様々な思惑
バードたちを捕まえたのは、皇都フィオレーンの北にある街エニータに入る少し前の事だった。バードたちは相変わらず賑やかに移動していた。
カペラを降ろすとバードたちが何事かと近寄ってきた。
「アルタの事を聞きたいのだが?」
マーフィーが交渉したリーダーらしき男を捕まえるとそう尋ねた。男は困ったような顔をした。セイファートは幾らかのカイパーを差し出した。マーフィーから何かの時の為に持たされていたものだ。
「アルタについては良く知らないんです。アルタが赤ん坊の時に、誰かが拾って育てていたらしいんですがね」
男は金を受け取りながら、そう答えた。それから、仲間の方を振り向くと大声で聞いた。
「誰か、アルタの事知っている奴いるか?」
男の声に一人の女が応じた。女は占師らしく、黒のゆったりとしたワンピースを着て、頭から黒のショールを被っていた。
「ミューズばあちゃんが、アルクティーラオス皇国の皇都で誰かに預ってきた子だよ。ミューズばあちゃんが死ぬまでは、ばあちゃんが大切に育ててきたからね。あたしはてっきり、ばあちゃんの後継にするために育てているんだと思ってたけど、あの子には予見の力はなかったもんで、踊り子の方に預けたんだ。アルタは元気にしているかい?」
「アルタはアルクティーラオス皇国の出身なのですか?」
「いやだね。あの子はシリリュース皇国の子だよ。綺麗な銀の髪をしていたんだが、客を取り始めてから赤毛に染めたんだ」
「育ての親のミューズさんという方はどんな方でしたか?」
「うーん、ここでは昔の事は話さないからねえ。ただ、占いは良く当たってたね」
「誰からアルタを預ったとか、聞いてませんか?」
「悪いねえ、ミューズばあちゃんは人付き合いが悪くてねえ。あたしが一番付き合いが深かったんだけど、詳しい事は何も話してくれなかったねえ」
女は済まなそうな顔をした。セイファートは女に残りのカイパーを渡した。彼女は金を受け取りながら、
「今度会うときまでには、また何か思い出しとくよ。・・・そうだ。アルタというのはミューズばあちゃんが付けた名前で、本名ではなかったねえ。確か・・・そう、そう、ルーファとかいう名前だったねえ。今、思い出せるのはそれくらいかねえ」
と、首を傾げながら答えた。セイファートは礼を言うとカペラで空に舞い上がった。
ケンタォローゼ皇国の皇都ヴィナーサを出てから二日が経っている。マーフィーたちが、ヴィナーサでおとなしく待っているはずはない。行く先はアルクティーラオス皇国しかない。セイファートはカペラを南に向けた。
「セイファート様!」
後ろからセイファートを呼ぶ声がした。皇都フィオレーン上空である。青竜騎士団の一隊だった。
「マーフィー様とカノープスはどうしましたか?」
「先に行かせたのだ」
「そうですか? 皇都にお寄りになりますか?王様たちが喜ばれます」
「いや、先を急いでいる。父上たちによろしく伝えてくれ」
「分かりました。レガゥールス皇国を出るまではお供します」
「一人でいい。アルクティーラオス皇国にはカノープスたちがいる。私は大丈夫だ」
「しかし、セイファート様」
「先を急いでいるのだ。ここでいい」
セイファートは青竜騎士団の一隊に別れを告げると、カペラを海岸線へと向けた。
海沿いにカペラを飛ばした。不意に二匹の黒竜が現れた。黒竜はケンタォローゼ皇国の騎竜である。
「バルジ?」
黒竜の背に乗っていたのは、バルジとバリオンだった。
「セイファート、星が動きました。私も神に会わなければならないのです。一緒にアルクティーラオス皇国に行きます。ホーキングはマーフィーたちと旅立ちました。全てはアルクティーラオス皇国で始まるのです」
「バルジ?」
「答えは神が教えてくれます。セイファート、君とルーファ姫の出会いは早過ぎたのだ」
「ルーファ姫?」
セイファートはバルジに険しい表情を向けた。アルタの名がルーファと知ったのは先程の事だ。
「互いの力の封印が解かれるのは、一年後のはずだった。その時にリーファ姫とルーファ姫のどちらかが、セイファートに選ばれるはずだったのだ。この世は気紛れな悪戯を引き起こす」
「バルジ、どう言う事だ?」
「十四年前、シリリュース皇国に双子の皇女が生まれた。代々、皇家には子供は一人しか生まれない。これは気紛れな悪戯としか言えないだろう。双子が生まれたのはアゥスツールス神にも思いも寄らない事だった。二人の皇女は生まれた時から互いに反発していた。一緒に育てる事は無理だった。神は二人の育て方を示唆した。それによって、一人は皇女として育てられ、一人はバードに預けられた。どちらを選ぶかはセイファートが決める事だった」
セイファートは隣を飛ぶバルジをマジマジと見つめた。途方もない話である。俄には信じ難い。バルジは澄ました顔をセイファートに向けた。
「君がルーファ姫を選んだ事は、この前の二人のオーラでわかった。二人のオーラは天空を突き抜けた。各皇国の皇家の者は全て感じたはずだろう。リーファ姫も・・・」
バルジの黒曜石の瞳が翳った。セイファートは婚約者のリーファには一度も会った事はない。だが、婚約者であった事には変わりない。彼はリーファに思いをはせた。今、どんな気持ちでいるのだろう? 先にリーファに出会っていたら、セイファートは彼女に引かれただろうか? アルタの顔が浮かんだ。アルタの真っ直ぐな赤い瞳がセイファートを捕らえる。彼は頭を振った。たとえ、先にリーファにあったとしてもきっと選んだのはアルタだと彼は即座に思った。
「運命とは時として残酷なものです」
まるで何もかもわかったようなバルジの呟きは切なさを伴っていた。
アルクティーラオス皇国の皇都エンディオークは森林に囲まれている。この南の国は、リィバード大陸の中央にある神の眠る塔の管理を任されている。それ故にアルクティーラオス皇国には神官が多い。彼等は自分の内なるアビリティを治癒に使う事が出来る。これは初代国王が神から与えられた能力で、一般には神聖魔法と呼ばれている。
皇都エンディオークには、静かな緊張がみなぎっていた。王宮の竜舎には各皇国の騎竜が繋がれていた。セイファートはシリリュース皇国の蒼白竜を見て、胸がズキンと痛んだ。
カペラを預けるとバルジと共に王宮に向かった。控えの間にカノープスが待っていた。セイファートはそこで皇子の正装に着替えた。床まで届く長い蒼のローブ姿は、歩きにくく気軽な恰好が好きな彼には苦手なものだった。カノープスは騎士の正装である蒼の短い上着を着ていた。彼が何も言わないので、彼の護衛官も一言も話さなかった。セイファートは髪の色も本来の金色に直した。各皇国への正式な訪問の際には、失礼にあたるからだ。
「セイファート」
呼ばれて振り向くと、バルジが正装である黒のローブを身にまとって立っていた。その後ろにはバリオンが控えている。バルジのそばには必ず、このバリオンが影の様に付き添っている。セイファートにマーフィーがつくように、バルジにはバリオンがいる。セイファートは寡黙なこの男とは、話した事が無かった。それはマーフィーも同じで、彼もバルジとは会話をしない。
「一緒に行きましょう」
謁見の間には神官であるアルクティーラオス皇国の国王ティチュースが待っていた。その両脇には彼の娘である巫女姫が二人控えている。ここアルクティーラオス皇国でも一子相伝が崩れている。本来は皇子が生まれるべきところなのだが、十七才になるフレアと十五才になるミラの二人の皇女が生まれたのだ。皇女たちは巫女姫として育てられていた。二人は白のゆったりとした神官服を着て、腰の部分には真紅の帯を巻いていた。その胸には赤くアルクティーラオス皇国の朱雀の紋章が刻まれている。
セイファートとバルジは中央に進み出て、ひざまづいた。
「バルジ皇子、セイファート皇子、良くお出で下さいました。アゥスツールス神がお待ちになっておられます」
ティチュース王は二人に穏やかな声を掛けた。王宮は各皇国とも同じ造りになっている。アゥスツールス神の希望通りに華美や派手でなく、人が住む居住空間としての最低機能だけを備えていた。これもまた、神々の遺産の一つで、二千年経った現在でもその機能性は失われていない。
一通りの挨拶が済むと、ティチュース国王は二人の巫女姫である皇女と共に、セイファートとバルジを神の塔に通じる転送機の前に案内した。神の塔には入口がなく、中には入る方法としては、アルクティーラオス皇家に伝わるこの転送機に頼るしかなかった。この使い方も、国王だけに伝えられている。
「本来なら、一年後にここに迎えるべき事なのですが、運命は動き始めたのです。全てはお心のままに・・・」
セイファートとバルジ、フレアとミラを転送機に送り込むと、ティチュース国王は転送機を作動させた。
セイファートは身体がバラバラになる感覚を覚えた。だが、この感覚は初めての事ではなかった。遠い昔にあったようなディジャブーを感じている。素粒子単位にまでバラバラにされた身体が、再び元の人間の身体に再構築されていく。
セイファートは自然に目を閉じていたらしい。身体の異変が終了した事を感じると、目を開けた。目の前に巨大なスクリーンがあった。部屋全体が機械に埋め尽くされている。幾つかのランプが忙しなく点滅を繰り返し、スクリーンの前には四人のヒューマノイドが立っていた。各皇国の守護者たちだった。
「マスター、お待ちしていました」
マーフィーがセイファートに声を掛けた。彼はマスターと呼ばれた事にたじろいだ。彼等がマスターと呼ぶのはアゥスツールス神だけだからだ。
不意に目の前のスクリーンに人が写し出された。セイファートはその人物を見て、驚愕したように立ち尽くした。金色の髪と深緑色の瞳を持った男だった。自分がもう少し年を取れば、その顔になるだろう。セイファートは直感した。
「我が魂を受け継ぎし子よ。我が望みは母なる地球の再生なり」
セイファートの身体がフワリと宙に浮び上がった気がする。彼は意識が闇に飲み込まれて行くのを感じた。
文章力の無さを感じます