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暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)  作者: オイラム
4/19

03

( ´∀`)「豆ウマー」


 エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵から呼び出しを受けた。


 一言で言えば、名前の長さで短くないかもしれないが、実際は短いフレーズ。

 だけど、その事の内容自体は庶民からすれば山の如き大事だ。


 伯爵が…わざわざ自分に面会…そんな電撃のような唐突(とうとつ)な申し出に衝撃(しょうげき)を受けた。

 この時、自分はかなり動揺(どうよう)して(いちじる)しく放心に近い状態にあった。

 迎えに来た兵士に言われるがままに後ろをついていく間、その途中にある町並みの事はあまり覚えてない。


 兵士に連れられて詰め所からしばし歩いて、気付いた時には立派な屋敷へと辿り着いていた。


「ぅ…うわぁ~……流石、伯爵のお屋敷……」


 放心していた頭は軽く現実に戻ってきて、その屋敷の存在感は否応なく突きつけてくる。

 住む世界が違うようなその壮大(そうだい)さに圧倒され、門に入った時点で膝まで笑い始めてきた。


 うん、すごくビビってます…わかりやすいほどに。

 だけどそれも仕方ない、権威(けんい)を持たない(つつ)ましく暮らす人なら、自分が感じている引け目を理解してくれるだろう。


 伯爵…この爵位だけでもすっごく偉い人なのはわかる……この立派な建物を見るだけで、雲の上の人のような存在である事は想像出来ていた。

 そういう人らに雇われるのが傭兵の仕事の1つだけど…これまでの人生で口どころか、直接面会する事などなかったのに…頭の中が真っ白になりそうだった。


「(嗚呼…うまく喋れなかったらどうしよう…)」


 自分は口のうまさなど無縁のものである。

 この小市民的反応からして、会話どころか“対話”が出来るかどうかも怪しいものだ。


 それに…世の中には、よくわからない理由で断罪(だんざい)される不敬罪(ふけいざい)なんてものもあって、言葉一つ間違えただけで物理的に首を飛ばされるなんて話は珍しい事じゃない。

 そんな事を考えるものだから…背筋に薄ら寒いのが走ってゾッ、とした。


 脳裏(のうり)に浮かんだのは、自分自身の首と胴が泣き別れするイメージである。


「(信じていいですか? 信じてもいいですよね!? 顔も知らない伯爵様!?)」


 最悪の結末を想像し、恐怖に()られた自分は、エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵が温厚(おんこう)で心が広くて器の大きいお方である事を祈った。


 もはやそれは、被害妄想と大差ないものだ。


「おい何をボーっとしているんだ?」

「…ハッ!?」


 兵士の人に声をかけられて現実へと引き戻された。


 危うく権威(けんい)と不安の二重苦で現実逃避してしまう所だった…。

 うん…もう既に伯爵のいる部屋のドアの前にまで着いたようだ……うぅ、本格的に足がブルブル震えてきた。

 か…帰りたい。 帰る所無いけど…。



 ―――その時、兵士が開ける前に向こう側からドアが開かれた。


「ん」


 ドアの向こうから出てきたのは、小さく整えられたヒゲをさせた男性だった。

 上下揃って小ざっぱりとした服装だけど、豪華さは無いため庶民だと思われる。


 その人は兵士に会釈(えしゃく)し、部屋の中にいる人に別れの挨拶代わりに三つ指を立てた片手を振った。



 誰だろう今の人?

 自分には特に挨拶するでもなくすれ違って行ったけど、偉い人…じゃなさそうだけど…。


「そこに誰かいるのか?」

「ハッ! 勾留(こうりゅう)されてた傭兵を一名お連れしました!」


 …って、それどころじゃない。


 今しがたすれ違った人の事を考えるよりも、まずは自分の事が先である。

 伯爵に拒否権(きょひけん)のない面会を求められている今、自分の首には縛り首の縄がかかっているような状況なのだ。


 こ…ここから先は、処刑台へ上がる階段となるか否かのポイント…!


「そうか、御苦労。 君、入りたまえ」


 聞き覚えのある声だった

 そして凄く威厳(いげん)があるような落ち着いた声だった。

 最近どこかで…そう、尋問室(じんもんしつ)の前で聞いたような初老の男性の声…それが目の前にいる人、エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵であった。


 一目見てわかる…この人は、偉い人だ!


 常日頃から何か責任を負っている事を日常としている、経験に経験を重ねた者の顔付き。

 日々生きる事に精一杯の人間とは違う、立派な“やんごとなきお方”という奴だ。


 ギクシャクと、言われるがままに部屋の中に入る。

 それを見届けた兵士は、姿勢を正して中にいる伯爵に敬礼した。


「ではっ、失礼します」


 ど……どどどうしよう、どうしよう、どうしよう…!


 パタンと後ろでドアが閉められて、この伯爵と完全に二人きりとなった。

 この場が密室となってしまった事で、自分の小市民的なハートの緊張はピークに(たっ)した。






 や……やられる前に、やらなければっ―――!






「よく来てくれたな。 まずは…」


「ご、ごめんなさいいぃぃぃ!」


 恥も外聞も捨てて、全力で土下座をしてみせた。

 もう、命乞い全開である。

 貴族の気まぐれにやられるくらいなら、こちらから先にひたすら謝る。


「っ!?」

「身に覚えはないけど、悪気はこれっぽっちもないんですぅー!」


 何か言おうとしても言葉一つで間違えるくらいなら、傭兵であっても庶民並の存在にすぎない。

 こうして必死に命乞いをして(あわ)れんで許してもらうしかなかった。


「どうか! どうかお命だけはお助けをー!」



 ―――そんな珍事からややあって。



「落ち着いたかね?」

「は、はいぃっ…」


 いいえ、まだ恐縮してます。


 今はファーン伯爵と、部屋に置いてある椅子に座って、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 土下座をやめて、伯爵と同じ目の高さで同席していて、内心ビビリまくっている。

 ファーン伯爵が御自ら床に膝を付けてまで土下座を止めさせてしまったのだから、座りたまえ、と言われて座らないわけにもいかず、裏目に出たかもしれないと思って内心穏やかではなかった。


「今日は仕事に合間を作ってこの場を(もう)けたため、忙しい事を理由に面倒な挨拶も簡略(かんりゃく)しよう。 その方が幾分(いくぶん)か気楽だろう?」

「は、はいぃっ」


 さっきと同じような返事を返す。

 気まで(つか)わせてしまっている……恐縮(きょうしゅく)の度合いは増していくけど、貴族に対しての挨拶など経験のない自分にとってはそれはありがたい申し出だった


「では、改めて自己紹介するとしよう。 私はエンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵だ」

「じ、自分は…レヴァンテン・マーチン、です」

「うむ、傭兵であるとは聞いている」


 本当にこれだけで自己紹介が終わった。


 目の前の貴族…ファーン伯爵はそれほど気難しい人ではないらしく、傭兵だと知っていても見下さないその態度にほんのちょっぴりだけ暖かいものを感じた。

 土下座までした自分に鼻で笑わないのもとても好印象だ。


 緊張でガチガチになっているのには変わらないけど…。


「さて…早速だが、君を勾留(こうりゅう)した件について話そう」


 ファーン伯爵から切り出された話題にドキッとした。

 何しろ自分が捕まった理由なんだから、気にならないわけがない……考えたくはなかったけど。

 なんでスパイだと疑われたんだろう…。


「デトワーズ皇国が傭兵の募集をしているのは確かだ。 だがそれをしているのは、デトワーズの王都であって、このファーン領ではないのだ」

「は、はぁ…」

「デトワーズの地理は知っているかね? 森と山と海に囲まれた閉鎖的な土地だ―――それ故に入国する方法は多くない」


 そう、デトワーズ皇国は小国だ。

 森と山と海に囲まれていて、攻めるに難しい土地であると同時に、領地もとても狭いから小国という扱いになっている。

 地図を見た上での個人的な印象だ。


「えと…おおまかな入国ルートは海路と、ただ一つの陸路…ですよね」


 そのただ一つの陸路を使わずに、自分は森を抜けてきたけど…。


「正確には入国する手段は、入国税を払って正規の手続きを踏む大街道(だいかいどう)から入るか、もしくは海路を渡って入念なチェックを受けて入るか、だ」


 手続き…。

 他の国では市民として市民税を払うか簡単に身分を証明するぐらいしかしないのに、デトワーズ皇国では入国するだけで手続きが必要になるとは知らなかった。

 この時から、嫌な予感がしてきた。


「基本的にこの森を抜ける者は滅多にいない。 つまり大街道を通ってファーン領に入る事はなく、山を抜け森を通るのは大抵が後ろ暗い類の者が使う非正規手段となり、デトワーズ皇国では密入国という形になる」

「み、密入国…?」

「そうだ。 このファーン領に入るには、デトワーズの王都で手形を発行してもらうか商人でなければ入る事はないのだ」


 冷や汗が止まらない。

 手形なんて持ってるわけがなく…商人どころかしがない傭兵に過ぎない自分だ。

 つまり…このファーン領にいる自分は…。


「え、えと…って事は…自分が勾留(こうりゅう)されたのって…」

「あの山林を連絡なしに越えて来たとあっては、例え事情があっても拘束しないわけにはいかなったのが理由だ」

「あ……ぁ…ぁ―――」


 密入国…すなわち犯罪。

 知らず知らずの内に、自分は犯罪者となっていて、国外に逃げようにもそんな金もなければ力もない。

 こんな偉い人に知られてるとなると、もはや逃げ場なんてない立場になっていた事に愕然とする。


 ど…どうしよう………いつの間にか、僕は逃げられない所に来ちゃってる……!?


「ぁ、ああ…あの…そのっ……!」

「済まないな、青年」


 もう一度床に()(つくば)って土下座をしようとした矢先、伯爵は自分に謝ってきた。

 貴族が庶民に詫びを入れるなんて、驚きの余りに出鼻を挫かれた。


「国防のためゆえ問答無用で勾留(こうりゅう)するのは、君からすれば迷惑な事だっただろう」

「そ、そんな事は…(無い、とは言い切れないけど…酷い扱いを受けてないし、豆の人に恵んでもらったし……あれ? それほど迷惑でもない、かな?)」

「誰彼構わず、というわけではないのだが、何しろ森を抜けてくる者というのは一部を除いてとても珍しい事なのだ。 しかし、決まりとはいえそんな理由で不当に勾留(こうりゅう)されては、君も文句を言いたい所だろう」


 あ、いえ…文句だなんてそんな…。


 正直そんな事は些細(ささい)な事で、貴族相手に文句を言うなんて怖い事出来るはずもなかった。

 食糧を買い込んで、デトワーズに向かって単身森の中を抜けようとしたお間抜けはこっちなのだから、それで文句を言ったら色々ダメだと思う。


「非公式だが、堅苦(かたくる)しくないこの席で―――ファーン領伯爵として謝ろう」

「あ…はぁ……恐縮(きょうしゅく)です」


 ん…? この場合、恐縮至極(きょうしゅくしごく)に存じます、と言うべきだっただろうか?

 ちゃんとした礼儀などといった通例を知らないものだから、やらかしていないか内心でビクビクする。

 ついつい言葉数が少なくなってしまい間が持たなくなってきたのか、ファーン伯爵は言葉を続けた。


()びのついでとしてなんだが、君は確かこのデトワーズ皇国に雇われに来た傭兵だったな?」

「あ、はい。 一応そのつもりで」

「ならば、だ。 軽くだが、どこでどう雇われるか私が説明しよう」


 それはありがたい。


 デトワーズで傭兵として雇われよう…そう思っていたのに、辿り着いた先が国内の別領で、ここでは傭兵を雇っていないと言う。

 この時点で計画性は破綻しているため、少しでも情報なり手順なり得られるなら是非とも教えてもらいたい。

 なにしろ、今の自分は…最低限の防具(むねあてとナイフ)以外ろくな装備もないので…。


「このファーン領で最も大きい門がある。 そこは商人も主に使っていて、そこから整備された道を辿っていく王都デトワーズに辿り着く、ここまではわかるな?」

「はい。 門を出て…道を真っ直ぐ、ですね?」

「うむ。 ちょっと丘を超えればすぐに見えてくるから半日あれば王都デトワーズに辿り着くだろう」


 やっぱり小国だから隣村に行くような道程で、この領と王都はかなり近いようだ。

 商人が使ってるという情報もありがたい。 あの森を抜けるのと比べたらきっと天国のようなものだ。


「そ、それで…雇われるために特別な事ってあるんでしょうか?」


 これだけは聞いておかないといけない。

 傭兵として雇われるのは生命線だ。 もしこの国独自のルールとかあって、それを知らずに破ってはたまったものじゃない。


「まぁ、待て。 そこまで説明するのは少々長くなるだろう、そこまで面倒見る事は出来ん」


 ……ですよねー。

 自分は傭兵で、相手は伯爵様。

 道を教えてもらった上に、説明までさせたら贅沢(ぜいたく)を通り越して無礼になる。

 面倒見てもらえない事に文句なんて出るわけがない。


「その代わりにだ……私から口利きをしようと思う」


 おお?


「口利き…ですか?」

「うむ。 ここから発ってデトワーズに辿り着けば、王都外れに建っている宿屋が近くにある。 そこの主人は私の知り合いなんだ」

「知り合い、ですか」

「そこで私の名前を出せば、お得な対応で泊まらせてくれるだろう。 勿論…この皇国で傭兵として雇われる事もな、私より詳しい説明をしてくれるだろ」


 なるほど。


 よそ者からすれば――特に何日も野宿した自分としては――宿屋といのは絶対お世話になる施設だ。

 王都で宿屋をやっているのなら、より近い所の方が色々詳しいだろうから、ファーン伯爵の言う通りより詳しく教えてもらえるかもしれない。

 宿屋の主人と知り合いなのはすごい事なのか地味な事なのか…よくわからない微妙なラインっぽいような気もしたけど、そう考えれば確かにお得、自分にとって優遇(ゆうぐう)と言ってもイイくらいだ。


「えぇと…お心遣い、ありがとうございます。 この度は………」

「言葉に()まるくらいなら、無理しなくてもいい。 この話はここまでにしよう、傭兵として雇われる事に関しては向こうでうまくやってくれ。 それと…さっきから冷や汗がすごいぞ?」


 わかりますか? うん、わかりますよね……。

 ちゃんとした言葉遣いが頭に浮かんでこないせいで、頭の中がグルグルしている。

 多分…緊張の汗とは違う別の汗が流れているんだろう。


「さて…あとの事は君自身の方で何とかしたまえ。 ああ、そうだ。 一応()いておきたい事があった」


 何だろう?

 伯爵様が自分に何か訊くような事ってあったっけ?


「武器はどうしたのかね? 武器の類はなかったと報告は聞いたが」


 あっ……それ、は―――。


「絶対無い…とは言い切れないが兵の者が勝手に押収(おうしゅう)したりしてないか? もしそうなら、返すように取り計らうが」

「無いですよ」

「えっ」

「えっ」


 自分の返答に伯爵様は目を瞬かせた。

 柔和(にゅうわ)ながらも(おごそ)かな雰囲気をさせていたのが、人間味のある呆れたものに変わった。


 いえ…ですから、本当に持ってないんです……。


「…………」


 伯爵様の沈黙が痛い。

 ホント勘弁してください…その“何それ?それで傭兵なの?”という目で見られると辛いです。

 武器も要所要所の防具も(ドゥエ)()えて食料に注ぎ込んで、そして無駄にしてしまったんです…。


「……君は、傭兵として始めるには色々多難(たなん)になりそうだな」



 ……心の底から面目ありません。





エンリコ・ヴェルター・ファーン伯爵:辺境伯という国境防衛の貴族をも兼ねている、デトワーズ皇国で数少ない貴族の中でも偉い人。 ミドルネームのヴェルターは襲名。


■10/4 誤字脱字修正と改訂

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