートはアスールを後ろに乗せると、カペラを空に羽ばたかせた。おとなしくアスールは金青竜の背に身を伏せるようにして乗っている。
「セイファート様! 良くご無事で・・・」
カノープスが近寄ってきた。セイファートが要塞に消えてから、三日が過ぎていた。その間、カノープスは軽い仮眠を取っただけで、ずっと要塞上空を旋回していた。
カノープスはセイファートの後ろの男に目を剥いた。二人を困惑したように見比べた。カノープスの後からやってきた騎士団の連中も、呆然としている。
「アゥスツールス神の息子だ。カノープス、要塞にはシリリュース皇国の者がいる。アルタもだ。このままの状態を保ってくれ。私は神の塔に行く」
「それでは、お供します」
「いい、私一人で行く。カノープスはここに残って、私たちが帰るまで、このままの状態を保ってくれればいい。頼む」
「セイファート様、しかし、そのお怪我は」
「問題ない。心配するな。マーフィーたちに話を聞きに行くだけだ。後の事を頼んだぞ」
セイファートはカペラを大きく旋回させると、アルクティーラオス皇国を目指した。
「おい、少し聞いてもいいか?」
セイファートは後ろを振り向いた。アスールが金青竜にしっかりとしがみつきながら、彼を睨んでいた。
「何が聞きたいんだ?」
「お前は俺の父親の生まれ変わりと言ったな。どうしてそう分かったんだ?」
「神の塔でアゥスツールス神のヒューマノイドに出会った。それから、記憶がフラッシュバックし始めた。別れた時、君はまだ一才だったはずだ。何故、こうなったんだ? あと三千年は眠りについていたはずだ」
アスールはフフンと嘲るように鼻で笑った。
「あんな地球で、静かに眠っていられると思っていたのか?」
「あんな地球? 地球で何か起こったのか?二千年前は高レベルの放射能汚染で、生物は死に絶えていたはずだ」
「自分の目で見ればいい!」
吐き捨てるように言うと、アスールはプイッと横を向いた。子供っぽい彼のしぐさに、セイファートはしばらくアスールの横顔を見つめていたが、彼が横を向いたまま何も話さなくなったので、仕方なく前に向き直った。
破壊されたシリリュース皇国の皇都ファーミストを過ぎると、風景はガラッと変わった。のどかな草原がしばらく続き、アスールは食い入るように下の風景を見つめている。
草原から森林へと景色は移っていく。この辺りから、アルクティーラオス皇国になる。前方からアルクティーラオス皇国の紅竜とケンタォローゼ皇国の黒竜が現れた。乗っていたのは、バルジとフレアだった。
「セイファート」
バルジの姿が間近に見えてきた。
「父さん!」
アスールが叫んだ。セイファートは思わず後ろを振り返った。アスールの顔が驚愕したように歪んでいる。信じられないものを見たと言う顔つきだった。
「嘘だ。父さんがここにいるはずはない」
何度も呟くように同じ言葉を繰り返した。セイファートはアスールの言葉に胸が疼いている。バルジをアスールは「父さん」と、呼んだ。その意味は一つの結論に達する。リーファルはバルジと再婚したのだろうか?それはリーファルの死を知った時よりも彼の胸に鋭い痛みを伴って響いた。心の奥から血の涙がこぼれた気がする。